え?なんでそうなるの?
「あの……ッ! 人間ごときが…ッ!!」
『黒の剣』の総司令官であるジスモルド・リステア・シュビールは行き場のない怒りに身を任せ、闘技場の中をめったやたらに歩き回っていた。
とはいえ権力を振るって準決勝まで勝ち進んだがつい先ほど部下である雪杜にこれ以上なくあっさりと負け、観客達の笑いものになった自覚があるのかないのか…人が多くいる場所は避け、人気のない場所やら通路やらを選んでいたが。
「アイツさえ…アイツさえいなければぼくはこの大会で優勝できたって言うのに! そうすれば…」
ぶつぶつとくだを巻きながら歩み続けるジスモルドだったが準決勝の後、手当てするべき怪我など全くなかった彼がいくらゴネても雪杜やアスガルズ軍の精鋭たちがそれまでの試合で相手を(生命や兵士としての技能に影響の出ない範囲内で)制圧し、打ちのめし、叩き潰した結果、後に残った累々とした死体(※死んでません)の山への対処でさながら阿鼻叫喚の地獄絵図のような状態に陥っていた医務室に長居することはできなかった。………というか、本人自ら早々に出て行った。
―――――――故に、彼は知らない。
決勝戦の相手が、彼の取り巻きの一人ではなく、それを軽く潰し…そしてその他参加者をも平然と下してきた彼が取り入ろうとしていた若き魔王であることなど。
――――――知らなかった。
例え…ありえないことだが、もしも雪杜に勝利していたとしても、エルドにさっくりとやられていたのだと言うことを。
だからこそ、そんなことを考えることができたのだが。
「―――――――――――お待ちください、ここから先は立ち入りができません」
「な、なんだ! お前達は!」
ガシャリ、と重々しい金属音とともに行く手を阻み、目の前で交差された二本のハルバードの刃先にジスモルドはたじろぐ。
彼の行く手を阻んだのは、彼にとって見慣れた漆黒の鎧に身を包んだ二人の兵士達だった。
「僕をジスモルド・リステア・シュビールと…――――――――『黒の剣』の総司令官と知って阻んでいるのか!?」
「……重々知っております」
そう答えた兵士の声には聞き覚えがあった。
そう、その声は……
「貴様…ぼくの部隊の者だな!? とっととぼくに道を譲れっ! それともぼくに逆らうのか!?」
「いくら総司令官の命でも、ここを通すわけには行きません」
「ここは、我々が警備を命じられた場所ですので」
子供のように喚くジスモルドに困ったような、呆れたような視線を投げかけながらもその先にある扉に通じる通路を封じ続ける。
「いったい誰にだ!?」
「……おわかりになりませんか? シュビール卿……私の、です」
ジスモルドが入るどころか近づくことすら許されなかった扉から出たのは氷のような、鋼のような…硬質な輝きを持つ銀髪に、冬の夜空のような紺碧の瞳を持った青年。
ハルバートの刃先を上に戻し敬礼をする二人の兵士に鷹揚に頷き、青年……セイザーク・レイス・アウレリウスはジスモルドを見て嘆息した。
「…で? 彼らに職務放棄をさせてまでここに押し入ろうとした理由をお聞かせ願えますか?」
「押し入ろうとなどしていなませんッ! ぼくはただ歩いていただけです! なのに急に引き止められたんですよ!?」
ジスモルドの子供のような理由にセイザークはまたため息を吐く。
あまりにもあまりなほど聞こえよがしだったそれにジスモルドの怒りが爆発する。
……だが、実力よりも血の高貴さと権力を信条にする彼にはセイザークの生家でもあるアウレリウス公爵家に逆らうことはできず、顔を真っ赤にしただけだった。
「――――――――ところで、シュビール卿? この先に何があるかご存知の上でのお言葉ですよね?」
「……は?」
質問の意味がわからなかったのだろうか。
ジスモルドは素っ頓狂な声を出し、訳がわからないと言うような顔をした。
「………今回、この先は魔王陛下がご観戦なさる場所になっていたのですよ」
セイザークのその紺碧の視線に宿るのは、哀れみか…はたまた蔑みか。
ジスモルドには理解することはできなかった。
――――――――だが。
「なるほど。コレは確かに初瀬君が手を焼くのもよくわかります」
すれ違いざまのセイザークのその言葉は、その後もずっと耳に焼きついたまま離れなかった。




