犠牲者
魔物は全滅。
ラムセスは、外傷なし。
誰が見ても分かるだろう、ラムセスの勝利だ。
初戦ゆえ無駄な動きも幾らか存在したが、そらを抜きにしても中々の成果だろう。
ラムセスはその場で残心し、少し時間を置いてから、全ての魔術を消した。
緊張から、やや疲労しているのが伺える。
「ふぅ…………」
「お見事です、ファラオ」
「ラムセス様! 流石です、にゃ!」
戦いが終わった事に気がついたのだろう。ホルスが子供を抱えながら、バステトを伴い地面に降りてきた。
余裕ができたラムセスは、その子供を観察した。
靴がボロボロであり、服も所々破けている。
森を走って逃げて来たのであれば、枝に引っかかったり、魔物を避けるために地面を転がったりした可能性はある。
綺麗な金髪を揃えてあるが、今は泥が付いている場所もあり、やや見苦しさを感じる。
何処かに捨てて来た可能性が高いが、旅の道具を所持しておらず、また、服装も農民に近い。
間違いなく、村の住人だろう。
子供はよほど怖かったのか、ホルスの胸元に頭を埋めて震えている。
「まぁ、本体のいない「ミカルザハの大群」なら、油断しなければ大丈夫だよ。それより、その子は無事? 怪我はない?」
そう。魔物とはいえ、「ミカルザハの大群」は弱い部類に入る。
本体が引き連れている群れは、遠目で嵐に見間違えるほど沢山の魔物が密集しているらしいが、ハグレならば「ミカルザハの大群」が持つ「数の優位」がなくなり、魔術師にとっては只の的になるのだ。
それでも、あの強烈な見た目に怖気付く事なく戦ったラムセスは、勇敢といえるだろう。
実際、未熟な魔術師が怪我を負ってしまうパターンも、なくはないのだ。
戦いが終わり、弛緩した空気の流れ始めている三人に、聞き慣れない声が届く。
「ま、魔術師…………? も、もしかして、貴族様?」
そう、ラムセス達によって救助された子供だ。
震えているが、ハスキーで聞き取りやすい声だ。
慌ててその場に跪き、ラムセスへ揺れる瞳を向けている。
「えぇ、如何にも。僕はこの地の領主である公爵家、レムリット・オリシスの第一子、ラムセス・オリシス。ですが、今は魔術師としての本分を果たすために、この場に来ています。そう畏る必要はありません。詳しい事情が聞きたいので、どこか安全な場所で話を」
「た、助けてください! お願いします!」
貴族の言葉を遮るなど、通常ではありえない。
民のために生きるのがこの国の貴族であるが、それはそれ。礼儀は徹底させないといけない。
しかし、今この場にいるのは魔術師のラムセスであり、公爵家のラムセスではない。
そもそも、命の危険に遭遇した子供が平常を保てるはずもなく、礼儀を気にする余裕があるとは思えない。
いちいち目くじらを立てる必要はないだろう。
流石に衆目の前で同じ事をされたら注意しないといけないが、この場にいるのはラムセス達だけであり、そんな事を気にすることもない。
ラムセスは子供を落ち着かせるため、なるべく優しい声を作って悟すように話しかける。
「大丈夫、僕達は三人とも魔術師です。君を安全に村へと帰す事を、約束し」
「兄さんが! 魔物から俺を庇って! まだ奥に!!」
その言葉で、場の緊張が一気に高まった。
「落ち着いて…………落ち着いて答えてください。君はどれくらいの間、逃げて来たのですか?」
「あ、あの魔物に襲われて、一人で洞窟に逃げ込んで…………兄さんが助けに来てくれたのが、二時間くらい前で、そ、それで、逸れたのが三十分くらい前です」
それを聞くと、ラムセス達は一様に厳しい表情を浮かべる。
「ホルス、どう思う? 冒険者としてやって来た君の、率直な意見を聞きたい」
「…………間違いなく、亡くなっているかと」
「そ、そんな! に、兄さんはまだ…………」
その顔に絶望を浮かべる子供に対して、ホルスが質問を投げかける。
「君を逃がすために残ったと聞きましたが、本当ですか?」
「う、うん。親父の残した剣を持って、先に行けって…………それで、魔物に立ち向かって」
「じゃあその時、魔物は何体いましたか?」
