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黄金妖精の金貨壷


「選べ…………誓いゲッシュを立てるか、此処で死ぬかだ」


 視界の全てが金色で塗り潰された空間。

 数え切れないほどの金貨が山積みになった、その頂点。


 そこからバステトを見下し、ゴルドはそう言った。


 既に体の半分を金塊に替えられたバステトは、焦りで額から汗を流しながらも、口を開く事が出来ない。


「どうした? …………簡単な事だろうが、何故それが出来ない? …………お前のあいつに対する愛情とやらは、偽物なのか?」


 ゴルドの姿は、既に人のソレでは無くなっていた。

 白かったスーツは、その上から金の輝きで上塗りされている。


 いや、衣服だけではない。


 ゴルドの全身は、左目とその周辺を残して全てが黄金へと変容していた。


 口元は金で出来たマスクに覆われており、その形状は甲虫の顎門に似ている。


 オールバックにされていた髪の毛は逆立ち、色も黒から金へ。

 元々金のメッシュがあった場所のみが、反転したかのように黒髪になっている。


 両手両脚には爪のような物が、その背中からは二対の虫の翼が生えており、それらも全てが金で出来ている。


 その人ならざる怪人を視界に収めながら、バステトはこの状況に陥る前の出来事へと、意識を傾けた。




 バステトは食事の席についていた。

 円状の机と、それを囲む形で設置された四つの椅子がセットになった卓。

 周囲には同じようなものが幾つも存在している。


 バステトの右側にはマスキン、左側にはフォルテ、そして正面にはゴルドが座っている。


 ラムセスはこの場にはいない。

 王女の指示で彼を迎えに来た使者に連れられ、彼女の待つ個室へと向かったのだ。


 ラムセスは最初、バステトを連れて行こうとした。


 しかしーーーー。


『申し訳ありません、ネフェリ様はラムセス様と二人きりの時間をご所望です』


 その時のラムセスの狼狽える姿が、バステトに決心させた。

 自分を置いて、行ってくれと。


 もちろん、ラムセスと王女が二人きりになると聞いて、バステトは心穏やかにはいられなかった。

 しかしそれでも、ラムセスに迷惑を掛けたいとは思わない。


 もとよりラムセスは王国の貴族であり、王女はその婚約者だ。

 バステトはラムセスと距離こそ近いものの、その関係性は奴隷と主人。


 客観的に見て、ラムセスが優先するべきは王女の要求だ。


 それにも関わらず両方を天秤にかけ、自分の事を気にかけてくれた。

 バステトは、それだけで十分だった。


 だからバステトは、ラムセスに言ったのだ。


『私は一人でも大丈夫です…………にゃ』


 ラムセスは最後まで心配そうにバステトの事を振り返っていたが、やがてその姿は通路の奥へと消えていった。


 その場に残ったバステトは不安を感じていた。

 そして、そんな彼女にゴルドが声をかけたのだ。


『おいお前、少しツラ貸せよ』


 有無を言わさないような口調に、バステトは気圧されつつも頷く。

 ゴルドに連れられて辿り着いたのは、会場内に設置されたレストランだった。


 四人用の卓を選び、一足先に席についたゴルドはその場で叫んだ。


『おい、男女! 隠れてないでお前も席につけ!』


『げっ、なんで分かったの』


 その一言と共に、何処からともなくフォルテが現れそのまま席についた。

 不思議そうに首を傾げているフォルテを見て、バステトは頬を引きつらせた。


 そうしている間にマスキンも着席し、残った席はゴルドの正面のみ。


『座れ、お前に大事な話がある』


 バステトに拒否権はなかった。


 そうして、この奇妙な空間が出来上がったのだ。


 貴族が三人に、獣人の奴隷が一人。

 それも、貴族のうち二人は公爵家。


 バステトだけ、明らかに浮いていた。


 しかしそんな彼女はいま、三人から放置されていた。

 体を縮こませて肩身が狭そうにしているバステトをよそに、この事態の発端となった人物は注文した料理を口に運んでいる。


 ゴルドを含めた貴族三人は、それぞれが各々の好物を手に取り、無言で咀嚼していた。


 バステトの目の前にも大きい焼き魚が届けられ、食べられるのを今か今かと待ち構えている。

 緊張で口を開けなかったバステトの代わりに、ゴルドが勝手に注文したものだ。

 分かっていた事だが、完全に猫のイメージのみで好物を判断されている。


