ファラオの身だしなみ
「うーん、なんか違うなぁ」
ラムセスは鏡の前で一人、唸っていた。
原因は、その服装にある。
ラムセスは今、「貴族祭」に向けて、自分を最も引き立てる装いとはなにか、それを研究していた。
「貴族祭」には、ドレスコードがない。
勿論王族と謁見する時は、それなりの服を用意する事になる。
しかし、それ以外ではどんな衣服を着用していてもいいのだ。
なんでも、「貴族祭」を開く事を定めた「魔術王」曰く。
『新年を迎える時でさえ、堅苦しい礼服を着たくない』
との事で。
その一存により、「貴族祭」では各々の好きな格好で過ごす事になった。
しかし、これが逆に貴族達の魂に火をつける事になる。
貴族達は、自分達の服装に対するセンスが問われていると、そう受け取ったのだ。
以来、彼等は服飾への探究心に目覚め、それは平民達にも伝播し、やがて衣装文化の発展へと繋がった。
「貴族祭」はある意味、その衣装披露の場でもあるのだ。
貴族達がそれぞれ、その時代によっての流行りや色の組み合わせを追求し、その評価を競う。
勿論、それによって毎年多額の金銭が動き、それは国の経済を回している。
ラムセスは、そんな「貴族祭」へ初参加する身だ。
生半可な装いは、プライドが許さなかった。
だからこそ、新年まで半月を切り、王都へ向かう事になる直前まで、こうして衣装に悩んでいる。
屋敷を発つのは、明日。
手持ちの衣装や装飾品を組み合わせ、それなりの演出をする事はできる。
しかしこれはラムセスが社交場に出る、初めての機会。
それなりでは、満足することが出来ない。
ラムセスは悩んでいた。
簡単だがそれ故に奥深く、答えの出ない問いを、追い続けていた。
そう。
『どうすれば上半身が裸でも、他の者の追随を許さぬ装いをする事が出来るのか』
それだけを、追い求めているのだ。
鏡に映る魅惑の腹筋を片手で撫で、もう片方の手で顎を撫でる。
目を閉じ、鏡の前に立ち続けるその様は、まさに裸族。
レムリットは何も言わない。
既に、口で言ってどうにかなる問題ではないと、諦めたのだ。
投げやりになったとも言う。
ラムセスは既に、悩みに悩んだ結果。
『寧ろこの際何も身につけず、この肉体美を披露した方がいいのではないか?』
という結論へと、思考が傾き始めていた。
ラムセスが自称するだけあり、その魅惑の腹筋は他の者を魅了してやまない。
主に、双子、奴隷、孤児、使用人などがその被害者だ。
だからこそ、誰もラムセスを止める事ができない。
扉の隙間からラムセスの部屋を覗き込んでいる四人は、その真剣さに引き寄せられ、彼へ声援を送っている。
「兄様、がんばって!」
「兄様の美しさは、僕たちが知っているよ!」
「にゃぁ…………」
「お、俺は……俺は…………」
まともな神経の者がいれば、彼等を見て思う事だろう。
『いや、ダメだろ』、と。
ラムセスが集中し、周りへの注意が疎かになっているのをいい事に、四人は鏡越しにラムセスの腹筋をガン見していた。
ラムセスには、不思議な包容力がある。
あの腹筋に抱きしめられると、深く物事を考えられなくなってしまうのだ。
ここにいる四人は、身を以てそれを理解している。
だからなんだ、という話なのだが。
ラムセスの上半身を見て盛り上がる四人の後ろに、一人の女性が近づく。
「みなさん、覗き見は結構ですが、私はファラオに用事があるので、そこを退いていただけませんか?」
ラムセスの魔物討伐以来屋敷に滞在し、今回の「貴族祭」にも同行する事になった、ホルスだ。
「あっ、ホルスだ」
「兄様に色目使ったりしないでしょうね」
双子はホルスに対しては、特に対抗心を抱いているという事はない。
「ホルスさん、こんにちわ」
ハルは冒険者としての先輩という事もあり、ホルスへ敬意を持って接している。
「にゃぁ…………」
