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ミカルザハの大群


「うーん、やっぱり上からだと分かりませんね」


「木々が密集していますからね。ミカルザハの大群はせいぜい犬猫程度の大きさしかありませんし、上空から発見するのは困難でしょう。一旦降りましょう」


 約一時間ほどの飛行を終え、ラムセス達は魔物の目撃証言があった森へと到着した。


 念のため、森から少し離れたところへ着地する。


「私が上空から偵察して、魔術でファラオに状況を伝えられたら、一番良かったのですが…………」


「僕が火属性魔術を使ったら、気流が乱れてしまう危険性もありますからね…………熱の制御には自信があるとはいえ、流石に森の中でバカスカ使うつもりもありません。しかし、万が一必要とするような事態になった時、手札が一つ減るのも困ります。安全第一で、全員で固まっておくのがベストでしょう」


「なるほど、よく考えていますね」


「…………というか、今回は僕の魔物討伐なので、なるべく自分でなんとかします。被害が広がってしまい、そんな事を言ってられないような状況になれば、別ですが…………最初から頼りきりというのも、違うでしょう」


「仰る通りです」


 バステトは、ラムセスが自分の知らない人と二人で話しているのが、なんとなく気に食わなかった。


 急に連れ出されたとはいえ、飛行中に事情は聞いている。


 恐らく今回は、バステトが何かしなくてはならない、という事はないのだろう。


 それでもバステトは、この二人の間に入り込みたかった。


 今後の予定を話し合うラムセスとホルスの間に、バステトは無理やり体を差し込んだ。


「あ、あの! ラムセス様…………私はどうしたらいいですか、にゃ」


「バステトは見学です。筋は悪くないですが、まだまだ実践レベルでの魔術行使は難しいでしょう。元から魔物という存在を見せるためだけに連れてきたので…………強いていうなら、僕の勇姿を目に焼き付け、後世に伝えるのが役割、ですかね」


「分かりました! ラムセス様の事をずっと見てます、にゃ!」


「いや、流石に周りの警戒ぐらいはしてね?」


 何もする事がない、そう伝えた時のバステトの悲しそうな顔を見て、ラムセスは慌てて「ファラオの活躍を見る」という仕事を与える。


 ラムセス自身は誤魔化せないと思っていたが、バステトが想像以上に乗り気になったため、危険を伝えるために釘をさす。


 なんとも緊張のないやり取りだが、そんな二人をホルスは優しい目つきで見守っていた。


 しかし、そんなホルスの表情が鬼気迫ったものへと変わる。


 ホルスは話しているラムセスの元へ一歩近づき、口を開いた。


「ファラオ、急ぎお伝えしたい事が」


「? ……どうしましたか?」


 訝しげな表情を浮かべるラムセスに対して、ホルスはやや早口気味に状況を伝える。


「自分の力で成し遂げる、そう仰ったファラオを疑っているわけではないのですが、念の為魔術を使用し、音を拾う事で森の中の様子を探っていました」


「監督役として、当たり前の事をしただけでしょう。そんな事で、僕の意思を蔑ろにされた、なんて思いませんよ…………それで、何かあったんですね?」


「はい、森の中を走る二足歩行と思われる足音を一つ、そのやや後ろを追随する四足生物の着地音を複数、確認しました」


「それって…………」


「恐らく、前者が人間。そして追いかけているのが、討伐対象の魔物と思われます」


「なんだって! 避難は完了しているはずじゃ…………いや、そんな事を言っている場合じゃない! 予定変更です。ホルス、飛行しながらその魔術を続ける事ができますか?」


「はい。問題ありません」


「前言を撤回するようで申し訳ないですが、力を貸してください。僕個人での都合は、人命には代えることは出来ません」


 先程までの緩い雰囲気は既に無く、そこには一人の貴族として、使命感に燃えるラムセスの姿があった。


「事態は一刻を争います。僕を上空から魔物の居るところへ落としてください」


「えっ、そんな! ラムセス様が危険です、にゃ! この人に任せた方が…………」


「ホルスには救助者を連れて空へ飛んでもらいます。辺りに飛行する魔物がいない場合、それがベストです。この場で優先するべきは、領民の人命です」


「で、でも…………」


「ここで問答している暇はありません、ホルス! 頼めますね?」


「はい、仰せの通りに」


「行きましょう。手遅れになる前に!」


 バステトの反対を押し切り、ラムセスはホルスの手を取る。


 そしてその瞬間、ホルスは翼を広げ、飛翔を開始する。


 同時に、ラムセスが魔術を行使した。


「気流を作ります! うまく合わせてください! 『太陽よ』!」


「はい! 任せてください!」


 ラムセスの産み出した炎によって大気が温められ、僅かな上昇気流を生み出す。


 そしてホルスが風属性魔術によってその流れを増加させ、突風を起こした。


「にゃ、にゃぁ! は、はやっ」


「口を閉じていなさい。舌を噛みますよ」


 バステトもその気流に乗り、三人は空へと飛び出した。


 そして魔術と翼を併用し、加速を繰り返す。


 目指す先は、魔物の進行方向。


 ラムセスの初陣が今、幕を開けた。




「ファラオ、もう少しで接敵します! 私たちへ向かって、救助者は逃げています。このまま魔物の正面から奇襲して撹乱させ、その隙に救助者を空へ連れ出しましょう!」


「魔物の数は!」


「跳躍しているため分かり辛いのですが、恐らく十に満たない程度かと!」


「いや、十一だ! 熱感知に反応があった、ここまで来たら分かる! ……僕が先行して、ある程度木を排除する! 君は速度を抑えて接地し、そのまま民を連れて空へ逃げてくれ! いくぞ!」


