45・赤十字の下で
1926年にパウルが53歳で身罷った後、イザベラはしばらく姉の元で静養させてもらった。
「それで貴女は、これからどうするつもりなの?」と、クリスティーネは妹に尋ねた。
「ここに居たければ、いつまでも居て良いのよ。次女のローズマリーも、トスカナ大公(やはりハプスブルグ家の分家)へ嫁いで、末娘のツェツィーリエも、ザルム家の遠縁との縁組が決まって、近々嫁いで行ったら、私と長男のニクラウスだけになって、寂しくもなることだし」
それに対してイザベラは、「お心遣い有難う、お姉様。お言葉に甘えて、もう少しここで休養させていただいたら私、スイスへ行こうと考えていますの」と答えた。
「スイス?」とクリスティーネが、オウム返しに聞くと、「ええ、ジュネーブの赤十字本部です。あちらには大戦中一緒に働いた仲間もいますし。もうあんな戦争は、起きて欲しくないのですけど、今でも世界のあちこちで小競り合いは絶えませんし、今度は従軍看護婦ではなく、国籍や人種や宗教に囚われず、看護活動をしてみたいんです」とイザベラは答えた。
「お父様やお母様には会ってから行くの?」と、クリスティーネが重ねて尋ねると、
「いえ、会いたい気持ちもあるのですが、ここからスイスへは、直接行った方が早いので、お手紙だけ書いておきました。
今までさんざん無茶をやって来たせいか、お2人とももう止める気力も無かったみたい」とイザベラは、歯を出して笑った。
イザベラ「それと一つお願いがあるんですが、私が死んだらお姉様と一緒に、葬っていただけませんか?」
クリステイ「ここに?テシェン家の墓所でもなく、パウル先生のお墓にでもなく?」
イザベラ「どこにも行く所が無ければ、適当な所へ葬られるのでしょうが、先生のお墓は遠慮したいのです」
クリステイ「なぜ?」
イザベラ「先生は先に亡くなった奥様と共に、眠っておられます。生きていた内には、愛し尽くせなかったと、後悔していた人と一緒に。そこへ私が割り込むことは出来ません。
私は生きている内に、もう先生と充実した時間を過ごしました。
いつかお姉様が仰ったように、それを糧にして、これからを生きて行くつもりです」
クリステイ「そう。でも私の方が先に逝く確率が高いのだから、そのことは子供たちに、よく伝えておくわね」
イザベラ「はい、どうかくれぐれも、よろしくお願い致します」
そう姉に言い残し、しばらくしてイザベラは、スイスへと南を目指して、旅立って行った。




