金色の二人
「おいおいおい、なんだそりゃ! やけに気合い入ってんじゃねぇか! 何処の衣装だよ!」
ゴルドは喧騒を掻き分けて進み、ラムセスの元へ辿り着くと、そう口にした。
声を掛けられた事で、ラムセスはゴルドの接近に気がつく。
視線を向けると、ゴルドは白スーツに刺繍を入れており、ラムセスはやはり「ホストみたいだな」といった感想を抱いた。
ゴルドの背後からは、隠しきれないほど目立つマスキンの巨体が迫ってきている。
ラムセスは驚いた様子のゴルドに対して胸を張り、何処と無く得意げな表情を浮かべると、まずは挨拶をする事にした。
「やぁ、ゴルド君。明けましておめでとう」
「おう、明けましておめでとう…………で、その服はどうした? 見た事ねーデザインだな…………いやいや、殆ど上半身丸見えじゃねーかよ! もしかして、あれか? お前って露出癖でもあんのか? お?」
「ちょっと、ゴルド君! だから失礼なこと言わないでってば! …………あっ、ラムセス君、明けましておめでとうございます」
「マスキン君も、明けましておめでとう」
ゴルドの言う通り、その場にいる者達から見てラムセスの衣装は奇妙に映っていた。
白を基調としたゆったりめのズボンに、金と青で出来た前掛け。
腰を一巡する波打つ模様の金属ベルト。
靴は爪先が上を向いている、これまた白を下地にして金のラインが走った古めかしい造形の物。
そして背中を通して両脇の下から肩に掛けて固定された金細工。
純白のマントの背面には、金の刺繍で描かれた太陽のシンボル。
首に掛けられているのは、王女から贈られた王家所縁の首飾り。
それ、のみだった。
つまり、上着は何も身につけていない。
腹筋からなにから、丸見えだった。
周囲の子供達はそれを見て困惑し、子女達は顔を赤らめ目を逸らしている。
いや、一部の者達は目を塞ぐふりをして、その隙間から目に焼き付けている。
家の都合上、共和国の人々と交流のあるゴルドは、ラムセスの装いを見て「民族衣装」のようだと思った。
獣人達は、普通の人間と比べて露出の高い服装を好む傾向がある。
今のラムセスの衣装は、それに近いのだ。
それはゴルドにとっては、やや頭の片隅に引っ掛かる要素を含んでいた。
何処かで見た事があるようで、生まれてこの方一度も目にした事がない。
そんな奇妙な感覚は、ゴルドの生来の好奇心を刺激した。
興味津々な様子のゴルドを見て、ラムセスは満足したように一つ頷いた。
「ふふ、これこそが…………僕に相応しい最高の衣装なのです。ウチで雇っている冒険者がデザインして、プレゼントしてくれました」
「ほう…………中々いいセンスしてんじゃねーか! 特にアレだな、金色を使っているところがいい! 実に俺様好みだ、考えた奴に会って話を聞きたいくらいだぜ!」
「彼女も一緒に来ているので、後で紹介しますよ…………今は、何処かに用があるみたいなので此処には居ませんが…………それにしても、ゴルド君も中々いい服装ですね」
「おっ、この良さが分かるか!? 実は俺様が自分で作ったんだ! どうだよこの部分の刺繍、一晩かけて作業したんだぜ? 夜更かしを親父に怒られちまったけどな!!」
まさかの自作衣装という衝撃の事実に口を開きながら、マスキンは二人の様子を観察していた。
初めての会合がやや不穏であったため、マスキンはこの二人の再会に少しだけ不安を抱いていた。
特にゴルドは生来の柄の悪さが問題であるため、出会い頭に喧嘩を売る可能性があるとすら思っていた。
しかし、目の前でお互いの服装について褒め合っている二人を見ると、それが杞憂である事を理解する。
少なくとも、表面上では普通にやり取りをしているのだ。
わざわざ「貴族祭」に来てまで、諍いを起こすつもりはないのだろう。
ラムセスの様子を見る限りでは、前回の無礼を気にしているそぶりもない。
一安心してため息を漏らしたマスキンは、ラムセスの背後から覗く二つの猫耳に気がついた。
「あっ、バステトさん…………明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます、にゃ」
衣装の拘りについて熱く語っている男二人を一旦置いといて、付き人ポジションの二人はお互いに新年の挨拶をした。
ラムセスの背からおずおずと出て来たバステトは、少女らしくドレスに身を包んでいた。
褐色の肌に対照的な白のドレスだ。
余分なレースなどは付いておらず、獣人の健康的な肢体を強調させるような、肌にフィットしたデザイン。
マスキンのいる正面からは判断できないが、恐らく背中が見えるタイプのもの。
その大胆ながらも、綿密に計算されたようなセンスの良さに、マスキンは思わず唸る。
衣装をマジマジと観察されたバステトは恥ずかしげに腰をくねらせ、はにかみ笑いを浮かべながら指で口元を隠した。
