表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/87

旅立ちの夜に


「またか…………」


 寝る前に翌日の準備を確認し、身を清め、いざ就寝しようとしたラムセスは、自分の部屋のベッドの上が膨らんでいるのを確認すると、そう呟いた。


 それが聞こえたのか、ベッドの中にいる誰かはビクッと反応を示す。


 ラムセスは少しずつベッドに近づくと、一思いに掛け布を引っ張る。滑らかな肌触りの、上等な布だ。


 ラムセスの想像した通り、そこには双子の兄妹であるアトムとアンナが忍び込んでいた。


 前にも同じ事があったが、その時とは明らかに違う点が一つある。


 それは、アトムもアンナも目が覚めているという事。


 双子とラムセスの瞳が、交差する。


 双子は、相貌こそラムセスと似通っているが、ラムセスよりも数段幼い顔つきをしてる。


 双子同士はよく似ている。


 身長、体重は勿論のこと、声や癖、そして魔術の実力までそっくりだ。


 服装と髪の長さを入れ替えたら、肉親でさえ入れ替わっている事に気がつけないかもしれない。


 そんな双子はどういう訳か、自分達の兄に対して、異常なまでの好意を抱いている。


 常識や恥じらいを覚えた今こそ、やたらめったらくっつく事はないが、ラムセスが幼児だった頃など、兄が近くにいないと泣き出し、近くにいれば一時も離れない程だった。


 そんな双子は今、在りし日のようにラムセスの寝床に忍び込み、彼に懇願するような瞳を向けている。


 最初は暗くてよく見えなかったが、その目尻には薄らと涙が浮かんでいる。


 ラムセスの呟きを耳にして、嫌われるとでも思ったのだろうか。


 それを確認したラムセスは、小さく溜息を吐き出した。


 双子が目を閉じ、体を震えさせる。


 叱られると勘違いしている双子の頭を撫で、それに反応した二人が両目を開けてから、ラムセスは自らもベッドの中へと入り込んだ。


 アトムを一旦抱きかかえ、自分の通る空間を作り出し、ベッドの真ん中へと進む。


 そして中央に辿り着くと、アトムをベッドの上へと解放する。


 アトムは恥ずかしさからか、嬉しさからか、頬を上気させ顔を赤らめている。


 ラムセスが布団へ身を横たえると、その左腕へアンナが、右腕へアトムが腕を絡め、両側からラムセスを捕獲する。


 ラムセスは懐かしさから、少し感傷的な気分になった。


 ラムセスと双子の部屋が別れたのは意外にも、双子達自身がそうするように言いだしたのが原因だった。



 だいたい、一年ほど前の出来事だ。


 双子は貴族としての教育を受け始め、自分達の振る舞いを恥じるようになった。


 いくら家族であるとはいえ、あまりにも度が過ぎている。


 教育係やレムリットにそう窘められ、その意味を理解したから。


 そして、自分達と兄の間にある歴然とした“差”を感じ取ったからだ。


 その時から、双子は少しでも早く兄に追いつくために、あらゆる事に取り組むようになった。


 苦手だった勉強も、礼儀やマナーも、魔術の訓練も。


 全ては兄に追いつくため。


 そして一人の貴族として、兄に認められたいがために。


 そう考えた双子は、ラムセスから少しだけ距離を取ろうと、寝床を分ける事を言いだしたのだ。


 そして当然、ラムセスはその双子の心情を、一から十まで理解していた。


 ラムセスが初めて、この世界について学んだ時。


 先達として存在していた、数々の英雄達の偉業を知った時。


 この人達に追いつこう、追い越そう。


 そう決意したラムセスの顔と、同じ顔をしていたのだ。


 ラムセスはその事に、少しむず痒い感情を抱きながらも、双子の成長を喜んだ。


 双子達同様、少しの寂しさを覚えながら。


 そんな双子達だったが、結局兄離れをする事は出来なかった。


 前のようにべったりと甘える事は無くなったものの、代わりに遠くからラムセスを眺めている事が増えたのだ。


 しかし、自分達から言いだした事だったからこそ、感情に素直になって兄に近づくことは出来ない。


 甘えたくても、甘えられない。


