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素直じゃないよね


「ーーーーここに、「貴族祭フェスタ」の開催を宣言する。我らが祖王「魔術王キング・クラフト」、並びに救世の英雄「契約王キング・パクト」の偉業を讃え、新たな一年に向けて各々覚悟を決められたし…………我らが血筋に、栄光を! 明けましておめでとう!」


『栄光を! 明けましておめでとう!』



 現国王が音頭を取り、「貴族祭フェスタ」が始まりを告げた。


 明けましておめでとう、というのは「魔術王キング・クラフト」が最初に言い始めた新年の挨拶であり、今の王国ではこの言葉が「貴族祭フェスタ」での挨拶の主流になっている。


 貴族達はそれぞれ交流のある者へ新年の挨拶を行い、お互いの近況を報告している。



 そんな喧騒の中、ゴルドとマスキンは壁際に静かに佇んでいた。


 ゴルドは相変わらず白のスーツに身を包み、胸元には黄金の薔薇を一輪差し込んでいる。

 しかし、そのスーツには全体に金の刺繍が所狭しと描かれており、この日のために用意されたものだというのが一目で理解できる。


 マスキンは新調したと思わしき、皺一つない礼装を身につけているが、その筋肉が生地を押し上げているため、パツパツに張りつめている。


 それぞれの保護者役である現当主達は、当主同士の交流を行うべく、彼らを置いて早々にその場を離れていった。


 彼らが今いる場所は貴族の子息達のために用意された、いわば子供用の社交場だ。


 普段は大人しい子供達も、今この時だけは年相応にはしゃぎ、祭典を楽しんでいる。


 無礼講という考え方の浸透しているこの場では、身分の貴賎を問わずに好きな相手と会話を楽しむ事ができる。


 しかし、ゴルドとマスキンの側には誰も近づこうとしない。


 ゴルドは公爵家の長男という身分の高い身でありながら、その言動は粗暴そのものであり、同年代の子供達からはやや恐れられている。

 そしてマスキンは明らかに周囲と比べて巨体であり、威圧感が他の追随を許さない。


 そんな二人が並んで壁際に立っている光景は、他の子供達からすればシュールそのものであり、近寄りがたい雰囲気の源泉となっているのだ。


 ゴルドは静かに目を閉じ、両腕を組んで壁に背中を預けている。

 彼が一つため息を吐くと、周囲の喧騒が一旦止まり、その息が大きく会場に響いた。


 比較的近くにいた少年達は、その不機嫌そうな様子にビクリと肩を震えさせると、そそくさとその場から離れていく。


 ゴルドとマスキンの周囲はさらに空白となり、明らかに浮いてしまっている。


 ゴルドはゆっくりと両目を開くと、マスキンへと話しかけた。


「なぁ、マスキン…………聞いてくれよ、俺は今…………凄く悲しい気分なんだ」


「うん、どうしたのゴルド君?」


 内心「また始まったね」と思いながら、マスキンはゴルドの台詞に耳を傾けた。


 ゴルドはその問いかけに対して両目をカッと開くと、劇画のような険しい表情を見せたまま、叫んだ。


「なんで誰も挨拶にこねぇんだよ!! 俺様は公爵家の長男だぞ!? もっとチヤホヤしろっつうの!! わざわざ会話を盛り上げるための話題を夜なべして仕込んできたんだぞ!? もっと構えよ! 服を褒めろよ! 思いつく限りの賛辞を並べたてろよ!! 寂しいじゃねぇかよ! あぁ!?」


「うん、そういう所から直していったほうがいいと思うよ?」


 ゴルドは周囲の反応に対して自己中心的かつ、やや年相応な本音を打ち明ける。

 普段は豪快そのものな態度を取るくせに、変な所で繊細だ。


 マスキンはその言葉に苦笑しながら、声を抑えるように諌めた。


 そんな彼らの元に、一人の人影が接近する。


「また柄の悪い言葉遣いをして…………君はもう少し、気品というものを身に付ける努力をしたほうが良いんじゃないかな? 大体その服はなんだい? キンキラキンで成金みたいじゃないか」


「あっ、フォルテさん。明けましておめでとうございます」


「マスキン少年、君は相変わらず礼儀正しいね。明けましておめでとう…………ゴルド少年も見習ったほうが良いんじゃないかな?」


 それは燕尾服を着こなした男装の少女、ゴルドと同じ公爵家の長女であるフォルテだった。


 ゴルドはフォルテの登場に目を細めると、一つ舌打ちを洩らす。


「チッ」


「あっ!? 君いまボクの顔を見て舌打ちしたね!? 態度わるいよ!」


「へーへー、すまんな。思わず反射的に罵倒が口から洩れちまうところだったんだよ…………大体、人の服装にケチつける前に自分の恰好を見直せよ…………ドレスの一つや二つくらい持ってねぇのかよ。代わり映えのしない中途半端なコスプレ見せつけやがって。一昨日きやがれってんだ」


「こ、コスプレだって!? い、言ったな!? 言ってはならない事を口にしたな!? ボクだって普通の女の子みたいな服を着たいさ! 貯めてたお小遣いを使って流行りの服を集めていたさ! でも父上が『フォルテは今年も僕とお揃いでいいよね?』って言うから…………ぼ、ボクだって好きでこんな…………こんな恰好してるわけじゃないのに…………折角のドレスが…………うぅ…………」


