01-25:【余話】女将さんも決意した
ヘロン亭の女将さん――ヘレナは腕を組んだまま少女を見下ろした。
少女と言われるのは彼女にしてみれば不服であろう。成人を迎えた十八歳であるし、小柄で童顔だということにコンプレックスを感じているらしいから。
ヘレナの前に座っている少女はリアという。
ラボルという南部の田舎町出身で、紹介状も身元証明書もなしにアルカクで仕事を探そうとしていたのだ。身元の分からない者、特に女性を雇うことなど少ないと知らなかったらしい。手伝いに来てくれていた奥さんの一人が腰を痛めていたため、部屋を提供する代わりに店を手伝わせることにしたのが二ヶ月のことだ。
リアは純朴そうな雰囲気の、深いグリーンの大きな目が印象的な少女である。小さめの鼻と口、ふっくらとした頬が可愛らしい。
上目遣いで見上げられるたび、ヘレナは何となく若い頃に見かけたチンチラモドキという魔獣を思い出してしまう。
「一応聞いておきたいんだけど、誰かに惚れてるってオチはないよね?」」
事の発端はリアが “魔物狩り”と組むと報告してきたことだ。
聞けば、既に何度か組んでみたと言う。次は普段“魔物狩り”がこなしているような依頼を一緒に受ける予定なので数日間部屋を空けます、と律儀にもこの少女は家主であるヘレナに報告してきたのだ。
それは良い。問題なのは“魔物狩り”というパーティが妙に女、時々男にも好まれているという事である。下心あり、下心しかない連中がわんさか寄ってくる。夏の虫かというくらいに寄ってくる。
色々抜けているのか、突き抜けているかしているが、リアも女。
万が一のための確認だったが返事を聞くまでもなかった。リアは目を白黒させながら、陸に上がった魚のように口を開閉している。秘密を暴かれた乙女ではなく、ホーンラビットに道を尋ねられたかのような表情だった。
「女将さん、違いますよ! 弓が使えるならって声をかけてくれたんです。色恋沙汰に発展しない、安心安全人畜無害だからなお良いって」
冒険者が人畜無害ってことはないだろう、とツッコミたいのをヘレナは堪える。
「……変なこと聞いて悪かったよ。逆上せてる子も多いから、念の為にね」
「レオナは確かに素敵ですけど逆上せはしませんよ。慣れましたし」
「……そーかい」
全く気にされていない“魔物狩り”の男性陣にヘレナは心の中で手を合わせた。
女が寄ってくるのが面倒だ、鬱陶しい、とは言っていても全く相手にされないと虚しくなるのではないだろうか。男心というやつも女心と同じくらい面倒なことだとヘレナ思っている。
「まぁ、お茶でも飲んでくれ。お詫びにマフィン付き」
「わぁっ! ありがとうございます」
嬉しそうにマフィンを頬張る姿にヘレナは小さく笑う。
頬を膨らませてモグモグしていると、リアはますますチンチラもどきに似て見える。美人と言えるかは定かではないが、可愛らしいと思う。
少なくとも本人が思っているよりはずっと可愛い。
「ほぉいひぃ、ん……美味しいです!」
それにしてもリアという少女は風変わりだ、とヘレナは思う。
真っ直ぐ育った初心で世間知らずな子どものように見えるが、一方では厭世家のような表情を見せたり、老成しきったような言葉を述べることもある。時折見せる乾いた部分は、同じ年頃であれば鼻につくかもしれない。
だが、年の離れたヘレナから見ればそのアンバランスさが面白い。
「そういや……女将さん。危ないって、逆上せた相手に“魔物狩り”の皆さんが何かしたんですか?」
「ん……?」
そんな事言ったか。
ヘレナが怪訝な顔で考え込んでいると、リアは不安そうに顔を曇らせていく。
「んんー、確かにフレッドさんやザイードさんは叱りつけて泣かせちゃいそうだし、アルスさんはちょっと魔王っぽいけど。でも危ないのかな? 殴ったりとかはしなさそうだけど……」
口からダダ漏れする心の声を聞いて、ヘレナは咄嗟に頬肉を噛んだ。
それでも腹の奥の方から震えが湧き上がってくる。
「えっ? もしかして本当に殴っちゃったんですか? だ、誰っ!」
全身を痙攣させつつ笑いをこらえるヘレナの姿に、リアの勘違いが加速した。
自分のせいでリアに誤解を植え付けるのもよくない。
ヘレナは危なかった“魔物狩り”のエピソードを披露することにした。
「ぽぉっとなっちまってた娘っ子がさ。勝手に森について行って、迷子になりかけて、保護されて帰ってきたことがあっただけだよ」
「あぁ……なんだぁ」
リアの肩から分かりやすく力が抜けたが、本題はここからである。
「それだけなら気をつけなさいよで終わりさ。だけど娘の親が、冒険者が唆したせいだって言いふらし始めたんだ。そこらへんで燻っている奴らも便乗して悪い噂を流してねぇ」
思い出しても腹立たしい。
一年半ほど前、このろくでもない父娘から始まった騒動は自由区や下区に燃え広がった。現在は鎮火済みではあるが、忘れられたと言えるほどの時間は経っていない。
噂が耳に入る前に、真相を伝えておいた方が良いかもしれない。
「あいつらは冒険者登録が遅かった。いい年してEランクだと馬鹿にされていたんだけど、すぐDに上がって、星が付いて……悔しかったんだろうよ。途中からは取り巻きの女たちから金をせびっているだの、冒険者ギルドの受付嬢を誑し込んでいるだの、全く関係ない噂を負け犬達がばら撒いてねぇ」
