観戦者たち
「おい、マスキン。お前はこの決闘、どう思うよ」
「うーん、正直なところ…………ベンニーアちゃんに勝ち目は無いんじゃないかなぁ」
「だよなぁ、俺様もそう思うぜ」
貴族街と王城の狭間に位置する円型闘技場、「クライレンツ・コロッセオ」。
ゴルドとマスキンはその観客席に腰掛け、様々な菓子軽食をつつきながら話をしていた。
公爵家跡取りであるラムセス・オリシスとベンニーア・フランベリックの決闘が行われるという情報が届いたのは、昨日のこと。
なんでも、ベンニーアがラムセスに対して一方的に宣戦布告を行なったらしく、それをラムセスが受ける形で決まった事だと二人は聞いている。
建設当時は貴族全員を収容できると謳っていたこの競技場も、国が栄えた今となっては少々手狭だ。
しかし、今観客席に訪れているのはゴルドやマスキンといった子供の貴族が数人のみであり、空間には十分な余裕がある。
ゴルドとマスキンが決闘騒ぎを見学しに来たのは、単にベンニーアによって招待されたからだ。
同い年という事もあり、去年の「貴族祭」で交流を得た彼らは、一般的にいう友人関係にある。
しかし、ゴルドとマスキンはそんな友人であるベンニーアの進退に対して、やや辛口な評価を下していた。
単純に相性が悪いのだ。
魔術師というものは、それぞれが「同属魔術障壁」と呼ばれる防御能力を有している。
それは「友軍誤射」を防ぎ、同時に自らの魔術で自滅することを避ける効果がある。
自分の炎に焼かれる火属性魔術師がいるだろうか。
答えは否。
魔術師が体に同属性の魔術を受けると、その部分から魔術を魔素へと変える逆変換が始まり、結果的に被害を受ける事はなくなる。
これは防衛本能による自動的な効果であり、これを利用した戦術も多く練られている。
その限界にこそ個人差があるが、魔術師は全員この安全機能を身につけているのだ。
ラムセスは水属性の名家でありながら、火属性の才能を有している。
それに対して、ベンニーアは純粋に火属性のみの血統魔術師だ。
それはつまり、ラムセスはベンニーアの魔術を自動で防ぐことができるが、ベンニーアはラムセスの水属性魔術を自力でなんとかするしかないということ。
大前提として、この決闘はフェアではないのだ。
もちろん、ベンニーアはそれを理解した上で決闘を挑んだのだろう。
家の事情があるとはいえ、中々に無謀な事をしたものだと、ゴルドは感心と呆れを含んだため息を吐き出した。
ベンニーアがラムセスに勝利するためには、ラムセスの許容範囲を超えた魔術を直接ぶつけるしかない。
ある意味、戦う前から勝負は決まっているのだ。
魔術とは、残酷なまでに才能がものをいう技術だ。
素質という点で見れば、ベンニーアも負けてはいない。
なにせ、王国に四つしかない公爵家の人間なのだ。
他の凡百と比べるまでもなく、才能はあるのだろう。
しかし、相手はラムセス・オリシス。
王国の長い歴史を振り返っても希少な二属性使いであり、親の贔屓目こそ含まれているとはいえ、公爵家当主であるレムリット・オリシスに「自分を越えている」と言わせた王国の期待の少年。
いうなれば、若手貴族のエースとも言えるだろう。
仮に使用する属性が違うのであれば、ベンニーアにも勝ち目は十二分にあった。
他属性同士の戦いは、その経験や知識や判断力がものをいう。
しかし「同属魔術障壁」がある以上、同属性同士では才能こそが全てであり、絶対的な優劣を決める。
形式上、この競技場で起こった事は口外禁止であり、その結果は誰の口からも外部に漏れる事はない。
それは決闘の結果によって、その後の生活に不自由が生じる事を防ぐために定められた規則。
この決闘の結果は、決闘を行う当人達の縁者数名と、当人によって招かれた少数の観戦者、国から派遣された決闘責任者(審判)などの役人達、そして国の総責任者である王族のみが知る事となる。
勝敗を用いて政治的な交渉を封じるため、この競技場内で起きた出来事は他言が認められないのだ。
これは、諍いを解決するための決闘で新たな不和を作る事を良しとしなかった「魔術王」が決めた規則であり、何人たりとも破る事は許されない。
だから、少なくともベンニーアの名誉は守られる事だろう。
敗者としての、名誉は。
「やぁ。ここ、座っていいかな?」
「げっ、男女じゃねぇか。急に出てくるのやめろよ、俺様の飯が不味くなるだろ」
魔術で気配を消していたのか、フォルテが突然ゴルドの隣へ現れる。
それを見たゴルドは顔をしかめ、毒を吐いた。
