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穏やかではない公爵


「ラムセス・オリシス! わたしはあなたに決闘を申し込みます!」


 その言葉を聞いて、ラムセスは目を丸くした。


 ラムセスへ指を向け、杖を片手に高らかと宣戦布告をしたのは、黒髪を肩上で揃えた赤目の少女。

 その少女は不敵な笑みを浮かべ、得意げに佇んでいる。


 しかし、ラムセスはそれに言葉を返すことが出来ない。

 それは彼女を連れてきたホルスや、ラムセスの隣にいたバステトも同じだった。

 あまりにも突然だったため、何を言えばいいのか分からないのだ。


 赤目の少女は場の雰囲気が静まり返っていることに気がついたのか、自信満々だった顔をだんだんと不安に歪ませる。


 ラムセスに向けていた指を下げ、片手に持っていた杖を肩に掛け、両手の指を胸元の前でツンツンと合わせ、ラムセスの様子を伺っている。


 そして、目尻に涙を浮かべると、今度は恐る恐るといった様子で口を開いた。


「あ、あの…………何か喋ってもらえると…………その、嬉しいんですけど…………無視はしないでもらえると…………」


 その言葉でラムセスは再起動し、顔を引き締めて言葉を選ぶ。

 決闘となると、話が穏やかではない。


 なるべく相手を刺激しないように、まずは事情を知ろうと問いを投げかける。


「えっと…………君はいったい誰なんだい? 装いを見る限り、どこかの貴族の子供なのかな?」


「こっ、子供扱いしないでください! わたしはもう立派な魔術師なんです! 魔物討伐だってちゃんとやりました! 撤回してください!」


「あぁ、ごめん…………そういう意味で言った訳じゃないんだけど、気を悪くしたなら謝るよ」


「す、素直でよろしいです! 許してあげましょう! そして、わたしの名前をよくぞ聞いてくれました!」


 少女はその場でマントを翻した。

 黒い布地に赤の刺繍を施された、それなりに厚手のものだ。


 マントの下に隠されていた服装が、白日の元に晒される。


 それを目撃して、ラムセスは目を剥いた。

 隣にいたバステトも、そしてホルスも瞳を見開き驚愕した。


 そう、少女は肌にピッタリと張り付いた、紺色のボディスーツのような物を着ていたのだ。


 どう考えても、外出する時に着るようなものではない。


 ラムセスの脳裏に、スクール水着という単語が浮かび上がる。

 ホルスは慌ててラムセスに近寄ると、その両目を手で塞いだ。


 あまりの衝撃に思考が止まっているのか、ラムセスはなされるがままになっている。


 バステトはその変態的な組み合わせに絶句し、瞳孔が開いてしまっている。


 ある意味注目を一身に受けた赤目の少女は、杖を天に掲げて高らかに名乗り上げた。



「わたしはフランベリック公爵家の長女! ベンニーア・フランベリック! 火を司る公爵家としての名誉を掛けて、ラムセス・オリシス! あなたをわたしの炎で打ち砕いてみせます!」


 たなびいていたマントが重力に負け、再び少女の体を包み込む。


 ホルスはそれを確認してから、両手を離した。


 ラムセスは閉じていた両目を開けると、片手を額に当てて天を仰いだ。


 小さい声で呟く。


「また公爵家なのか…………」


「ふふふ、あまりの衝撃に言葉もないみたいですね! そう、わたしは王国最強と名高いフランベリックの後継者! あなたのような二属性の浮気者と違って、自分の受け継いだ属性に誇りがあるのです! いざ、いざ! わたしと勝負です!」


