9・無憂宮の哲学者
「そうする内に貴女との結婚が決まっても、僕の体調は変らなかったので、僕は主治医に相談しましたが、彼は専門分野ではなかったせいか、身体的には何も問題はないので、昔の辛い思い出や結婚前のプレッシャーなど、精神的なことが原因しているんだろうから、余り思いつめずに気を楽に持っていれば、近い内に元に戻るだろうと、ありきたりなことしか言ってくれませんでした」
ゲオルクそこで一息つき、「そうして結婚式、初夜を迎えたのですが、首尾はご存知の通りです。むしろ日が経つにつれて重圧が大きくなってくるような気がしたので、好い加減に貴女に全てを打ちけねばと思ったのです」と、彼は話を締め括った。
ゲオルクの告白を一通り聞き終って、イザベラは複雑な心境になったが、彼が自分を避けたのも、決して自分に非がある訳ではなかったとも分かり、ホッとした一面もあった。
そして2人の間に聊か長い静寂が流れた後、「それで私はどうすれば良いのでしょう?」と、先に口を開いたのは、イザベラの方だった。
それに対してゲオルクは、すぐに答えなかったので、イザベラは続けて「どうすることをお望みなのでしょう、例えばエリザベート・クリスティーネ王妃のようでいることを?」(18世紀プロイセンのフリードリヒ2世とその王妃エリザベート・クリスティーネとの間には、終生夫婦関係は無かったと言われる)。
「滅相も無い、僕はフリードリヒ大王のような、立派な男じゃありませんから」と、ゲオルクは今度は即座に否定した。
続けて「我々の間に大王と王妃のような、夫婦の関係はなくとも隣人愛とか友情とか、互いへの尊敬の念があるのなら幸いですが、まだお会いしたばかりで、そんな絆がこれから育って行くというのも未知数ですし」と付け加えた。
「ならばエリザベート王妃はそうしなかったけど、表向きは夫婦でいて、私が秘密の恋人を持てばいいとか?」と言った後、イザベラは流石にこんな時に、こんな所で話すようなことではないのではないかと後悔したが、ゲオルクは特に気を悪くした風でもなく、「貴女の人権を考えれば、それが一番だとは思いますが、それで子供が出来た時のことを考えると悩みますね」と呟いた。
イザベラも悩んだ。確かに当時のヨーロッパの王侯貴族社会では、周囲が決めた結婚後に、夫も妻もそれぞれ恋人を作るのは珍しくないが、それは妻が夫との間に、正嫡の跡継ぎを産んでからというのが不文律だった。
「でもまあ貴女はハプスブルグ家の大公女ですから、子供が出来れば父親が誰でも、高貴な血筋には違いありませんが」と、ゲオルクは何やら、仕方ないと言った口調で言った。
以上が表向きはどうあれ、この結婚を継続するための選択肢で、どの方法も採らないとすれば、後は離婚という道しか残されていなかった。




