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01-23:変化する山娘の日常1

 店は看板を出すなり、通行人の目に付きやすい位置に商品を並べるなりして、何を売っているものかを客に伝える。一見さんお断りの高級店はさておき、庶民向けの店なら“店”であることを示すのが普通だ。

 アルカクに限らず、どこの街でもそうだろう。


 しかし、リアが今しがた足を踏み入れた店はどうだ。

 傍目には開店しているのか全く分からない状態だった。

 そもそも看板も出ていないし、建物からして店舗っぽくない。


「あらァ、誰かと思ったらレオナじゃない。今日も変な格好、せっかくの素材が台無し。勿体無いわぁ。んまぁ! それよりも、お連れ様はどなた? アナタそっちの気は無いとか言いながら、こういう幼くて可愛い感じの子が好きだったの?」


 店主らしき人は、奥から現れた時から猛烈な勢いで話し続けている。

 レオナとは知り合いらしいが、それにしたって言うことが酷い。重そうな睫毛を開閉させながら、ちょっと間延びした、舌が絡むような喋り方で言われれば大抵の人は困ってしまうだろう。

 無差別ではなく、相手を見てやっているのだと思いたい。


 それに、店主は喋っていなくてとも、すこぶる目を引く人だ。

 夕暮れ時の太陽のような鮮やかな色の髪。ゆるくウェーブのかかった豊かな髪に縁取られた顔は、目も鼻も口も大きい。見ようによっては整った顔立ちとも言えるが、くっきりとした顔立ちに濃い目のメイクをされると迫力がある。


 身につけているのは前立からフリルが溢れ出ている真っ白いシャツ。袖口もやっぱり同じようにワサワサとフリルが溢れ出ている。下半身はシンプルな黒のロングスカート――かと思いきや、二本の筒に分かれている。布地を多く使ってスカートのように見せているロングパンツである。


 服の選び方を間違えればケバケバしい馬鹿貴族まっしぐらだろう。黒いジャケットで引き締め、エレガントと言える域まで高めていることは凄いと思う。純真無垢な目で見ればすごくお洒落な人だと思いつつ、リアはチラチラと店主に向きがちな目を抑えるのに苦労している。

 先程から、ずっと。


(お、男の人? 心は女性とか、そういう感じ?)


 いかんせん店主は大きいのだ。

 レオナも女性としては長身であるが、彼女よりもずっと頭の位置が高い。アルスを越えてザイードと同じくらいの高さだ。気にしてみれば肩幅や首の太さも男性のそれであるように感じられる。

 素っ裸にして並べたらアルスとフレッドが華奢に見えるかもしれない。


「真に受けられそうな冗談はよしてくれ。彼女はリア、最近私達と組んでくれている冒険者だ。えーっと、リア、この人が店主のエリィ。店名は……何だっけ?」


「アタシがお店の名前を決めたわけじゃないわよぉ。アトリエ・エリィとか、エリィズ・アンティークとか、来る人が適当に言ってるだけ。お嬢さんはリアちゃん。私のことはエリィって呼んでね?」


「リ、リアです。宜しくおねがいします」


 人の好みも心のありようも様々だということはリアだって理解している。気持ち悪いと言うつもりはないし、好きな格好をすれば良いと思っている。しかし、エリイのような人を実際に目にするのは初めてだからどうしても気にはなってしまう。

 失礼のないようにと、それだけを心がけながら言葉を返した。


「やだァ、緊張しちゃって。ちっちゃくって、お目々が大きくて、チンチラモドキみたいね! レオナと組んでいるって、仮成人の見習いさんってことかしら?」


「十八で、本成人済です……」


「まぁ! みんな若作りをするのに必死だもの、羨ましがられるでしょうねぇ。しかもチンチラモドキみたいな庇護欲をそそるお顔なんて、ねぇ! あら、よく見たらお目々はエメラルドみたいな綺麗な色ね。こんな可愛いお嬢さんと一緒だってのに、レオナ、アタナはどうしてそんな格好で――」


 リアは緊張しているわけではない。

 いや、多少の緊張はあるが、他に気になるところが山盛りすぎて緊張など気にならない。


 まず、レオナの服装。

 野暮ったく見えるすぼっとしたエプロンドレスを着込んでいる。

 髪をおばちゃんのように布でくるりと包んだ上に、前が見えるのか疑問な歪んだガラスのメガネ付き。自分の魅力を損なわせることに全力を注いだ格好ではあるが、これは目立つ彼女なりの変装なのだ。

 リアとしては少しばかり同情してしまう。


 次に、この店とその店主。

 エリィ自身については個性で片付けるにしても、店に名前がないという事が本当なのだろうか。人伝に紹介するにも店名がないと不便だろうし、看板がなければ聞いても辿り着けないのではないかとリアは思う。しかも、この店は営業中でも扉が閉めっぱなし。入って良いのかもわからない。


 やけにチンチラモドキに例えられている事も気になる。

 チンチラモドキはネズミにしては耳が大きく、ふかふかで丸っこい魔獣――扱いとしては小動物――だ。ペットとしては可愛いかもしれないが、人間に対しての褒め言葉となるかは怪しい。金稼ぎにそれを生け捕りにしていたリアにとっては尚更である。