 この事のあらましは、数十分前へと遡る。




 ホルスは一人、貴族街を歩いていた。

 ラムセスのために用意した衣装が完成したという報せを受け、発注した店に受け取りに行っていたのだ。


 ラムセス達が王都に来てから、既に数日が経過している。


 大晦日を控え、新年に向けての盛り上がりが最高潮に達しようかという時期だ。


 この命の危機が身近に存在している世界では、こういった祭事には殆どの人々が全力で取り組む。


 それが、「契約王キング・パクト」によって争いが無くなった日であるのならば、尚更だ。


 隠しきれない興奮に包まれた王都を、ホルスは進む。


 その胸に大切な者への贈り物を抱え、ホルスは緩んだ顔で足を動かす。


 今の彼女の心の中には、一つのことに対する関心しかなかった。


 すなわちラムセスが喜び、自分を褒めてくれるかどうか。


 出会った頃に少し失敗してしまったものの、それなりの時間を同じ屋根の下で過ごした事もあり、ラムセスのホルスに対する態度はそれなりに軟化していた。


 元々家族として接した事もあるホルスからすれば、やや物足りなくも感じるが、それはそれでこれはこれ。


 実力と人格については信頼を勝ち取ることができた。


 ならば、後は不自然でない程度に好意を示していけばいい。

 家族になる事は出来なくても、身内になる事は出来るかもしれない。

 秘密を抱えて接している身としては、この上ないほどの喜びだ。


 本心から目を背けて、ホルスはそうやって自分を慰めていた。


 愛されなくてもいい、近くにいる事を許してもらえれば。


 それも彼女の本心に違いはない。


 しかし、その奥底でホルスはやはり、愛される事を願ってしまっていた。


 本当は、全てを打ち明けてしまいたかった。

 突拍子のないことでも、ラムセスならば信じてくれる。


 ホルスにはそんな確信があった。


 しかし、それでも彼女はそれを良しとしなかった。


 時渡りを行なったことで、彼女の持つ魔法の力は著しく制限を付けられてしまったから。

 自分の素性を明かすという事は、その力を更に弱め、手放すことになってしまう。


 だからこそ。


 ホルスは自分の秘密を明かす時は、全てが終わった後にしようと決めていた。


 ラムセスならば、きっと既にホルスの力がなくとも正しい道を歩む事が出来るだろう。


 両親や兄妹の愛を受け、立派に育っていったラムセスは、ホルスが知り得た嘗てのラムセスよりも、強い心を持っている。


 それが、自分のやって来た事の結果だと思えば、ホルスは喜びで卒倒してしまいそうだった。


 だから、あとは見守っていけばいい。


 影から支え、その覇業を目に焼き付け、最後の保険として力を振るう。


 それがホルスの出した結論で、彼女の覚悟だった。


 ラムセスの事を考えて歩いていたからか、彼女は少しだけ注意力が散漫になっていた。


 だからこそ、彼女はその少女と関係ができた。


 ホルスの進行方向にいたその子供と、ホルスはぶつかってしまったのだ。


「いたっ!」


「わっ、ごめんなさい…………大丈夫ですか?」


 ホルスがぶつかった少女は、地面に尻餅をついていた。

 黒いマントで全身を覆い、その隙間から手を出している。


 地面には他にも、少女の背丈ほどの杖と、そして地図らしき紙が落ちていた。


 ホルスはその少女へと手を伸ばし、立たせる。


 少女は顔を上げると、ぷんすかと音が聞こえてきそうなくらい分かりやすい膨れっ面を作り、ホルスに抗議した。


「もう、ちゃんと前を向いて歩かないと危ないじゃないですか! わたしは全然痛くなかったけど、怪我をしたらどうするんです!」


「ごめんなさい…………少し考え事をしていて……」


「もう! ダメじゃないですか! …………でも、しっかり謝ったから許してあげます! ベニーは許せる子、偉い子なのです!」


「あら、ありがとうございます」


 少女はその場で胸を張り、上目遣いでホルスを見下ろした。


 その微笑ましさに、ホルスも自然と笑顔が浮かび上がる。


 だからこそ、彼女の次の言葉を聞いた時、ホルスは一瞬で能面のような顔へとその表情を変えた。



「ところで、あなたはこの辺りの地理に詳しいですか? オリシス家の別荘の場所を知っていませんか? 確かにこの辺りにあるはずなのですが……地図を見てもよくわからな……ひぃっ!?」