「えっ、ちょっ、それは」


「『太陽よ』!」


 ホルスの返事を待たず、ラムセスは魔術を行使した。


 ラムセスの背中に指向性のある炎が発生し、気流の勢いを殺さず進行方向を変える。


 そして、炎の推進力でさらに加速し、ホルスの手前へと躍り出た。


 ラムセス自身が高速で移動することによって、彼の進行方向に存在した魔素は体を通り抜け、火属性に染められていく。


「『万物を照らす太陽よ』!」


 一条の彗星となったラムセスの周辺に、炎で出来た球体が幾つも現れた。


 ラムセスを中心として輪を描き、公転している。


 そしてそのまま、暴力的なまでに高められた速度を維持しつつ、木々へと突っ込む。


 ラムセスの魔術に触れた木々は一瞬で炎に飲み込まれ、燃え尽き、灰すら残さず消滅した。


 地面に激突する寸前、ラムセスは更に魔術を使用。


 炎の噴射ブラスターを体表に複数作り出す。


 落下エネルギーと加速によって高められた速度を逃がすため、歯車のように体を回転させ、力の行き先を限定させる。


 そして、火車の如く参上したラムセスは、勢いを完全に殺し、安全に地面へと降り立った。


「えっ! なに!? だ、だれ」


「失礼します」


「え? う、うわぁあああ!!」


 ラムセスの背後で、子供の叫び声が遠ざかる。


 木々が燃えた事で上空からの見通しが良くなったため、ホルスが滞りなく、救助を成功させたのだ。


(子供? なんでこんなところに…………いや、考えるよりも先にやる事があるか)


 ラムセスの視線の先には、人肉を無理やり繋ぎ合わせて作られたかのような、悪趣味なオブジェが幾つも存在していた。


 「ミカルザハの大群」と呼ばれる、イナゴ型の魔物だ。


 そのグロテスクな見た目に、ラムセスは思わず眉をひそめる。


 そう、魔物というものは、概ねこの様に人肉を繋ぎ合わせて形作られている。


 特に、低級の魔物などは、筋肉が露出した奇形の人体標本のようなものばかりだ。


 力が強くなればなるほど、皮や殻や鱗で表面が覆われ、まともな生き物に見える様になる。


 そんな見た目で、残虐な殺戮を楽しむのだから、人間から見れば恐怖以外の何物でもない。


 しかも、これが人間の死体から産まれているのだ。


 なんとも言えない不快感が、ラムセスの喉元までせり上がってくる。


 それを飲み込んで、ラムセスは咆哮を上げた。


「掛かってこい! 僕の魔術をその身に刻み込め! 成仏させてくれる!」


 突然現れたラムセスに困惑していたのか、魔物達はその場に留まり、羽を擦り合わせていた。


 不快な羽音が、辺りに響く。


 ラムセスが目を凝らしてみると、その羽と思わしき部分は、人皮のようなもので出来ていた。


 それを見た瞬間、ラムセスは不快感に耐えきれず、待機させていた太陽球の一つを解放して熱線を撃ち出した。


 地面に足をつけていた魔物が飲み込まれ、炎によって付けられた一本の線を地に残し、消滅する。


 その瞬間、魔物達がラムセスへ向かって飛翔する。


(うっ…………)


 魔物は自分達の腹をラムセスに向けながら、宙を舞う。


 ラムセスはその腹を見た瞬間、こんな状況にも関わらず、思わず嘔吐しそうになった。


 「ミカルザハの大群」の腹部には、人間の顔が張り付いていた。


 皮を剥がれた、ケロイドのような顔を引きつらせながら、大きく口を開いている。


 前世で見た出来の悪いホラー映画のような、安っぽい気味の悪さに辟易しながら、冷静に一体一体対処する。


 熱線を撃ち出し、先頭の魔物を含めて三体纏めて焼き払う。


 残り、七体。


 そしてそのまま、熱線を横払いに移動させ、追加で三体焼き切る。


 残り、四体。


 その隙に接敵してきた一匹へ掌を向け、炎を噴射して吹き飛ばす。


 残り、三体。


 地面を蹴り、掌の炎によって後ろへの推進力を得て移動する。

 ラムセスのいた場所に着地した魔物は、再び飛び上がる事はなかった。

 足元に待機させていた魔術が発動し、ただの地面を溶岩に変えていたのだ。


 残り、二体。


 半分ほどドロドロに溶けている魔物を足場にして、一体の魔物がラムセスへ迫る。

 体勢を整えたラムセスは太陽球を使い、二方向から熱線を浴びせる。

 魔物は足が吹き飛び、空中でバランスを崩し、そのままもう一本の熱線に飲み込まれる。


 あと、一体。


 不利を悟ったのか、魔物はラムセスに背を向けて跳躍する。


 逃すわけにはいかない。


 そう思ったラムセスはその場で飛び上がり、炎の推進力を利用して一呼吸で接敵する。


 そして、魔術を纏った脚を振り抜いた。

 今回のファラオ'sキーワード


 「魔物」


 人が悲劇的な死を迎えた時、その死体を元に魔物は産まれる。

 人間には想像できないような奇怪で不気味な容姿をとることが多い。


 人間を殺す事を第一の目的としている。

 発生原理は不明。

 また、人に近い知性を持ち、人の姿に擬態できる「魔人」と呼ばれるタイプの魔物も存在している。

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