 しかし、バステトはその料理に手をつけることはなかった。


 魚が嫌いというわけではないが、目の前の光景のせいで食欲が湧かないのだ。


 ゴルドは山積みになったステーキにフォーク話突き立て、絶え間なく口の中へと運び、咀嚼し続けている。

 マスキンは巨体に似合わぬ繊細な仕草で、マナーを守りつつ鳥の丸焼きを一人で消費している。

 フォルテは最初からデザートを頼み、数々の甘味を楽しんでいる。


 胸焼けしそうな景色だった。


 緊張と合わさり、料理に手をつける気が全く起きない。


 そんなバステトが気になったのか、ゴルドは食事を取る手を止め、彼女へ話しかけてくる。


「あ? もしかして魚嫌いだったか? 肉にするか?」


「いや、その…………お腹が空いていなくて、です……にゃ」


「そうか。マスキン、お前代わりに食え」


「はいはい」


 ゴルドがそう言うのを予想していたのか、マスキンは手早く焼き魚が乗った皿を自分に寄せた。


 再び、沈黙が訪れる。


 ナイフとフォーク、そして咀嚼音のみがその場に響いた。


 それに耐え切れなかったバステトは、自分に対する用事を聞き出すために口を開こうとする。


「あのーーーー」

「獣人、お前に聞きたい事がある」


 しかし、その声に重ねる形でゴルドが話を切り出した。


 元よりそれを待っていたバステトは、ゴルドと目を合わせながら、大人しく話を待った。


 ゴルドは何故か、バステトに目を付けている。

 一度は金銭で手に入れようとし、撤回こそしたものの、まだ安心する事は出来ない。


 何を言われても、不思議じゃなかった。


 最悪脅される事を想定しながら、バステトは耳を傾ける。


 そしてバステトは、その想定を越える内容に対して、言葉を失った。



「お前…………いや、お前達・・・か。あいつに近づいて、何を企んでいる・・・・・?」



 硬直したバステトの隣で、何故かフォルテが噴き出した。

 幸い口の中の物は飲み込んでいたのか、正面のマスキンに生クリームが降りかかる事はなかった。


 混乱の中でバステトは悟った。


 この男は、自分の事を知っていると・・・・・・


「だんまりか? まさか何を言っているのか分からない……なんて、事はないよな?」


「ちょっ、ちょっと! ゴルド少年、突然なにをーーーー」


「男女は黙ってろ! それとも、なんだ? やっぱりお前も気がついていたクチか?」


 咄嗟にゴルドを止めようとしたフォルテは、自分に向けられた鋭い視線に閉口した。

 いや、閉口させられた・・・・・


 子供のものとは思えない、殺気すら感じられる気配に、言動を封殺されたのだ。


 その様子を戸惑いながら見つめていたバステトへ、ゴルドは更に語りかける。


「最初は別人かと思ったぜ? なにせ髪の毛の色すら変えていたみたいだからな…………だが、すぐに分かった。テメェが、共和国に議席を持つ「びょう一族」の元頭領の娘、現頭領の妹と同一人物だって事はなぁ!」


「ど、どうして…………」


 どうしてそれを。

 そう言おうとしたバステトに先んじて、ゴルドが更に話したてる。


「俺様の実家、グランベルグ公爵家は国交を任されている」


 それを聞いたバステトは、記憶の中から一つの出来事を思い出した。

 それは自分の姉が頭領に就任した時に開かれた、他国の使者を交えた祝いの席での記憶。


 外国の言葉を知らないバステト……まだキティという名前だった彼女が、会場の扉外から宴を覗き込んだ時に目が合った、黒髪の少年の顔。


「あっ、あぁ…………もしかして、あの時の…………」


「その通りだ…………俺様は、お前に会ったことがある!」


 バステトは自分の秘密を暴かれた事に対して、呆然とする。

 彼女はショックを受けていた。


 それは、自分の身元を知られてしまった事に対してではない。


 あの姉・・・が、こうなる事を予想していなかったはずがないからだ。

 それにも関わらず、自分に何も告げられていなかった事に、バステトは強い衝撃を受けていた。



「商店街でテメェに会ったあの日から、俺様は金と伝手を最大限使ってテメェの足跡を追った…………テメェは共和国から奴隷として売られたあと、あちこちを転々と回された後に、ラムセスの野郎に買われたそうじゃねぇか。共和国の議員の一族であるお前が、王国の公爵家に買われるだと…………? 随分な偶然じゃねぇか、奇跡と言ってもいいぜ…………?」


