01-24:変化する山娘の日常2
落ち着かない。
予算内で思った以上に服を買えたことには満足しているが、タイツ無しで膝上丈のキュロットを着用するのはリアからすると頼りなく感じられる。
「あ、脚がスースーする……!」
エリィはパチンとウィンクをして「スカートじゃないから転んだって乙女の秘密は守られるわよ」とか言っていたが、そういう問題ではないと声を大にして言いたい。
しかも、ブラウスは若草色。キュロットはダークブラウン。
アルカクでは珍しくも無いが、田舎では全面鮮やかな色に染められた服、イコール金持ちだった。生成り色、もしくは相当に色褪せた古着がスタンダードである。糸なり布なりを染めるのはお金がかかるのだ。
「普通に可愛いよ。問題ない、大丈夫」
レオナが励ましてくれるが、服に着られているという気持ちが捨てられないリアである。脚に直接風が当たる慣れない感覚と相乗して、ものすごく落ち着かない。
あの後――リアは“ゴツい股引”を卒業すべく、エリィのアドバイスに従って魔道具屋にも寄ってみた。簡易的な錬金処理で耐久性を上げたタイツがあるのだという。
冒険者にとって理想的な装備品とは言えないものの、薄くてもリアが身に着けていた厚地タイツと同じくらいには頑丈であるらしい。
そのお値段、なんと二千ペンド。
リアが一人で狩りをしていたときの報酬は一日あたり千ペンド以下だ。本来なら二千ペンドの強化タイツは気軽に変える品ではない。魔道具の一種だと考えれば安いが、エリィの店で見かけたワンピースと同じ値段と考えると腑に落ちない部分もある。
(あのワンピース。私じゃ似合わないかな……でも可愛いなぁ)
その前に良い防具や弓矢を買うべきなのは分かっているが、山娘にだって乙女心はあるのである。一度くらいはお嬢さんっぽいワンピースを着てみたいと思っても良いだろう。金額と着こなせるかという問題はあるが、夢を見るのは自由だ。
小さくため息を吐くと、レオナが困った顔をして振り返った。
「……エリィみたいな人、苦手だった?」
「いえ! 素敵なお店でした。教えてくれてありがとうございます。……思いの外、強化タイツが高くて驚いちゃって」
「でも、仕事にも使うんだし、次も頑張れば大丈夫だよ。洗い替えも欲しいでしょう?」
「うッ……」
「大丈夫だよ、二千くらいすぐ稼げるって。兎狩りの感じだと、私達も相当効率の悪い狩り方をしていたみたいだから――あっ! ザイード! 隊長!」
言いかけた言葉をぶった切って、レオナは大きく手を振った。
ここは下区である。アルカクの中でも最も栄えている場所――大市場があることもあって酔いそうなくらいに人が多い。変装効果は絶大でレオナに人の目が向くことはなかったが、大声で呼ばれた相手が仲間ならば気付く。
「よぉ。どうした、二人で」
「買い物。それより、お前と隊長の二人って方が珍しいだろう?」
「別件だ。隊長とばったり会って、飯でも食おうかって言ってたんだよ」
「なら、仲間に入れてよ。次の依頼についても決めておきたいし。兎狩りから帰ってきた時は時間がなくて、リアとも今後の話は出来なかったでしょう?」
魔物の死体を山盛りに搭載した荷車で下区には入りにくい。
日が暮れかけていたこともあり、レオナとアルスは冒険者ギルドに報告へ向かった。ザイードとリアは納品所へと向かい、報酬の四分の一を貰って“魔物狩り”と分かれたのだ。
レオナとは後日会おうという約束をしていたし。
「オレは良いぜ。隊長と嬢ちゃんはどうだ?」
「構わないよ」
「お邪魔でないなら、ぜひ」
「ヘロン亭はこの時間だと無理だから。アミークス広場でどう?」
下区を出て自由区へ。
ぽつぽつと他愛もない話をしながら四人で歩いていることが嬉しい。
街で偶々会って一緒にご飯を食べる――これぞ充実組ではないか、とリアは思う。アルカクで知り合いと言えるのは女将さんとヘロン亭の手伝いに来ている近所の奥さんくらい。仮にどこかでお会いしても挨拶する程度。
連れ立って歩いているだけで、こんなにも気分が高揚するなんて知らなかった。
(お祖母ちゃん、こういう事なんだよね?)
