始まりの兆し
「お前達、少し手を止めてくれ」
ある日の朝食の最中、レムリットの声が響き渡る。
その場にいたアトム、アンナ、そしてラムセスは食事を進める手を止め、レムリットの方へ顔を向ける。
この時点で、レムリットから大切な話があるのだと、全員が悟っていた。
一言一句聞き逃さないよう、レムリットの次の言葉を注目している。
レムリットは三つの視線に一つ頷いてから、一つの話題について口にした。
「今年も、もうすぐ終わる。各々よく励み、貴族としての意識を守ってくれた。まずはそれを褒めるとしよう」
「勿体無いお言葉です」
「ですわ」
「です」
ラムセスがいち早く反応し、それを追うように双子がほぼ同時に言葉を返す。
その様子にレムリットは満足そうに頷くと、本題を切り出した。
「すまないが、今年の貴族祭にはラムセスだけに行ってもらう事にした。イシズの体調が好調しない以上、此処を私が離れるわけにはいかない。A級冒険者であるホリィに代理と護衛、そして王族への言伝を頼んである。ラムセス、頼んだぞ」
レムリットはラムセスの目を見ながらそう言った。
ラムセスは神妙な面持ちで頷くと、一呼吸置いてから口を開く。
「はい、分かりました…………それにしても、貴族祭ですか。アレからもう一年が過ぎようとしているのですね。時間が過ぎるのは、早いものです」
「お前は毎日魔術漬けの生活ばかりしているからな…………それに、まだ若い。幼いと言っても良いだろう。さぞ、鮮烈な毎日を過ごしているだろうな」
「はい、やる事も…………やらなければならない事も、まだまだ沢山あるのですから」
「羨ましいことだ」
二人で会話を進めるレムリットとラムセスへ、双子が抗議を開始する。
「お父様! 兄様が行くのなら、私達も一緒に行きたいですわ!」
「僕も! 僕もついて行きたいです!」
自分よりも長男に懐いている双子に対し、レムリットは苦笑いを浮かべながら、やんわりとその主張へ否を突きつける。
「貴族祭は通例で、一家から当主と後継が一人ずつ参加を許されている。配偶者や付き人の有無は自由だが、子息は必ず一人までだ。その事も、理由も、ちゃんと教えているだろう?」
「ですが…………」
「でも…………」
情けない声を出しながら、双子はラムセスへ助けを求める視線を投げかける。
ラムセスは二人の潤んだ瞳に一瞬だけ絆されそうになるが、しっかりと意思を保つと、一度だけ咳払いをしてから、二人を説き伏せようとする。
「僕がこの屋敷を離れたら、此処が手薄になってしまうかもしれません。その間、二人には僕の代わりに、屋敷とみんなを守っていてもらいたいのです。兄からのお願い、聞いてくれますか? ちゃんと、お土産も買ってきますから」
変化は劇的だった。
双子は我先にと立ち上がり、ラムセスに自分を見てもらおうと手を挙げながらアピールをかける。
「分かりましたわ! 私は兄様のお願いをちゃんと聞ける子ですもの、アトムと違って!」
「分かったよ。僕は兄様のために頑張れる子だからね、アンナと違って」
「なんですって!」
「なんだよ!」
今にもお互いに掴み掛かりそうな双子を、ラムセスが諌める。
「二人とも、喧嘩はやめてくださいね」
「「…………はい、兄様」」
「二人共、なんでラムセスの時だけそんなに聞き分けいいの?」
レムリットは自分の当主としての言葉より、ラムセスの兄としてのお願いに賛同する双子を見ながら、ため息をついた。
「まぁ…………何はともあれ、任せたぞ。去年は色々あってまともに参加できなかったが、今年は他の貴族の子息達と交流を持ち、王国の将来に貢献できるよう、上手く関係を繋いでこい」
「はい、任せてください」
「兄様、兄様! アンナは、お土産は兄様とお揃いの指輪がいいですわ!」
「兄様、アトムは兄様が無事に帰ってきてくれれば……そ、それで十分ですから」
「あっ、アトム! なにいい子ぶって兄様にアピールしてるのよ! ずるいわ! あざといわ!」
「ふふん、僕は兄様の事を一番に想っているからね、アンナと違って」
「なによ!」
「なんだよ!」
また争い始めた双子に、ラムセスは苦笑いを浮かべ、レムリットは諦観の表情を見せる。
双子は、普段は仲がいいのだ。
