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第一の魔人


「王様…………? それは、どういう意味ですか?」


わたし知ってるよ? おうさまは、おうさまになりたいんだよね?」



 ラムセスはこの時点で、二つの事実を理解していた。

 一つは、この少女らしき何者かはラムセスを知っているという事。

 そしてもう一つ、この襲撃は純粋にラムセスを目的としているという事だ。


 ラムセスが王様ファラオを目指しているということは、誰も知らないはずなのだ。

 ラムセスはファラオというものを目指している事は公言しているが、それが王の事であるというのは父親であるレムリットにすら話していない。


 それを知られているという事にラムセスはやや動揺するも、以前にも似たような出来事があった事を思い出し、すぐに落ち着きを取り戻す。


 ホルスと出会った時、未来のファラオと呼ばれて動揺したのは過去の話だ。

 「相手が知らないはずの事を知っている」という不安には耐性ができている。


 大切なのは、この少女の目的を明確にし、その上で冷静な対処をする事。


 そう考えたラムセスは、会話が続いているうちに相手について探ろうと口を開く。


「貴女は…………魔人、ですね?」


おれに興味があるの? 嬉しい! …………そうだ、自己紹介がまだだったよね? 教えてあげる、ぼくのこと!」


 ラムセスの問いに対し、待っていましたといわんばかりに瞳を輝かせ、少女はその場で一回転した。


 そして踵を鳴らして足を揃えると、フリルのついた裾を掴んで軽く持ち上げ、優雅に頭を下げる。


 その様子を油断なく見据えるラムセスへと、少女は口上を述べる。



わたしたちは『羨望・・』の魔人」


 それを見て、ラムセスの背筋が凍る。

 少女の姿をした魔人の顔は、今は頭を下げているため伺い知る事は出来ない。


 しかしその前髪の奥に光る二つの眼と、三日月のように裂けた口元が、ラムセスに全てを物語っていた。


 目の前の存在は、紛れもなく邪悪であると。



「『七災天セブンス』の一人、『第一天使ファースト』。貰った名前は『サンリルオン』…………よろしくね、おうさま?」


 聞きなれない単語が連続して放たれ、ラムセスは首を傾げる。

 唯一理解できた事は、目の前の魔人の名前がサンリルオンであるという事のみ。


 更に情報を聞き出すべく、ラムセスは問いを重ねる。


「セブンス…………? ファースト? それはいったい」


「教えてあげたいのはやまやまなんだけど、それはまだダメって言われてるんだよね。でも、一つだけ条件を満たしてくれたら大丈夫だよ。そうしたら、教えてあげる」


「条件?」


 その言葉から、この魔人が単独で行動している訳ではないことをラムセスは察した。

 少なくとも、他に一人。この魔人に口出しした何者かが存在している。

 それを知るための条件を提示されたラムセスは、内容を尋ねる。


「そう、じぶんがおうさまに会いにきた理由の一つでもあるの。あっ、でも誤解しないでね? もともとおうさまに会いたかったら来ただけで、そっちの方は偶然都合がいいから頼まれただけなの。ついでだし、仕方がないなーって思ったの。ほら、わたしって優しいから」