「チッ、泣くなよ。うざってぇ」


「もう! ゴルド君はもう少しデリカシーを学んだほうがいいよ? あぁ、フォルテさんも落ち着いてください。ゴルド君も悪気があった訳じゃ…………」


 フォルテの台詞は段々と声が小さくなっていき、その目尻には涙が浮かび上がっている。

 ゴルドはそれを見て心底不快だと顔で示した。

 そしてマスキンはそんな彼を窘めつつも、慌てた様子でフォルテを慰めている。


 マスキンが懐からハンカチを取り出し、フォルテに差し出そうとした時、ゴルドは再び口を開いた。


「おいマスキン、そいつに構うなよ。どうせまたお得意の嘘泣きだぜ、簡単に涙を見せる女を信用するなよ」


「はーー!? ボクは泣いてないんだけど!? 全然全くこれっぽっちも泣いてないんだけど? あっ、マスキン君に言った訳じゃないからね? ハンカチありがとう」


 そんな彼らのやり取りは、他の子供達には聞こえていない。

 ゴルドが最初に叫び声を上げた時から、フォルテが魔術で周囲の音を封じていたのだ。


 そんな彼女のおかげで、ゴルドの言葉に他の子供達が怯えるような事はなかった。


 そのかわり「ゴルドが年上の子女を泣かせた」という噂話が流れる事になり、結果としてゴルドは余計に腫れ物を触るような扱いを受ける事になるのだが、今の彼はその事を知らない。


「ま、お前が相手でも挨拶は大事だからな…………あ、け、ま、し、て、お、め、で、と、う!」


 嫌味ったらしいゴルドの挨拶に気圧されながらも、フォルテは挨拶を返そうとする。

 挨拶は大事だと、「魔術王キング・クラフト」の残した著書にも記されているのだ。


 しかし、精神的にやや打撃を受けている今の彼女は、その後に意図せず泣き言を口にしてしまう。


「あ、明けましておめでとう…………なんだよぉ……そんな邪険に扱う事ないじゃないかよぉ…………ボクの何がそんなに嫌なんだよぉ」


 ゴルドは表情を動かさず、フォルテへ淡々と本音を語る。


「悪いけど、なんかもう色々と無理だ。優しく接してもらいたかったら、今すぐドレスに着替えてこいや…………親の言いなりになって、恥ずかしくないのか? 少しは自分の意思というものを見せろよ…………その曖昧な笑顔が嫌なんだよ、子供のする顔じゃねぇっつうの」


 何処と無く哀愁を漂わせながらそんな事を言うゴルドに、マスキンはやや顔をニヤつかせながら口を開いた。


「ゴルド君って、本当に素直じゃないよね? ちゃんと『お前のドレス姿が見たい』って言わないと通じないよ?」


「ゴルド少年…………君は、も、もしかして…………アレなのかな? ツンデレとかいうーーーー」


「今すぐその口を閉じろ、このコスプレ女!」


 ゴルドの懐から伸びた金属がフォルテの口を物理的に塞ぐ。明らかに魔術の才能の無駄遣いだ。

 フォルテは口からそれを引き離そうとし、マスキンはゴルドを諌める。


「んー! んー!」


「ゴルドくん! そんな事に魔術を使っちゃダメだよ!」


「うっせ! 元はといえばテメェが余計な事を口にするからだろうが! ちょっとは静かにしようって思わないのか!! えぇ!?」


「あっ、『デタラメ』じゃなくて『余計な事』なんだ…………」


「はぁ!? 意味分かんねーっつうの! もう知らねぇ! 俺様は飯を食ってくる!」


「あっ、ちょっと待ってよ! フォルテさん、僕たちはこれで! また後で会いましょう!」


 ゴルドはズカズカと大袈裟かつ早足でその場を離れていく。

 マスキンは慌ててフォルテに別れの挨拶を告げると、その後を追った。


 その場に残されたフォルテは目を白黒させながら口元を触っていたが、いつの間にか言葉を封じていた金属がなくなっている事に気がつき、手を止める。


 そして首元に感じる重さに首を傾げ、下を見る。


 そこには、見事な金細工の鎖に大粒の宝石がついたネックレスが一つ。


 フォルテはそのネックレスを見て、ゴルドが去っていった方を見て、もう一度ネックレスを見ると、それを手に取りながら苦笑した。


「本当に素直じゃないなぁ」


 それはゴルドからの新年の贈り物だった。

 口を塞いだ時、どさくさに紛れて押し付けていったのだろう。


 謝罪のつもりか、あるいは純粋に好意からか。

 フォルテには判断がつかなかったが、彼女はその気持ちをありがたく受け取る事にした。


「ん? 何か書いてある…………?」


 宝石のついた台座の裏面を見ると、そこには文字が彫られていた。


『少しは女らしくしろ』


「余計なお世話だよ!」


 思わず叫んだフォルテは、周囲がやや騒がしい事に気がついた。

 注意を向けると、何やら全員揃って一方向に注目している事が分かる。


 彼女はそれが気になったのか、同様に視線をそちらへと向ける。

 そして、絶句した。


「え? …………なに、アレ?」

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