 一つ一つ、逃げ道を塞ぐように事実を羅列するゴルドを、誰も止めることが出来ない。


 マスキンも、フォルテも、そしてバステト自身も。


 そして、ゴルドはついに本題を口にした。


「んなわけあるか! 仕組まれていたに決まってんだろうが! お前という存在が! 王国で奴隷として売られている! それ自体が既におかしいんだよ! 外交問題にならない筈がない! 直接俺様の家に話が来ないのがありえないくらいだ! 何を企んでいる? マッチポンプで糾弾でもするつもりか? 何を要求するつもりだ! …………それとも、あいつに取り入るのが目的か?」


「ち、ちがっ…………私は、そんなつもりじゃ…………」


「じゃあ答えろ! テメェの目的はなんだ! いや、お前達・・・は何を企んでいる!」


 徐々にヒートアップするゴルドがその場に立ち上がろうとした時、彼に制止の言葉がかかる。


「ゴルド少年、そこまでだ。これ以上彼女を追求する事は、許されていない」


 それは、いつも浮かべていた笑顔を無表情へと変えたフォルテだった。

 手慣れた様子で周囲の音を遮断した彼女は、風の魔術によってゴルドの首に真空の刃が添えている。


「はん、やっぱりテメェもなにか知っているんだな…………フォルテ・・・・


 ゴルドは全く焦りを見せない。


 なぜなら、彼が手に持っていたフォークの切っ先が伸び、フォルテの首元にほぼ同タイミングで突き立てられていたからだ。


 フォルテの顳顬から、汗が滑り落ちる。

 突然始まった物騒なやりとりに、バステトは目を丸くする。


 ゴルドも、フォルテも。

 お互いに一歩も引かない。

 そんな二人を止めたのは、やはりマスキンだった。


「ストップ、それ以上はダメだよ…………ねぇ、ゴルド君。やっぱりこの子は何も知らされていないと思うよ? 動揺こそしてたけど、悪意はないみたいだし……寧ろ、追求される事すら想定してなかった節があるよ。何か企んでいたのなら、こういう場面を想定して、言い訳の方が先に出てくるでしょ? フォルテさんのいう通り、ここまでにしておこう?」


 マスキンは心からゴルドを心配して、そう言った。

 フォルテがこの場面に立ち会う事は想定していなかったが、概ねゴルドを止める方針である事は理解できた。


 ならば、止めるなら今しかないと踏んだのだ。

 この件は確かに重要だが、なにもゴルドが追求するべき事でもない。

 ラムセスとの関係が拗れることを考えると、ゴルドにとってはマイナスでしかないのだ。

 だからマスキンは、ゴルドを止める為に口を開いた。

 

 しかし、その言葉が逆にゴルドを刺激した。


「ここまで、だと…………?」


 顔に血管がうかぶほどの怒りを見せていたゴルドは、急激に落ち着きを取り戻す。


 そのまま魔術を切り、フォークを元に戻す。


 フォルテは少しの間、膨れっ面になったゴルドを警戒していたが、やがて彼女も魔術を解くと席に着き直す。


 自分に関する事だというのに、自分を外に話を進めている三人に対して、バステトは安堵とも不満とも言い難い感情を抱いた。

 しかし、自然と鎮火した事に安心しため息を洩らす。


 その場の緊張感が、一気に解き放たれた。


 ひとまず、丸く収まった。


 誰もがそう思ったからこそ、誰一人その行動を止めることが出来なかった。


 ゴルドは大きくため息を吐くと、椅子に大きく背中を傾け、天井を見上げながら言った。



「やっぱり……最低でも、保険は掛けとかねぇとな」



 ピンっ、と。

 音を立てて、一枚の金貨が宙を舞った。


 それは綺麗な放物線を描くと、全員の視線を奪いながらバステトの手元へと落ちる。


 バステトが反射的に両手で受け止めたのを確認すると、ゴルドは口角を上げ、ソレを唱えた。



黄金妖精のレプラカーン・ザ・金貨壷ゴールドポット


 世界が、黄金で塗り潰された。

 今回の「◼️◼️◼️」'sキーワード


 「黄金妖精レプラカーン


 アイルランドに伝わる伝承の妖精。

 金貨の入った壷を持ち、人が一瞬でもそれに気を取られるとイタズラをして消えるという。


 地中の宝物の事を知っており、捕まえるとその在りかを教えてくれるが、手に入る事はほとんど無い。

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