01-22:クマさんに出会った3
色味の薄い、感情の読めない目がリアを射抜いている。
自分が上手に嘘をつける人間だなんて過信はしていない。
素直に伝えたとして何か問題はあるだろうか。リアは束の間それを考えて、すぐに思考を放棄した。軽く両手を挙げて嘘吐いていませんというアピールをしながら言葉をひねり出す。
「先程皆さんが戦っている時に、こっちを見ているような嫌な感じ、視線を感じたような気がしてですね。他にも魔物がいたのかなーと思って、一応確認に来たかったワケです、ハイ」
「ふむ……」
何やら考え込むアルスを見て、リアは思う。
結局の所は感覚だけなのだ、と。
何者かの姿を見たとか、動く影を見たとか、分かりやすく伝えられる事柄など無い。自分でも何かが居たと確証を持てない段階なのだ。真面目に聞いてくれている事をありがたいと思う一方で、何も居ないなと切り捨ててくれれば良かったのにと思う自分もいる。
とりあえず、この読めない男は見えない所で自分を脅そうとか、害そうとか考えていたわけではないことは分かった。ならば――純粋に一人で動くことを心配したか、リアの様子がおかしいと気にしたかだ。
どちらにせよ悪意のある行動ではない。
瘴気に似たものを感じる。
それだけの理由で警戒している自分はひどく偏狭なのだろうか。
(意外と良い人っぽくて、申し訳なくなるんだよな)
リアが目にした瘴気持ちの人間とアルスは、常時瘴気を感じさせるか、何かの拍子に漏れ出すかという部分で決定的に異なっている。ルミナは瘴気は放つものではなく纏わりついているものだとリアに教えた。
だとすれば自分が感じている瘴気のようなものは本当に瘴気なのか、全くの別物なのか。会えるのならばルミナに尋ねてみたいと切実に思う。
「……君は魔物だと思ったのか? 人間、例えば冒険者が観戦していた可能性は?」
「正体までは分かりません。でも、他の冒険者が戦っているのが気になった、っていう感じでは無かったです。もっとこう、嫌な感じで。恨みでもあるのかなと」
その言葉にアルスは唇の端だけで笑う。
「恨まれていない、と言い切れないのが悲しいな。だが、人間だったとすれば――」
目を細めながらゆっくりと自分の周りを眺めていく。
リアが足跡や落とし物を見つけようと低い位置を見ていたのに対して、アルスの目線は高い。自分自身の目線よりも更に上を見ているようだ。
「あのぉ……」
「あった」
一本の木の元へと向かう。幹や枝に棘がある木だ。
その木の、自分の頭と同じくらいの位置に手を伸ばしながらアルスは呟く。
「見物人が居たのは確かなようだな」
「よく見つけられましたね、それ……」
リアへと向けられた指先には、小さな黒い布切れが挟まれていた。布と言うのが残念なくらいのサイズ、糸の集合体と言った方が良さそうなものだ。風で草木を揺らした時、着ていたものが棘に引っかかったのかも知れない。
風を送った張本人のリアでも気付かなかったそれは、どんな目と感性をしていたら発見できるのだろうか。
「足跡が無いことを考えると、たまたま見に来たとは考えにくい。かと言って、この小さな布から誰が居たかを調べるのは無理だろうな。例え俺達に害意を持っていたとしても」
「そう、ですね。でも、ありがとうございます。気になっていたので。その布、見せていただいても?」
アルスの親指と人差指が開き、リアの手のひらに布切れを落とす。
「――ッ!」
ものすごく、嫌な感じがした。
手を振って布切れを落としたくなる衝動をリアは必死に抑える。
「……普通の布っていうか糸ですよね。これもギルドに提出します?」
「相手にされないだろうが、一応な。俺にはそれ以外のものは見つけられなかったが、もう少し探してみるか?」
「いえ、これを見つけてくれたアルスさんに分からないなら、もう証拠はなさそうですね。気配から足跡まで消していた相手ですし……戻りましょう」
そうか、と呟いてアルスはリアに手のひらを差し出した。
黒い布の欠片を返却すると、アルスは踵を返しレオナ達が待つ場所へと向かう。元々、互いの姿が見える程度の距離である。すぐに休憩していた二人の元へと到着した。
「隊長、二人で何してたんスか?」
「ん……彼女、薬草が生えているかと思ったらしい」
「そんな先生みたいなことを。今日はこのクマで稼げたから、そこまで頑張らなくても良かったのに。それにしてもさ、リアは全然余裕そうだよね。私より魔力も【強化】も強そうだよ」
「私は皆さんほど動いてませんから。それを言うならアルスさんでしょう?」
「隊長は規格外っていうか、化け物っていうか、ね?」
「はっ! すみません、私に付き合わせてしまったせいでアルスさん休憩できませんでしたよね?」
「問題ない。とりあえず、荷車のところまでコレを運ぼうか」