「それで、その条件ってのはなんですか?」


「もー! 折角会えたんだから、もうちょっと会話を楽しもうって気はないの? こんな美少女が会いにきたんだから、もっと嬉しいとか思ったりしないの?」


「相手の目的も分からないのに、そんな事を考える余裕なんてありませんよ」


「おうさまつめたーい! でも、いいよ。許してあげる! 時間はまだ沢山あるからね、たっぷりお話しましょ? あっ、そうそう…………条件ってのはね」


 ラムセスは顔を引きつらせた。


 サンリルオンの体温が著しく上昇し、その肉体が変化を始めたからだ。


 骨が曲がる音、筋肉が裂ける音、血液が弾ける音が重なり、不快な不協和音を鳴り響かせる。


 それは数秒の出来事だったが、ラムセスにとってはもっとずっと長い事のように感じられた。


 それが終わった後、サンリルオンには目に見えた変化はなかった。


 フリルのついた衣装も、黒い頭髪も、少女らしい小さな肉体も、外見的にはなにも変わっていなかった。


 しかし、ラムセスは理解していた。

 確実に、何かが変化していると。


 そんなラムセスへと、サンリルオンは「条件」を口にした。



私たちまじんの仲間になってくれないかなって、スカウトしにきました。私たちがおうさまにしてあげるから、私たちのおうさまになってください」



 そう言いながらサンリルオンはスカートの裾をたくし上げた。


 ラムセスは思わず目がその奥へ向かいそうになるのを意思で抑え、その場から更に背後へと跳躍する。


 そして、ラムセスがいた場所の地面を無数の腕・・・・が貫いた。


 その腕は全てサンリルオンのスカートの中から伸びており、人体の構造から著しく逸脱している事を否が応でも理解させる。

 伸ばされた腕はみな痩せ細っており、血の通っていないかのように蒼白く、悍ましい。


 その様はまるで死霊のかいなのようだと、ラムセスは感じ取った。

 一度でも触れられれば、命まで奪われてしまう。

 そう思わせるだけの何かを、その怪腕は発していた。


 額に汗を滲ませながら、ラムセスはこの少女が人間ではない事を改めて認識する。


 そして、これでハッキリした。

 この魔人の狙いは、ラムセスの命そのものなのだと。


 いつから狙われていたのか。

 それはラムセスには分からない。


 しかし少なくとも、話し合いで事を済ませる事が出来ないという事は明白だった。


 突然の挨拶・・を避けることができたのは、ここでも熱感知が働いたのが理由だった。


 サンリルオンがスカートを上げる寸前、その奥に熱を持った物体が出現したのだ。

 いや、出現したというのは正しくないのかもしれない。


 それは紛れもなく、肉体そのものが変性してうまれていた。

 この場所へと連れてこられた時の不可解な現象もこの魔人の仕業だと断定すると、なかなかに多才で底が知れない。


 その全てが、不気味だった。


 ラムセスは魔人を直接その目で見る事は初めてだ。

 しかし、そのデタラメさはよく理解している。


 ラムセスの母親は、その魔人によって苦しめられているのだから。


「いきなりやってくれるじゃないですか。つまり、僕の命を奪って仲間・・にしようって事ですか?」


「そうなっちゃうね。これくらいでやれるとは思ってなかったけど、こんなにあっさり避けられるとムッとしちゃうかな」


 表面上は穏やかに、二人のやり取りは続く。


「私ね、人間が好きなの」


 一触即発の雰囲気を切り裂いて、サンリルオンは語り始める。


 ラムセスは静かに耳を傾けつつ、いつでも攻撃できるように魔術を待機させる。


「人間が一番輝く時って、知ってる? こうなりたい、ああなりたい…………理想と現実の落差に絶望しながらも、それでも前に進もうとする時、憧憬に向かってひたむきに努力している時…………そういう時に、人間は強く輝くの。私はそういう人が大好き、応援したくなるの」


 思ったよりも普通の内容を話すサンリルオンへ、ラムセスは怪訝そうな視線を向ける。


 言いたい事は理解できるし、否定するようなものではない。

 しかし、突然命を奪おうとしたこの少女がそれを口にした所で、他に何かしらの意図があるようにしか思えなかった。


 そして、それは正しかった。


 サンリルオンの口から、悪意が噴き出す。



「だから、私もそんな人間・・・・・になりたいの! 自分以外の何かになりたい! そのためにはどんな事だってする! どれだけでも頑張れる! そんな人間になりたいの!! だから私が叶えてあげる! もとより魔人はそういう生き物だもの! きっと無理やり変えられたとしても、最後には感謝してくれるに違いないわ! こうなりたかったんだと! こんな自分まじんになれて良かったんだと! そう言ってくれると信じてるわ! だから、だから!!」


 一呼吸置いて、サンリルオンはその本心を叫んだ。



「その代わり、あなた・・・になっても許してね!! あなたの居場所も、地位も、見た目も、力も! 私は全てが欲しいんだもの!! 私は、私は…………私はあなたワタシのようになりたい!!」



 それは心からの叫び声だった。

 サンリルオンの肉体が歪み、変化する。


 自分以外の何者かに化ける事。

 それかサンリルオンという魔人が生まれ持った力。

 生前の未練が捻れて原型を失い、どこまでも邪悪に染まった人を殺す理由。


 『自分ではない誰かドッペルゲンガー』の魔人。



「私があなたをおうさままじんにしてあげる! そして居なくなったあなたラムセスに私がなるの!! あなたの王に対する憧れと共に、輝き続けるわ!! だから頂戴、あなたの全て!!」


 その言葉と共に、決戦の火蓋が切られた。

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