ルミナが経験させたかった事は漠然としていて分からないが、この感情も含まれているのだろう。今の気分を一度も味合わず山中で老いて死ぬのは――確かに、悲しむべきことかもしれない。
そんな事を考えてリアが百面相をしている間に、アミークス広場に到着。
小市場と呼ばれる出入り口に近い部分には野菜や肉、雑貨などを売る店が広がっている。自由区に暮らす人々が普段買い物をする場所だ。
小市場の隣には屋台で飲食物を売っている一角、屋台街と呼ばれる場所もある。椅子とテーブルが並べられており、その場で食べることも出来るからリアも使っている。
アミークス広場は小市場と屋台街で終わり。
だが、屋台街と連結するようにして更に奥へも屋台は続いている。
通称ネスト。
アミークス広場から私娼窟を繋ぐ道を中心に、クモの巣状に広がる飲み屋街である。メインの通りこそ少々ガラの悪い飲み屋街という雰囲気だが、脇に逸れるときな臭さが倍増する。当然ながら客層も市場とは変わり、腕っぷしに自身のある連中が主。
女性は基本的に冒険者ほか荒事稼業、もしくは客を引こうとしている女くらいしかいない。
「この辺で」
アルスが言ったのはネストに爪先くらい入った場所だった。
如何わしさや薄ら暗さを感じることはないものの、既にアミークス広場との客層が違う。荒っぽそうな男ばかりが目につく。女性から向けられる嫉妬混じりのの視線を全く感じなくなったのは――そういうことだろう。
「んー……じゃぁ、リアはこの席を死守してて。変な人に声かけられても付いてっちゃ駄目だよ」
「私は子どもですか!」
思わず突っ込むと、笑って“魔物狩り”は屋台へと散っていった。
そもそも変な人だと思ったのならば、子どもだってついて行くまい。リアは唇を尖らせつつ言い付け通りに席を確保していた。
すぐにザイードは肉の串焼きを大量に抱え、アルスは飲み物を持って戻ってくる。少し遅れて片手に野菜と魚の炒めもの、片手に甘い揚げパンを持ったレオナも到着した。
「お待たせー! 食べ――ん、あぁ、今日は良いよ。私達のほうがランク上なんだから奢られときな。正式に一員になってくれたら、そっからは割り勘だけど。ハハハッ」
「あの兎は嬢ちゃんの手柄だからな。オレ達が寄生してるって言われるレベルだったぜ」
「そんなことは! 追い立ててもらわないと何にもなりませんし」
「知らねぇと何も始まらねぇんだよ。追い立て役は俺らじゃなくても良かっただろ? それより、次の仕事はどうだ? 次も一緒にやるか?」
「ぜひ! ただ、三と四の日はヘロン亭での仕事があるので……ご迷惑では?」
「迷惑なんて考えてんじゃねえよ。オレ達も全部の依頼一緒に受けてる訳じゃないしな。とりあえず、また日帰りで出来ろうな依頼をやろうぜ。嬢ちゃんとなら赤字になる心配もないしな」
リアにとってな何よりも嬉しい言葉だった。ザイードだけではなく、串焼きを頬張りつつブンブンと頷いているレオナも歓迎してくれていることが分かる。
出発地点のラボルで躓いているから、余計に温かい言葉が染みた。
「隊長もそれで良いッスよね?」
「俺も君と組んで仕事ができれば嬉しい。……君が俺達とで良いと思うのなら」
初対面であれば怖いと感じただろう。
強張っているというわけでもなく、金属製の仮面のような表情のままでアルスは言う。内容ほどに表情にも言葉にも熱意は感じられないが、少しだけ見慣れてきたリアには感じられることがある。
表情の薄い顔の中で真摯な光を讃えた目が微笑んでいた――はずだ。
前回のお試しに参加していなかったフレッドがどう考えているかは分からないが、一緒に動いた三人は認めてくれた。そう確信を持てた瞬間、リアの目の前が滲んだ。耳の奥がキンと痛くなる。
涙目になっていると気付かれないように、一層明るい声を出す。
「ありがとうございます! 私も皆さんと一緒に出来たら、嬉しいです」
“魔物狩り”は気さくで、陰湿な所も見えない。アルスを隊長とは呼んでいてもメンバーは平等だ。仮参入のリアにさえも差をつけて接してきたことはない。
冒険者に不可欠な戦闘技量だって高い。
貴族や富豪に媚びようという気はないから、寄生して尻馬に乗って成り上がろうと考えている者にとっては欠陥物件かもしれないが、リアにとっては好都合だ。
多少の危険はあったとしても、収入面のプラスも大きい。
打算的かも知れない、そう自己嫌悪を感じる部分もある。しかし諸々の条件を抜いて感情だけで考えたとしても、“魔物狩り”の一員になれると思えば胸が躍る。一緒にやりたいと言ってくれたことが嬉しくてたまらない。
「よっしゃ、また兎狩りしよう。お祭りまで高く売れるし、練習にもなる」
「練習には弱すぎないか? 一発で死ぬだろう?」
「まぁ、お試しだからな。って、おい、レオナ! オレの肉串食うな」
誰もが認める華々しい活躍をしなくても、充実や幸せはある。
人によっては当たり前と言われるであろうことを、しみじみとリアは噛み締めていた。ルミナと暮らしていた時は当たり前過ぎて考えもしなかった、山を降りてからは感じもしなかった感情である。
世界中のほとんどの人には記憶されない有象無象の一人、大衆の一欠片と見做されても構わない。自分だって道ですれ違う、名も知らない相手に対しての意識はそんなものだ。
(でも、私は私で。自分がきちんと認識している相手には、私っていう個人として認めて欲しいんだ。贅沢で我儘なんだろうけど……)
成り上がりたいわけではない。顔の知れた冒険者になりたいわけでもない。
けれど、仲間には認めてもらいたい。求めてくれる仲間が欲しい――そう思っている自分をリアは発見していた。ずっと押し込めていただけで、自分を受け入れて欲しいとどこかで渇望していたのかも知れない。
山を下りて約三年、アルカクに来て一ヶ月半。
幸運にも縁に恵まれ、自分ですら気付かなかった心情を知った。
ひっくり返した箱を椅子に、道端で串焼きを咀嚼しながらリアは決意する。何が“普通の人間らしい生活”なのかは分からないが、自分が大切だと感じるものを追求してみよう、と。
これで実質、1章は終了となります(このあと2話ばかり余談と言うか、別視点のお話が入りますが)。明後日までは20時投稿、9/2(月)から投稿する2章は更新時間を22時に変更させていただく予定ですm(_ _)m 予約投稿も使っているのに定時投稿が危うくなるというポカをやらかしまして…。
誰からもリアクションがなくても当然という心構えで投稿開始しましたが、評価やブックマークをしてくれた方がいらっしゃり感謝の念に堪えません。二部からはもう少し“魔物狩り”が動きますので、今後ともよろしくお願い致します。