アルスが仲間に真実を伝えなかったことが、リアには少し意外に感じられた。しかし、糸に毛の生えたような布切れを見せられたとしても反応に困るだろう。視線を感じたとリアが言い添えても尚更である。
血の抜けたメタルベアの死体を担いだアルスを先頭に、木々の間を抜ける。
気付けば太陽は頂を越え、少しずつ下り始める気配を見せていた。
荷車にメタルベアの死体を積み込み、再びウサギ系の魔物を狩る。
一日の成果はビッグラビットが十五体、ホーンラビットが四体。
加えてメタルベアが一体である。少なく見繕った上に四人で割ったとしても、リアからすれば普段の十倍くらいのお金が入ることになる。ホクホクした顔でザイードが荷車を引いていることから、リアだけではなく“魔物狩り”にとっても良い収入だったことが分かった。
「思った以上の成果だね、これは」
「だなぁ。ウサギは嬢ちゃんの方法あってだ。今日は嬢ちゃんを拝んでから寝ることにするぜ、オレは」
「飲む前に拝んどきなよ。寝る前だと忘れるだろう、お前は」
「ハッハッハ、違いねぇ。御本人がいるうちに拝んどくか」
「いりません! 私一人じゃ出来なかった方法ですし」
帰りは軽い【強化】だけで、駆けずに歩いている。
行きから比べればのんびりとしたペースで話もしやすい。舗装された道に入れば直されである。村から商品を売りに来たような呑気さで、たいぶ砕けた話をしながら気軽に歩いている。
荷台に山と積まれたウサギ型魔物を見てぎょっとする人も多いが。
「今日は嬢ちゃんとの合わせってことで、タダ働きにならなければ良いと思ってたんだけどな。お陰で収納袋のための貯金も増えそうだ。なあ、嬢ちゃん。次も俺達と一緒にやろうぜ?」
「待てザイード、今日はパーティ資金の回収は無しじゃないのかよ」
「何言ってんだよ、レオナ。そりゃ嬢ちゃんだけの話だ。こっちはいつも通り二割徴収。睨むなって、別に俺が上前ハネてるわけじゃないんだからさ」
「収納袋、買う予定なんですか?」
「泊りがけの移動の時も、今日みたいに獲物が多いときにも便利だろう? だから皆で金貯めてるんだけど、新品なんて手が届かねぇし、中古でも金貨三枚は欲しいから、なかなかなぁ」
収納袋というのは物を仕舞うための袋ではなく、魔道具の一つだ。
袋の中の空間が拡張されていて、見た目からは想像できない量が中に入る。原型は古代に作られていたという魔法袋と呼ばれるもので、収納袋はその魔法袋の再現を目標として作られている魔道具、いわば魔法袋の劣化版だ。ちなみに魔法袋であれば、普通の鞄サイズであっても家一軒分以上――時に無限とも言われる収納力がある。
劣化版である収納袋に入れられる量は標準品質で狭めの馬房一つくらい、高品質であればその倍程度。お手軽なものとしては背負い籠くらいの量が入るポーチ、なんていうのもある。
ただし、同じ魔法具作者が同じ材料を使って作っても全く同サイズにはならないとか、使う人の魔力との相性によって変化するという話もある。保証のついていない商品であれば、実際に入れてみるまで当たり外れは分からない。
ザイードが求めているのは標準品質以上のものだろう。
冒険者が欲しがるサイズの収納袋は新品であれば金貨五枚を楽に越える。高品質のものでは金貨数十枚、数百万ペンドと立派な家だって買える値段で取引されている。稀に迷宮内で魔法袋が発見された時などは、オークションにかけられて白貨が動くらしい。貴族の豪邸にも匹敵する魔道具なのだ。
「でもよ、コツコツ貯めてりゃ貯まるもんだ。酒や賭博に有り金全部使っちまうより、ずっと良いだろ?」
笑顔でザイードが言い切った。
見た目で人を判断するのはよくないが、ザイードが「命がけの仕事だ、報酬は持ち越さねぇ」と言っても誰も疑問を持たないだろう。見ただけで堅実そうという表現をする人は極めて稀、金遣いが荒いタイプに見られるはずだ。
そんな彼が“魔物狩り”の財布の紐を握っている。
ザイードとレオナは他者が抱くであろう第一印象に合った人物を演じているのではないか、とリアは感じていた。ザイードは粗野さが魅力に感じられる野性的な男として、レオナは王子様もしくは貴公子のように。
ヘロン亭で初めてお会いした時は話していてもそんな印象だった。
しかし、ザイードは堅実で真面目なところがある。
レオナは人懐っこくて親しみやすい人だ。女性らしさも持ち合わせている。
礼儀正しいが冷血そうに見えていたアルスも、魅力あふれる彼らに慕われているのだ。話す度にリアは彼の評価を上方修正せざるを得ない。完全に警戒心を解いてこそいないが、感情表現は薄くとも血が通った人間であり、自分の周りにいる人のことを思い遣っていることが感じられる。
そんな彼らの姿を見られたことが、今日一番の収穫と言えるかもしれない。
夕日に照らされた大橋へと向かう“魔物狩り”三人の背中を見ながら、そんな事を思っていた。




