02-02:冒険者ギルド2
間仕切り板で簡易的に仕切られた一角が、冒険者ギルドでブースと呼ばれる場所である。依頼を出す側だけではなく受ける側も、その内容についての詳しく話を聞く場合には基本的にブースが使用される。
「リアさん、先程は失礼しました。十八歳でDの星付きなんて優秀なんですね!」
仕切り直しとばかりに話しているのはギルド職員のヨアンナ。
リアよりも一つ年上の十九歳だという。
上出来なマロンクリームのような色をしたフワフワの髪、ちょっと眠たげに見えるタレ目が可愛らしくも色っぽい。発育の良さを集結させたような胸部――自分と目の高さは一緒でも、子ども扱いされることはないのだろうなとリアは思う。
何を食べて育ったのか聞きたい。
「あー、ヨアンナちゃんよ、依頼の話聞かせてくんねぇ? 熊退治なんだろ?」
「熊ではなく魔物、ナイトベアです! 肩のところがムキッとしていて、ピカピカした鎧みたいな素材なんです。倒せば結構簡単に肩甲は外れまして、結構良い値段で売れますのでぜひ」
「依頼地はピッキオ村、報酬は四万五千か。……ピッキオ村って北だよな?」
ザイードが口にした報酬にリアは目を剥く。
D級依頼とC級依頼で報酬にかなり差があることは知っていたが、実際に目にすればやはり驚くものだ。ヨアンナが提示した報酬は厄介なアーミースパイダー駆除、日帰りで行っていた狩りの三倍である。
「北の森を越えた所、山の手前ですね。歩きなら森を突っ切って一日、迂回したらもう少しかかるかと」
「遠いなぁ、おい」
ザイードと話している姿を見る限り、ヨアンナは性格も良さそうだ。ギルド職員としては少々頼りない部分もあるかもしれないが、聞かれたことに真面目に答えようとしている雰囲気が伝わってくる。
見た目だけではなく中身も可愛らしい人だとリアは思う。
「皆さんの場合は【強化】で向かわれれば、もっと早く着きますよね? ピッキオ村に宿はありませんが、空き家を提供してくれるので滞在費もかかりません。寝台があるかは分かりませんが、毛布くらいは出してくれるでしょうし」
「なぁ、嬢ちゃんはどう思う?」
会話する二人を眺めていたリアは、名前を呼ばれて慌てて目線を動かした。
レオナもアルスも苦笑を浮かべているだけで助け舟を出す気は無いらしい。これまでの会話で二人が一切口を挟んでいないことから、ザイードが理不尽にゴネている訳でないという事は察せられる。
そこで自分に会話を振られたということは――。
「……肩の甲羅みたいな所はいくらで売れるんでしたっけ?」
「状態にもよりますが、規定額は一つ四千、左右あるので八千ペンドですね」
淀みなく答えるヨアンナ。
もう良いでしょうか、とリアがザイードをちらりと見れば首を横に振られる。
意味が分からない。
首を傾げて見せると、ザイードは拳を握り小さく上下に動かしてみせた。
ますます意味が分からない。
(殴れ? 戦え? あぁ、なるほど)
「えぇと、肩のところが二つとも無事でも八千ペンドなんですよね。ナイトベアの場合は爪と牙は売れないし、毛皮も小銀貨何枚かですよね。遠いなら肉は持ち帰れないだろうし……」
「……お詳しいですね。毛皮は三千ペンドが規定額です」
「平均Cランクのパーティで、C級魔物の毛皮を完全状態は難しいですよね」
「そ、それはこちらでは何とも……」
ザイードがウィンクしてきたことから、リアの発言は正解であったらしい。
「ってことはだ。買取分は多くても一万ペンド、依頼報酬と合わせて五万五千。きれいな状態で納品できるとは限らねぇから、実際は五万未満のこともあるってことだろ? 片道一日かかるところまで遠出して、五人で割ることを考えたら、もう一声欲しいんだけどなぁ?」
話し出すザイードを見て、役目を果たせたことに心底ほっとした。
リアは四万五千ペンドという報酬に驚愕していたのである。金額の交渉をせよと要求されていた事に気付いた自分を褒めたい。
ギルド職員と話すということで正していた姿勢も安堵のあまり崩してしまった。許されることならば机に突っ伏したいくらいの気分である。
お金は大事。
リアはそう思ってザイードの謎ハンドサインを解釈した。
もし間違えていれば非難轟々だろうと不安もあったが、皆が同じ考えを持っていて何よりだ。レオナは楽しそうにヨアンナとザイードのやり取りを眺めているし、アルスも止める気はないようだった。
これが英雄譚に登場するような、正義感あふれるヒーローパーティに憧れていたら悲惨だった。報酬額の交渉などしたら烈火の如く怒り狂うだろう。
英雄モノは困っている人にお願いされたら正義感によってお受けするのがお約束。金品の要求など下衆なことはしない事が美談とされているのだから。
しかし“魔物狩り”は英雄たちではなく、普通の中級冒険者である。
ポンと国宝級の武器をくれる王様もいなければ、実家が支援金を送ってくる貴族の子息令嬢で構成されているわけでもない――はずである。ドラゴンやらA級魔物を討伐して、一生暮らしていけるだけのお金を手に入れたわけでもない。