「あら、そんなに怯えてどうかしましたか?」


「あれ? 今確かに…………あれ?」


 ホルスは冷たい視線を隠し、外向けの笑顔を取り繕った。


 少女はホルスのゴミを見るような視線に一度怯えを見せたが、その変貌ぶりに自分の目を疑い、首を傾げている。


 ホルスはその様子を見ながら、ここで一度この少女を殺して中身を確認しておくべきか悩んだ。

 ホルスの持つ「時空魔法」は、それ単体ではとてもじゃないが強い力を発揮する事はできない。

 過去に飛ぶなんて以ての外だ。


 そして、この力は使えば使うほどその効力を弱め、影響力を無くしていく。


 フォルテは前情報から可能性が高いとみたが、それもハズレであり、必要なことだったとはいえ、すでに一度魔法を使ってしまった。


 魔人でなかった場合、ここで一回切るのは勿体無い。


 そう判断した彼女は、とりあえず様子を見ることにした。


「私は今はオリシス家に雇われている、冒険者のホルスといいます。よろしければ、用件を聞いても?」


「んー? まぁ、いいでしょう! わたしはフランベリック公爵家のベンニーア・フランベリックといいます! オリシス家のラムセス・オリシスが王都に来ていると聞いたので、“挨拶”をしに来ました! わたしをエスコートする事を許します! お願いですから、案内してください!」


 上からなのか、下からなのか。

 いまいち目線の分からないその主張に、ホルスは一瞬だけ思考を回した。


 そして、悪いことでもないと判断する。


 貴族同士の挨拶など、よくある事だ。

 この国の貴族は交流の機会が限られているため、こういった祭事の前にフットワークの軽い訪問などを行う事が多い。


 将来共に歩んでいく子供などは、特にそういった機会を大事にする。


 とはいえ、それはあくまで前もっての通知を行なった上で、双方の予定を擦り合わせてから、失礼のないように当主が同行するのが常。


 こうやって従者も連れずにいる時点で、この少女が独断で来ている事は自明。


 もしここで断り、この少女に何かあった場合は事だ。


 念のため秘匿しながら魔術を発動し、周囲の人影を探る。


 まだ朝早いという事もあり、人通りは無いに等しく、護衛の姿も見当たらない。


 いくら安全な王都内の貴族街とはいえ、これは無警戒にすぎる。


 ホルスはため息を吐くと、それを了承した。


 ベンニーアと名乗った少女は目を輝かせ、その場でピョンピョンと跳ねる。


「よかったー! 道に迷った時はどうなる事かと思いましたが、これもわたしの日頃の行いがいい事の証明ですね! 感謝します!」


 ホルスはベンニーアに片手を差し出す。


 ベンニーアは一瞬キョトンとした顔になったが、その意図を理解すると笑顔を浮かべ、手を取った。




 そして、冒頭の出来事へと繋がる。


 ラムセスは悩んでいた。


 名誉を掛けた決闘となると、断るだけでも印象を悪くしてしまうだろう。


 特に、この国では貴族同士の決闘を推奨している。


 それは、お互いの蟠りを健全な形で解決する事により、その関係性を悪化させる事を防ぐため。


 ラムセスは悩んで、その上で結論を出した。


「とりあえず、上がっていきませんか? お茶と菓子くらいは出しますよ」


 そう、話を引き延ばすという結論を。


 少女はラムセスの言葉に対して、一度だけ鼻を鳴らした。


 そんな物で釣られ、誤魔化されるなんてありえない。


 ラムセスはそう言われているように感じた。


「殊勝な事です! いいでしょう、ご馳走になります! あと、これはわたしの領地の特産品です! 挨拶がわりにどうぞ!」


 思いっきり釣られていた。

 あの格好のどこに隠していたのか、菓子折りまで差し出す有様だ。


 ラムセスは悟った。


 この少女もまた、面倒な性格をしているのだと。

 今回のファラオ'sキーワード。


 「魔術師の杖」


 魔術を使用する際に精神的、もしくは物理的にその助けとなる物体の事。

 火属性なら火種、水属性なら液体、風属性なら扇、土属性なら金属などがこれに相当する。

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