 そんな事を繰り返し、双子は少しずつ、ラムセスに物理的に接触する事を、恥ずかしがるようになった。



 そんな双子が、その羞恥心を抑えて、ラムセスの元を訪れる事が、時々ある。


 それは、魔術がうまく出来なかった時や、勉強が進まなかった時。


 レムリットに叱られた時や、母であるイシズの容体が悪くなった時。


 そして、兄を遠くに感じてしまった時。


 双子は、誰にも言ったことはないが、自分達の存在を希薄に感じてしまう事がある。


 兄や、その周りの人達はいつも命の輝きを放ち、今を懸命に生きている。


 じゃあ、自分達は。


 そう考えた時、二人揃って謎の悪寒に襲われるのだ。


 まるで、自分という存在がこの世から無くなってしまうかのような。


 兄という輝きの影で、自分達が生きていた証が消えてしまうかのような。


 理屈じゃ説明できない、虚無感や孤独感が、二人の中には存在している。


 双子が兄へ極端な好意を抱いているのも、その感覚を紛らわせるためなのかもしれない。


 双子達は、そう自覚している。



「今日は、どうしたの?」


 だからこそ。


 こうして自分達を気にかけ、そして受け入れてくれる兄のことが、二人は世界で一番好きなのだ。


 ラムセスは魔術で灯篭に灯りをつけ、双子へ話しかける。


 自分達の尊敬している兄の笑顔を見ながら、二人は口を開く。


「兄様、明日屋敷を出て行っちゃうんでしょ?」

「兄様、早く帰ってきてね」


「なんだ、もしかして寂しかったの? そんなに心配しなくても、僕はちゃんと帰ってくるよ」


「寂しいの」

「悲しいの」


 双子は自分達の体を押しつけるように、力を込めてラムセスの腕へ抱きつく。


 ラムセスはそんな双子を見て少し考えると、抱きつく二人の腕を優しく解いた。


 表情に疑問を浮かべる双子の額へ、それぞれ一回ずつ唇を落とす。


 何が起きたのか理解できていない双子の、その唖然とした顔を見て、少しだけ笑いをこぼしてから、ラムセスは二人を力一杯抱きしめた。


 双子は最初こそ体を硬ばらせていたが、やがて力を抜くと、恐る恐るといった動作で、兄を抱き返した。


 双子はそれぞれ顔をラムセスの体に埋め、スリスリと押し付けている。


 ラムセスはそれに愛おしさを感じながら、できる限り優しい声で、安心させるために語りだす。


「大丈夫……オリシス家は王都から最も近い領地の貴族。道中に万が一はあり得ないし、何かあっても護衛がいる。僕自身、自分でいうのもなんだけど……優秀な魔術師だ。王都は結界で守られているから危険はないし……まさか、貴族が集まっている中で攻めてくる相手もいないだろうし、ね? 必ず、無事に帰ってくるよ、約束する」


「うん、早く帰ってきてね」

「毎日待ってるからね」


「「貴族祭フェスタ」が終わったら、すぐにでも戻ってくるよ」


 それから暫く、沈黙が続いた。


 しかしそれは、穏やかで優しい静寂だ。


 誰も傷つく事はない、何も悲しむ必要はない。


 双子をあやすように、ラムセスは両手でそれぞれの背中を撫でる。


 呼吸が安定してきた双子に、「これは寝たかな?」と思ったラムセスは、魔術を切り、灯りを消した。


 その時、双子が揃ってラムセスの事を呼んだ。


「にいさま」

「にいさま」


「ん? どうしたの?」


「もっとギュってして、アトムよりも」

「もっと愛して、アンナよりも」


 こんな時でも競い始めた双子に可笑しさを感じて、ラムセスは吹き出す。


 そして、その「おねがい」を叶えるため、二人を平等に抱きしめる。


 そうして、兄弟の夜は過ぎていく。


 優しく、そして暖かく。



 やがて彼らの意識は、夢の中へと旅立っていった。

 今回のファラオ'sキーワード


 「双子を抱く女ケルベロス


 一人の女がいた。

 強く、気高く、美しく。

 慈悲に溢れ、勇敢で。


 だからこそ。


 その命尽きる時、お腹の中の彼らを世界に残して行けない事だけが、未練だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