8・失恋の傷痕
「それで貴男はその方を、今でも愛していらして、その方への操を立てるために、私に手を出さないということですか?」とイザベラは質問した。
「いいえ、もうキッパリ別れて、二度と会わないと決めたのですから。もう3年も前のことですし」とゲオルグは答えたが、「それでも心の傷は、自分でも思ったより深かったのでしょうか。軍隊の友人たちは何とか僕を慰めようと、娼館などにも連れて行ってくれたのですが・・・」そこでゲオルクはしばらく言い淀んだ。
「そう言う場所へはミュンヘンの軍隊ででも、たまに先輩や同僚に連れて行かれたし、長期休暇中に保養地へ行った時など、そこで知り合った観光客の女性と、短いお付き合いをしたこともあり、全く普通の男のような行動ができていたのに、その失恋を経験してから、そういうことが駄目になっていたのです」
「ではやはりその方のことが、忘れられないんじゃありません? 他の女性とそういうことが出来なくなってしまったということは」と、イザベラはやや強い口調で言った。
「そうなんでしょうか? とにかく僕の中で何かが変ってしまったと言う感じなのです。
生れて初めて親兄弟以外の人を愛し、愛されると言う喜びも、簡単に身分の壁に阻まれ、僕を愛してくれていたはずの祖父も母も、僕の気持ちは全く考えてくれなかった」と、ゲオルクは悲しそうに呟いた。
「そう言われてみれば私もそうですね、この度の結婚に関しても私自身の気持ちなど、家族から特に聞かれた覚えはありません」とイザベラは半ば怒りを、半ば嫉妬を込めて言った。
他に結婚したい女性はいない、私が気に入らない訳じゃないと言ったが、それは嘘だったことに対する怒りと、嫉妬はそのアンネという女性にではなく、自分はまだ知らない恋の喜びを、彼は既に知っているということに対するものだった。
「それでも30にもなると、結婚話は次々に持ち込まれました。祖父は特に僕に期待していて、ただ身分的に釣り合っているだけでなく、家風やその相手本人の人柄も問題にして、貴女と同じハプスブルク家の方とのお話も、断ったことがありました」
そうゲオルクが言ったため、(ならば私の人間性はこの人はともかく、皇帝陛下のお眼鏡には適ったということね)と、イザベラは幾らが気分が良くなる気がした。