爽やかな笑顔を見せていたフォルテは、その言葉で顳顬に血管を浮かべ、口元をヒクヒクと痙攣させる。
そして、震える声を隠しながら、ゴルドを諌めようを口を開いた。
「あはは、相変わらず口が悪いね。それ、早く治した方がいいよ? 沈黙は金という言葉を知らないのかな?」
「はっ! 違うね! 俺様こそが金、俺様の言葉は全てが金言なんだよ。分かったらどっかに消えな」
「このっ…………口の減らない奴だな君は、そんなんじゃ女の子にモテないよ?」
「うっせ、お前だってまだ恋愛すらした事ないくせに。知ってるんだぜ? 女子に人気があるせいで男は近寄ってすら来ないんだろ?」
「はーーー!? それを言ったら決闘するしかないだろ! ちょうどいい! ラムセス少年達が終わったら雌雄を決しようじゃないか!」
「じゃあお前はさっさと男なのか女なのかハッキリしろよ。見ててムカつくんだよ」
「まぁまぁ二人とも、沢山の先祖が見守っているこの王都で喧嘩はやめなよ」
ゴルドとフォルテはとある事情があり、お互いの印象があまり良くない。
といっても、それは殴り合いに発展するようなものではなく、精々言葉で言い負かしてやりたいと思う程度のものだ。
わざわざフォルテがゴルドに接触し、我の強いゴルドが邪険に扱いながらも相手を排除しようとしない所からも、それは伺える。
マスキンはそれを理解しているため、なるべく刺激しないように二人を引き離す。
一人だけ突出して成長した肉体を持ち、その性格が穏和であるマスキンは、こういう時に仲裁側にまわることが多い。
所詮、苦労人気質というやつである。
二人は子供らしく顔を膨らませながら、渋々マスキンの言うことをきく。
「ま、あれだろ…………どんなやり取りがあったかは知らねぇが、決闘騒ぎなんて一年に何回かは起きる事だしな。そこまで大事になる事はないだろ」
「一応……ベンニーアちゃんもラムセスくんの魔術に冷静に対応して持久戦に持ち込めば、チャンスが見えてくる可能性もある…………と、思わなくもないけど」
「いやぁ、無理だろ。そもそも冷静ならこんな決闘騒ぎなんて起こさねぇよ。きっと…………それでも譲れない何かがあったから、ここにいるんだろ。俺様はそれを見に来たんだ、無様なままで終わらなければ、あとはなんでもいいね」
「君ね…………もう少し友達を信じて応援しようって気持ちはないの?」
ゴルドの散々な言いように、同じくベンニーアの招待で訪れていたフォルテは口を挟んだ。
同じ公爵位の長女である事から、フォルテとベンニーアはそれなりに仲がいい。
例えゴルドの言う通りだとしても、一言物申さずにはいられなかった。
「信じてるぜ? アイツはアイツで面白い奴だ。自分の持てる全力で親の期待に応えようとしているところなんて、好感が持てるぜ? まぁ、その親の期待そのものがアイツの幻想なんだから、残酷だよな。魔術師でも女だ、そりゃ戦うことより家庭に入ることを望まれるわな」
ゴルドは頭が良くないと自称しているが、それは正しくない。
容姿や口調などからは想像できないほどに頭が回り、物事の本質を見抜く鋭い感性を持っている。
しかし、余計な事を考えるよりも金と暴力で解決する事を好んでいるため、本人は自分を「馬鹿な奴」だと言っているのだ。
フォルテもゴルドの言葉に対して、反論しない。
ゴルドのこういう子供らしくないところが、フォルテは苦手だった。
「おっ、始まるみたいだな。選手……入……場……………………は?」
「えっ?」
「えぇっ!?」
ゴルド、マスキン、フォルテの三人は、目を疑った。
今までの会話で作り上げたセンチメンタルな雰囲気を、全て投げ捨てるほどの衝撃が、彼らを襲っていた。
全員が言葉を失い、口を開けて呆然としている。
それは、目の前にある光景が彼らの予想を裏切っていたから。
「いやいや、流石に見間違いだろ…………はっ? 瞬きしても戻らねぇな。おいマスキン、俺様の頬を引っ張れ!」
「はい、ゴルドくん」
「いってえええええ! 離せやこの馬鹿野郎が! 程度ってものを理解しろよ!」
「あぁ…………ごめん、ちょっとビックリしちゃって…………」
ゴルドとマスキンが漫才をしている視線の先では、ベンニーアがラムセスに対してなにやら騒いでいた。
さもありなん。
それも仕方がないだろう。
その場の全員の気持ちを代弁するかのように、フォルテが言葉を絞り出した。
「えっ…………? なんで半裸なの?」
そう、ラムセスは半裸で決闘に望んでいたのだ。