その様子を見て、やや不躾で合った事を自覚したマスキンは、申し訳なさそうに頭を下げつつ謝罪した。
「ごめんなさい…………でも、よく似合ってますよ。ラムセス君が選んだんですか?」
「はいです…………にゃ、その、これが一番…………綺麗、だって…………」
恥じらいと、その中に見え隠れする喜びの感情を確認し、マスキンは安心感と罪悪感を抱いた。
安心感は、ラムセスとバステトの仲が良好であるという確認が取れたから。
一度の遭遇では判断がつかなかったが、今なら分かる。
この少女とラムセスはお互いに好意を抱いているのだと。
そして罪悪感を感じているのは、そんなバステトに対して少しだけ酷い事をしなくてはならないから。
ゴルドから聞いていた計画のために、その心を傷つけてしまう可能性があるからだ。
マスキンはやや気が乗らないものの、その重要性は理解できているため、計画に従うしかない。
その為にはまず、なんとかしてラムセスを抜きにバステトと話ができる状況を作らなければならない。
人の良い笑顔を浮かべつつ、マスキンはこれからどう立ち回るかを考えた。
まだ話し続けているゴルドとラムセスは、大分打ち解けたように見える。
ゴルドの話を聞いてた以上、それは演技なんかではないことは、マスキンには分かる。
しかしこの計画の結果次第では、この二人はもう二度と今のように仲良くする事は出来なくなるだろう。
ゴルドがやろうとしている事は、ラムセスとバステトを引き離す事に繋がるかもしれないのだから。
もちろん、そうならないように自分が抑え役に徹するつもりではある。
しかし、それでもマスキンは不安を抑えられなかった。
結局、全てはバステトの態度次第だからだ。
「そういえば、ゴルド君とラムセス君の服装って…………何処となく似ているよね。白い布に金の刺繍…………流行ってたりするの?」
マスキンは、特に深い意味を込めたわけではなかった。
憂鬱を紛らわせる為に、何の気なしに思った事を口にしただけだった。
しかしマスキンの予想に反して、その言葉に対する二人の反応は大きかった。
特に、ゴルドの変貌は凄かった。
「そ、そうか? 似てるか?」
その満更でも無さそうな様子を見て、マスキンは顎が外れそうなほど口を大きく開いた。
誰だお前は。
思わずそう言いそうになった自分を抑え、マスキンはラムセスに視線を向ける。
ラムセスも意外だったようで、気持ち大きめに目を開いてゴルドを見ている。
バステトも、変なものを見る目をゴルドに向けていた。
それに気がついたゴルドは、口元をやや痙攣させると、捲したてるように言葉を吐き出す。
「まぁ、あれだな! 俺様こそが金! すなわち経済の中心だからな! こうやって俺様を真似する奴が出てきてもおかしくねーだろ! なぁ、マスキン! お前もそう思うよな!」
「あ、うん…………そうだね、それは少し苦しいんじゃないかな」
「あぁ? 大人しく話合わせとけやコラ!! っていうかお前さり気なく話に混ざってきてるけどよ! さっきの事まだ許したわけじゃねぇからな!!」
「えぇ…………さっきの事って?」
「そりゃお前、あれだよ…………あの男女といる時に変な事言ったじゃねぇか! とんだ恥をかいたぜ!」
なるほど、と。
マスキンはゴルドの本心を見抜いた。
結局、なんだかんだ言って彼は友達が欲しいのだろう。
公爵家の長男という、生まれながらに将来を約束されたゴルドは、対等な関係の友人に飢えているのだ。
しかし生来の柄の悪さと、素直じゃない言動が合わさり、それも中々上手くいかない。
去年の「貴族祭」の時、一人で寂しそうにしていたゴルドの姿を、マスキンは頭の中に思い浮かべた。
周りに誰も近寄らず、話に聞いていた同い年の公爵長子も姿を表す事はなく。
かといって、プライドの高いゴルドは自分より身分の低い者へ自発的に話しかけることもなく。
そんな一人きりの「貴族祭」を過ごしていたゴルドに話しかけたのは、マスキンだけだった。
嬉しそうに背中を叩いてきたゴルドの事を、マスキンは今でも覚えている。
今こそ自信満々に行動し、粗暴な態度を取っているいるが、結局その内心は変わっていなかったのだ。
そこにマスキンは一抹の寂しさと、それを遥かに上回る喜びを見い出した。
そう、誰だって一人で生きていくことは出来ない。
この超人めいた友人にも、人並みの側面はある。
それを知れただけで、マスキンはこの出会いに感謝した。
「ゴルド君…………君は本当に素直じゃないね」
だからこそ。
これから彼のやろうとしている事に、マスキンはさらなる不安を抱かざるを得なかった。
今からでも、止められる。
マスキンはそう思い、興奮状態のゴルドに話しかけようとして。
「ご歓談の中、申し訳ありません。ラムセス様、お時間よろしいでしょうか」
訪れてしまった機会に、口を閉じた。