少々の語弊はあるものの、大まかな括りではその日暮らしの冒険者だ。
採算度外視、正義感だけで依頼を受けていれば干上がる。いや、干上がらないにしろ報酬は少しでも多い方が望ましい。この依頼で負傷して冒険者生命が絶たれるかも知れない、命の値段となるかもしれないと思えば尚更である。
「C級としては若干安めではありますが、ピッキオ村ではこの額が精一杯らしいんですよ」
「流石に貧しい村から絞れなんて言わねぇよ。ヨアンナちゃんが名指しで来たってことは、半分指名みたいなもんだろう? その辺はどうなるのかなぁ、なんて」
それにしても、討伐系の依頼は報酬の交渉が出来るものなのだろうか。
ヨアンナの顔に少しばかり渋みが浮かぶのを、ハラハラしながらリアは眺めていた。
「……ギルドからの気持ちとして三千乗せましょう。それ以上は無理です」
若干ならば出来るらしい。
驚いて目を剥いたまま、リアはまじまじとヨハンナの顔を見た。
ギルドマスターであるとか、管理職っぽい人ならまだ分かる。だが、ヨハンナは若い。着ている制服だって受付にいる人と何ら変わりはないし、役職を示すような飾りもない。
上乗せを安請け合いして大丈夫なのか。
「指名依頼は依頼者からだけじゃなく、ギルドからもあるんだ。そういうのはちょっと報酬が増える。今回は正式じゃないけど、声かけられたからね。上手く行けば指名料を出さずに済むって感じだったんじゃない?」
リアの考えを見抜いたように、レオナが耳打ちで教えてくれた。
視線だけで礼を伝えつつ、リアは心のメモを上書きした。ヨアンナは可愛いだけではなく、職員として優秀らしいぞ、と。
「……まぁ、そんなもんか。受けるぜ」
「ありがとうございます。では、手続きを――」
「待ってくれよ、途中で出来そうな依頼も受けてぇんだ。隊長、どうッスかね?」
「そうだな……北の山麓の森を迂回して行くとして……ベル村でキラースネークの討伐依頼があったな。あとは、森での納品依頼がいくつかと、パナンからも何か出ていたはずだ」
ブースに入って初めてアルスが口を開いた。
交渉に一切口を開かないパーティリーダーというのも驚きだが、口を開いたら開いたでその内容も驚きである。
「……やっぱ、隊長の記憶力すげぇな」
乾いた笑いを浮かべつつザイードが呟いた。
レオナはザイードと似たりよったりの中途半端な笑みを浮かべているが、ヨアンナとリアは目が点になっている。リアに至っては口も半開きのままでアルスを凝視していた。
今日ギルドに入ってからずっと一緒に動いていたから、掲示板を見ていた時間はリアと同じくらいのはずなのだ。リアもキラースネーク退治と書かれた依頼は目にしている。言われるまで全く思い出さなかったけれど。
「パナンの町から出ていた依頼は……マッドウルフ退治。一体のみで五千、で合っているか?」
「えぇ、一体だけ彷徨いているのが目撃されまして。あと、納品依頼の方ですけど……後納が可能なものをリストアップしてお渡ししましょうか? お帰りになるまで依頼が残っているかは保証しかねますが」
マッドウルフも狼の性か、群れで行動することが多い魔物だ。アーミースパイダーのように地を覆うほどの数はいないが、基本的には五体以上で群れている。隠れていて不意打ちをしてくることもあるため、パーティの人数が少ないと苦戦することからD級依頼としては高リスク・高報酬な魔物とされている。
一体のみなら五千ペンドという報酬も妥当だろう。
「お願いしよう。日数が必要になるが、リア、君の予定はどうだ?」
「十四日の朝までに戻れれば問題ありません」
出発は明後日、四番月七日を予定している。
リアは倒すよりも探す方が大変ではないかと考えていた。
キラースネークとマッドウルフはD級。彼らの実力であれば危なげなく倒せるだろうが、魔物は置物のように決められた場所に居るわけではない。魔物が移動していたらどうするのだろう。
「七日あれば問題ないな。ザイード、レオナも行けるか?」
「私は大丈夫」
「それで行こうぜ」
二人の返事を聞いたアルスはヨアンナに頷き、ギルドカードを差し出す。
引きつった笑みを浮かべつつリアもギルドカードを取り出した。アルスの言う通り七日以内に戻れるのか、その不安が大きい。C級のナイトベアと戦うことよりも日程のほうが心配だ。
(女将さんも冒険者として働くのを応援してくれているから駄目とは言わないだろうけど。でも、迷惑かけちゃったら申し訳無さ過ぎる。きちんと説明して謝らないと……)
冒険者ギルドでは、魔物が指定のエリアに居なかった場合はそれを報告することで報酬の半分を手間賃として貰えるというシステムがある。冒険者が虚偽の報告をしないよう、○ヶ月以内に再度魔物が目撃された場合は倍額の支払いなどのペナルティも設定されているが。
そういった諸々を、一人で納品依頼だけを受けていたリアは知らない。
悩み頭を抱えて帰った挙げ句、女将さんにそれを教えてもらうのは夕方になってからだった。