バステトはハルの背中に隠れ、警戒心を持った瞳でホルスの事を見つめていた。
最初に出会った時の出来事もあり、バステトは今もなお、彼女に対して苦手意識を持っている。
それは、無意識のうちにホルスから何かを感じ取っているから。
しかし、バステトにはそれがなんなのか分からない。
ただ、心を許せないのだ。
ラムセスがホルスを信じきれていないように、バステトも彼女を信用できていない。
バステト自身、その事を不思議に思っていたが、どうしても態度を直すことが出来ないのだ。
そんなバステトへ、ホルスはいつも柔らかな眼差しを向けている。
バステトは、その内心を読み取る事が出来ない。
だからこそ、より警戒心が強くなってしまうのだ。
この、元々他人であった筈なのに、妙に距離が近く感じる獣人を、バステトは理解できないでいた。
ホルスはバステトの態度に言及する事はなく、視線をバステトから逸らすと、ラムセスの部屋の扉をノックした。
中から、ラムセスの声が返ってくる。
「誰ですか」
「ホルスです、ファラオ。少しお時間よろしいでしょうか」
「いいよ、入って」
ラムセスの許しが出た時、ホルスは扉の前の四人に謎のしたり顔を見せてから、彼の部屋の中へと入っていった。
それを見た四人は、少しの間体を硬ばらせる。
そしてまず、双子が再起動し、愚痴を漏らした。
「なに今の、感じ悪いわね」
「兄様に嫌われればいいのに」
ハルとバステトは疑問の表情を浮かべ、お互いの顔を見合わせて、それを口に出す。
「ホルスさん、どうしたんだろ」
「どうしたんでしょう、にゃ?」
そんな四人の耳へ、部屋の中からラムセスの絶叫が届いた。
「これだ! ホルス、でかした!! これはまさに僕の理想の衣装だよ!! イメージにピッタリだ!!」
その声を聞いた四人が中を覗くと、ホルスが用紙を何枚かラムセスに手渡しし、絵のようなものを見せている。
ラムセスの賛辞に対し、ホルスは一言。
「光栄です」
と口にした。
そして、四人が見守る中、ホルスはラムセスから何かを囁かれると、その場で一礼し、扉の方へと近づいてくる。
四人が慌てて扉から離れると、丁度中からホルスが部屋の外へと退出してきた。
そして、固まっている四人を一人ずつ眺めてから、最後に一度。
「ふふんっ」
とドヤ顔を浮かべた。
「「「「なっ」」」」
四人は揃って、敗北感を植え付けられた。
そう、ホルスは四人がラムセスを眺めている間に、ラムセスが気にいる衣装のデザインを終え、そしてラムセスから直々に感謝の言葉を告げられたのだ。
この場の勝者と敗者が、ハッキリした瞬間である。
ホルスは四人から視線を外すと、鼻唄を歌ってスキップしながら、その場から離れていく。
四人は暫くその場で打ちひしがれていたが、やがて全員同時に正気を取り戻し、吼えた。
「なに今の! なに今の! アトム、見たわね!? 見たわよね!! ちょっと褒められたからって調子にのっちゃって! 羨ましいわ!!」
「見たよアンナ! あの性根の腐っていそうなムカつくドヤ顔! 兄様から褒めてもらったからって……う、羨ましくなんかないからね!!」
「うぅ……なんか胸が痛い。なんなんだよぉ……」
「フシャーーッ!!!!」
そして四人は、大声を上げたことでラムセスに存在を悟られ、覗き見という品のない行為をしていた事を叱られる事になる。
その時四人は決めた、いつか絶対にホルスを見返してやると。
ラムセス達が王都を目指すまで、あと一日。
今回のファラオ'sキーワード
「水属性魔術」
「分子や細胞に働きかける力」を持つ属性。
水分を操るのは勿論のこと、細胞の活性化や、悪性細胞の摘出を行うことができる。
水属性魔術師はその特性上、王都に近い場所に領地を貰うことが多い。
優秀な水属性魔術師は、つまるところ優秀な医者なのだ。