しかし、ラムセスの事となると、こうして争いを始めてしまう時がある。
ラムセスは慕われている事を嬉しく思いながらも、それが原因で喧嘩をしてしまう二人に対して、複雑な感情を抱いていた。
これ以上は見ていられないので、再び仲裁に入る。
「あの、二人共……もうちょっとお淑やかにというか」
「本当に大丈夫なのか、この家は」
双子の喧騒を背後に、その時間は過ぎていった。
「貴族祭…………ですか、にゃ」
「うん、バステトにも付いてきてもらおうと思ってね。それで、よく考えたらそういう用途の服をまだ与えてなかったなって気がついたんだ。一足先に王都に向かって、貴族祭の前に仕立ててもらおう」
「あの、それは嬉しいです…………けど、その、貴族祭ってなんですか、にゃ?」
「あれ、教えてなかったっけ」
「はいです、にゃ」
ラムセスは自分のうっかりを認め、バステトに分かりやすく説明を始めた。
「貴族祭」
または、「新年祭」。
それは、魔物討伐に一年のほとんどを費やす王国貴族達の、数少ない社交の場。
この世界では、魔物という存在のせいで、長距離を移動することはそれなりにリスクを持つ行為となる。
貴族とは、国の戦力そのものであり、象徴でもある。
もし、政治闘争に明け暮れていたならば、魔物に対しての防衛が極めて困難になる。
そして、貴族が一箇所に集まっている時に攻め込まれると、万が一ではあるが、国の経営そのものが大ダメージを受けてしまう。
それを未然に防ぐために、貴族は国土全域に散らして配置されており、一年のほとんどをそこで過ごす事になっている。
しかし、連絡手段も発展しているとはいえ、それでは貴族同士の交流が疎かになり、結束力にも問題が起きてしまう。
その為に、国はいくつかの機会を設け、貴族が一同に集結するタイミングを意図的に作り出した。
「それが、貴族祭。新年を迎える時に全ての貴族の当主と子息が集まり、大規模な催しでお互いの繋がりを強め、近況を報告する社交パーティーさ」
「なるほど、ラムセス様は参加した事があるんですか、にゃ?」
「いや…………去年は一応参加する事になっていたんだけどトラブルが起きてね。結局、貴族祭が終わった後に王都に到着して、王族に挨拶だけして帰ってきたんだ。だから…………これでも結構緊張しているんだよ」
「ほえぇ……そんな事情があったんですか、にゃ」
また、跡取りを全員連れて万が一があってはいけない為、参加する子息は最低でも七歳以上で、一人までという決まりがある。
連れて行ける跡取りがいない場合は、当主のみが参加する事になっている。
そしてオリシス家では、その当主であるレムリットは、今回不参加という事になる。
実質初めての貴族祭であるラムセスは、流石に緊張を隠せなかった。
だからこそ、こうしてバステトを伴って王都へ行こうとしているのだ。
「バステトにも王都を見せたいと思っていたし、いい機会かなって思ってね。まぁ、まだ少し先のことだから、頭に留めておいてくれればいいよ」
「…………っ」
「ん? 何か言った?」
顔を俯かせているバステトが何かを口にしたような気がして、ラムセスはそれを問いかけた。
「っ! いいえ! なんでもないです、にゃ!」
「そ、そう?」
バステトは顔を勢いよく上げると、両手を前に出して否定する。
褐色の肌ゆえに分かり辛かったが、その顔は耳まで真っ赤になっていた。
その勢いと雰囲気に、ラムセスはたじたじになる。
なんとなく、甘酸っぱいモノを感じ取ったのだ。
「じ、じゃあ………そういう事で、頼むよ」
「あっ…………」
ラムセスは慌ててその場から立ち去った。
咄嗟に伸ばした片腕が、宙を彷徨う。
バステトは、その片腕を胸元へ持っていくと、もう片方の手で抑え、熱のこもった吐息を漏らした。
「そ、それって…………で、デートですか、にゃぁ…………」
見ている方が恥ずかしくなるような、純粋な乙女心。
遠くでその様子を見ていたとある猫の獣人が突然「っしゃあ! 流れ来てるよコレ!」と騒ぎ出し、側近に窘められた事を、彼女は知らない。
今回のファラオ'sキーワード
「契暦」
「契約王」が「世界契約」を行使した日を新たなる世界の始まりと考え、新年を迎える祝日とした暦。
およそ全ての国がこの暦に倣い、一年の始まりとしている。