「リア、早くエリィに服の希望を伝えて。探してくれるから」


「えぇッ! なるべくお安めで、この服よりは野暮ったく見えないものが欲しいです!」


「……リアちゃんは冒険者よね? それ用ってことかしら?」


「いえ、街にいる時に着る普段着を。仕事用は……ごめんなさい、今は予算的に無理だと思うので」


 スカート派か、丈はどくらい、好きな色は、今持っている服は――矢継ぎ早にリアへ質問を浴びせながらエリィは壁一面に掛けられている服を掻き分けている。

 動く姿も、服に触れる指先もぎょっとするほど淑やかである。

 その様子に少しだけショックを受けながら眺めているリアを、レオナが突付く。


「ねぇ、リアが今日着ているのは仕事用ってこと?」


「はい。普段着も一応あるんですけど……悪目立ちしそうで、今日着てこようって気にはならなくて」


「私がコレなのに?」


 リアとレオナが店内を見ながら小声で交わした会話はバッチリと聞かれていたらしい。エリィの目が肉食獣のように光ったと思ったら、猛烈な勢いで唇が動き始めた。手を動かす速度も全く落ちていないあたり、仕事人である。


「レオナ! アナタがおかしいのよ! どんな服だって似合うはずなのに勿体無いわ。それに、ちょっと奥まったところに行くだけで服の値段は上がるの、行商人の取り分諸々でね。だからアルカクに来たばかりの人は真っ先に服を買おうか迷うのが普通。そんな事を考えないのは汗臭い冒険者や食い詰め傭兵くらいよ!」


「私、冒険者なんだけど……」


 本当の事を言っても、火に油を注ぐことになる場合はある。

 様々な面でアルカクがどれだけ恵まれた街なのか。そんな場所で身なりに気を使わない冒険者や傭兵がどれだけ酷いか。その他諸々をエリィはこれまでの数割増しの早さと気合で力説する。

 不思議なことに喋れば喋るほど彼女の作業スピートも上昇するらしい。

 あっという間にリアの目の前には何着もの服が並べられていた。


「わぁ……!」


「どうかしら? どれも特別な効果は無いから、お好み次第よ。これから揃えていくなら最初はシンプルなものをお勧めするわ。派手な柄物は似合うかどうかも、組み合わせも難しいのよ。街をよぉっく見てみなさい。上と下のバランスが面白いことになってたりする娘が沢山いるから」


 エリィの目が一瞬だけ鋭くなった。歴戦の冒険者のような目である。

 すぐに元通りの優しい光を取り戻したが、リアはこの人は絶対に怒らせてはいけないと悟った。


「そうねぇ……この生成り色のシャツは伸縮性があってスレにも強いから、お仕事用にも使えると思うわ」


 並べられた服はオススメらしい生成り色のシャツのほか、丸襟で淡い若葉色のものと、ボウタイの付いた銀鼠色のブラウスが二枚。それとダークブラウンの膝上丈キュロット、モスグリーンの膝下丈のスカートが一枚ずつ。臙脂色でウエストをリボンで絞るタイプのワンピース。

 どれも古着とは思えないくらいに状態が良く、古臭い感じもしない。


 だからこそリアは不安になる。


「……それぞれ、おいくらでしょうか?」


 先日“魔物狩り”との狩りで手にした報酬は約六千五百ペンド弱。

 食費などもあるから手元に半分くらいは残しておきたい。ラボルに来ていた古着売の値段を基準に考えれば、それなりに綺麗な服が買えると踏んでいた。

 だが、古着の行商が持ってくる服はもっとシンプルで頑丈さ重視。こんなお洒落で状態の良い古着となれば価格の想像がつかない。


「そぉねえ、ワンピースは二千ペンドかな。スカートとキュロットと丸襟のブラウスが五百、残りのブラウスとシャツは七百ペンドね」


「えっ……意外とお安い、んですね?」


 ワンピースは他の服よりも高めだが、どれもリアが思っていた価格よりはずっと安かった。今日着るのを躊躇ったリアの普段着だって銅貨五枚、五百ペンドくらいはしたのである。

 同じ値段とは思えないくらいにエリィの店の服は綺麗だ。


「安いのか、それで?」


「地方は仕入れたものを運んで売るから高くなるのよ。アルカクでは古着ならこのくらいの値段、ウチはちょっと高く思われるかもしれないわね。でもねぇ、ウチのお洋服は全部私が確認してお直しているの。破れていたりなんかしないし、元々の形より可愛くなったものもあるわよ!」


 自信満々に言い切ったエリィを見てリアは納得したし、感心もした。


「……ワンピース以外の服、買います」


「お代は二千と九百ペンドになるけど、よろしくって?」


 こくりとリアが頷くと、エリィは柔らかく笑ってみせた。

 綺麗に服を畳み直そうとしたところで、レオナが待ったをかける。


「せっかくだしさ、着てったら良いんじゃない?」


「えっ……?」


「そうねぇ、それが良いわ! もし丈とか合わなかったら直してあげられるし。試着室はこっちよ。どの組み合わせにする? せっかくだから春ぽい色のこのブラウスが良いんじゃない? なら下はブラウンの方よね。そのゴツい股引はちゃんと脱いでちょうだいね」


(も、もも、股引……)


 愛用の丈夫なタイツを股引扱いされた衝撃を引きずっている間に、試着室に押し込められてしまった。


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