「さ、三十はいた筈だけど…………」
「…………微妙なところです。魔物を惹きつけるために残ったとして、取り逃がした数匹がこの子を追いかけていたのか。それとも」
「この子のお兄さんを殺した後に、追いかけてきたのか。ってこと?」
「…………はい、そうなります」
「…………ホルスの魔術で、手がかりは掴める? 僕の熱感知では、届かないみたいだ」
「…………いえ、残念ながら。足音は聞こえてきません。呼吸の音は幾つか聞こえるのですが、微弱すぎて、人間のソレなのか、野生動物のソレなのか、判断ができません」
「そ、そうだ! きっと疲れて休んでいるんだよ! そうに違いない! に、兄さんが…………兄さんが死ぬはずが…………」
「兎に角、この場を移動しよう。生きているならば、僕の魔術で怪我を治すことができる」
「しかし、ファラオ…………」
子供の来た道を戻ろうとするラムセスを、ホルスが諌めようとする。
しかし、ラムセスはホルスの口を手で塞いだ。
「もしもの時は…………僕が」
「…………はい」
陰鬱とした気分のまま、一同は歩み始める。
多くの絶望と、一筋の希望をその胸に抱きながら。
ラムセスとバステト、そして子供を連れて飛行しながら索敵することは、流石にホルスの負担になってしまうため、一行は陸路を遡っていた。
ホルスが先頭になり、バステトと子供を真ん中に据え、ラムセスが殿を務める。
警戒しながら進み、一時間ほどの時間が経過していた。
子供は疲れで歩けなくなってしまったので、獣人であるバステトが背負っている。
ラムセスが、先頭のホルスへ声を掛けた。
「…………ホルス」
「はい、ファラオ」
「熱感知に、人型の反応があった」
「…………はい」
「君も、とっくに気がついてた筈だよね? どうして言わなかったの?」
「…………」
「つまり…………そういう事なんだね?」
「はい…………それらしい呼吸を感じることが、出来ていません」
「そう…………」
不穏な会話をする二人を、バステトは悲しそうな目で見つめている。
バステトに抱えられた子供は、聞きたくないという意思表示か、バステトの肩へ頭を埋めた。
「間違いありません。この子のお兄さんは…………魔物になっています」
「だろうね…………感じられる体積が、明らかに小さい。きっと、ゴブリンになったんだと思う」
魔物は、その死因や、未練、死の瞬間の苦しみの種類によって、姿が変わる。
名前に「鬼」と付く魔物の発生死体の殆どが、「魔物によって殺された」被害者である。
「小鬼」、「中鬼」、「大鬼」などが、その一例に挙げられる。
その主な違いは、体積だ。
魔物に食い散らかされたり、あるいは死体を吹き飛ばされた者は、残った肉体で無理やり人型を形成し、魔物となる。
その体積が一定以上存在しない者は、「小鬼」と呼ばれる。
「ミカルザハの大群」を始めとした、食人傾向にある魔物の被害者の多くは、この「小鬼」となるのだ。
頭部から突き出した骨が、鬼を連想させることから、そう呼ばれている。
「その、この子の前でそんな話をしなくても…………にゃ」
「いや、どの道分かることだよ。それに、本当にこの子のお兄さんなのか確認してもらわないといけない。残酷な事だけど、この子にしか出来ない事だ」
「そん、にゃ…………」
ラムセスはバステトの前に立ち、その肩に乗せられている子供の頬へ手をつけ、顔を上げさせる。
「辛いかもしれないけど、君には死者を見届ける義務がある。やらなくてもいい。でも、そうしたら君のお兄さんは、永遠に行方不明扱いのままかもしれない。きっと、君は一生後悔する事になる…………それを前提に聞かせてもらうよ、君はどうする?」
子供は泣きそうな顔のまま俯くと、小さい声で「行きます」と言った。
「いい子だ」
そう言ってラムセスは、子供の頭を撫でた。
そして、熱感知で居場所を確認できるラムセスが先頭となり、一行は再び歩き始める。
先程までよりもずっと、重い足を持ち上げながら。
今回のファラオ'sキーワード
「風属性魔術」
「流れ」と「揺れ」を操る属性。
力の行き先を自在に操り、増減させる。