評判が良い相手、しかも見た目にも恵まれている人間ほどこき下ろすのは愉しいものだ。日頃の鬱憤を晴らすように噂はどんどん過激な内容になって広まり、ヘロン亭でも噂が連日囁かされた。
それが真実ならばヘレナは静観したか、話を広めるのに一役買ったはずだ。
しかし、ヘレナは根も葉もない噂に踊るほど愚かではない。おまけに元Bランクの冒険者だ。受付嬢の一人や二人誑し込んでもランクは上がらないことも知っている。
少し調べたたけで事の真相は分かった。
火元を知って呆れ返ったと言っても良い。あまりにもくだらないから、彼らを閉店後の自分の店に招待して話まで聞いてしまったほどだ。実際に会ってみれば、噂は悪意のあるデマだということはより明確になった。
「“魔物狩り”に責められる謂れは無かった。商人は娘に非があることを認めず、燻っていた奴らは恰好の鬱憤晴らしだと乗っかったんだよ」
ヘレナは当時を思い出して鼻で笑う。
妬んで噂する時間があるなら腕を磨け、と元冒険者としてヘレナは思う。才能だとかいう大層なものが必要になるのは噂を流していた奴らよりも高い次元だ。彼らの壁くらいなら才能ではなく努力で超えられる。
イラッときたから、ヘレナは世間話ついでに “知り合い”に嘆かわしいことだと呟いてみた。すると不思議なことに、十日も経たぬうちに冷たい目で見られるのは商家の方に変わっていたのである。
自分の“知り合い”が何をしたのかは知らないし、その事をリアに伝えるつもりもないが。
「……今は、そんな変な言いがかりは無いんですよね?」
「品行方正なのは見りゃ分かるからね。でもさ、嫉妬ってやつは男女関係ない。相手にされなかった女も、自分よりもチヤホヤされていることを妬む男も、消えたわけじゃない。そうアタシは思うよ」
リアは大きな緑色の目を悲しそうな色に染めていた。
妙に枯れているくせに純真さも失っていない、この風変わりな少女をヘレナは気に入っているのである。全員が全員一筋縄ではいかないが、同じく“魔物狩り”の面々も好ましく感じている。
他者への害意がないならば、個性的でも風変わりでも結構というのがヘレナの持論だ。冒険者なんていう職業は、ちょっと変わってるくらいのほうが長続きする。
「今後はアンタも妬まれる側になるんだねぇ」
「はぁ……やっぱりそうなりますよね? 嫌だなぁ。こっちはチンチクリンな山育ち、野暮ったい田舎者。その気もないし、そもそも相手に失礼ですよ。見れば絶対仕事仲間って分かると思うんですけど……」
これには思わずヘレナは吹き出した。
リアの自己評価はあんまりではあるが、嫉妬に駆られた女の口に登りそうな事ばかり。それを平然と口に出しつつ面倒だとぼやく姿を見れば “魔物狩り”が彼女に誘いをかけたのも納得だ。
リアが弓を射るところを見たことはない。
だが、一人で狩ってきた獲物の話を聞けば、生ぬるい経験だけではないということが察せられる。普段の身のこなしや厚くなった手のひらの皮を見れば、自己申告が誇張ではないことも分かる。
「まぁ、でも、私が入ったら変な噂も減るんじゃないですか? 恋愛絡みじゃないことは見て分かるでしょうし、寄生するつもりもありませんから。しばらく馬鹿にされるかも知れませんけど、Cランクに上がれば減る……と良いなぁ、なんて」
そういうリアの顔は、二ヶ月前に雇ってくれる店がないと嘆いていた少女とは別物。ぽややんとしていながらも微かに目元に滲ませていた、諦めきったような、死を悟った老人のような色は無い。
大きな深いグリーンの瞳はしっかりと前を向いている。
馬鹿にされっぱなしでいるつもりはないらしい言葉、我武者羅に悪意と戦うのではなく段階を考えているあたりもヘレナとしては好感が持てた。
上手く噛み合えばアルカクでトップクラスのパーティが誕生するかもしれない。
そう告げる自分の勘を信じて、ヘレナはいざという時に使えそうな“知り合い”を頭の中で数える。
実力主義と言われている冒険者であっても、有力者とのツテや足場が必要な事態はウンザリするほどある。実力はあるかも知れないが、リアも“魔物狩り”もそのあたりに無頓着過ぎることをヘレナは懸念している。
だから悪意のままに噂を流されて、悪者に仕立て上げられそうになったのだ。社会的手腕も冒険者の必須スキルと見なせば“魔物狩り”はヒヨッコ以下。
雰囲気や選ぶ仕事の内容から、何となく有力者と呼ばれる人種が嫌いらしいことも分かってはいる。しかし嫌いだからと避け続けるのは、自分の首を締める事にしか繋がらない。噂を流されるなどまだ可愛いもので、勧誘を断った冒険者に嫌がらせをする貴族や商人も居るのである。
そんな自らを高める気のないクズ共やら、自分のために世界は回っていると信じている奴らに、目をかけている冒険者を潰されたくはないとヘレナは思うのだ。冒険者として風変わりでイレギュラーな奴らばっかりのパーティ、それがどうなっていくのかを見たい。
――見届けるために、もしもの時にサポートできる体勢が必要だ。
のほほんとマフィンを食べているリアを眺めつつ、ヘレナはニヤリと笑った。




