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43・ふたりのイザベラ

 終戦から年月が経つにつれ、爆撃で破壊された街は、次第に復興して行ったが、ドイツの貧困は続いていた。

 1923年11月には、賠償金の支払い遅滞から、フランス・ベルギー軍が、ルール工業地帯を占領し、インフレが更に進んだことから、ミュンヘンで国民社会主義ドイツ労働党(ナチス)が所謂ミュンヘン一揆を起こし、1日で鎮圧されたものの、国民にとっては、将来への希望の光が、一向に見えなかった。


 そんな中でイザベラは、パウルが少し痩せたように思えた、

 彼ももう50になり、大戦を挟んで医業に勤しんで来たせいで、流石に疲れが出たのだろうと、イザベラはある日、彼をアンホルト行きに誘った。

 たまには仕事を休んで、郊外の美しい風景を見れば、心身ともに癒されるだろうと、考えてのことだった。

 アンホルトではパウルとは別に、1人の若者が招かれていた。

 長女イザベラの婚約者で、フェリックス・フォン・ローエ男爵だった。

 彼とはアーヘンへ温泉療養を兼ねた、観光旅行へ行った先で知り合い、恋に落ちたのだと言う。

 「若い世代は自分で、結婚相手を見付ける時代になったのかしら?まあそれでいつまでも、仲睦まじく暮らして、私みたくサッサと離婚するようなことにならなければ、その方が良いわね」とイザベラが言うと、姪も「でも叔母様も愛し合える人と出会って、一緒に過ごせるようになったじゃないですか!」と、パウルの方を見て答えた。

 クリスティーネは「私はお父様とは親同士の決めた結婚だったけど、亡くなるまで仲良く過ごせて幸せだったわ。人間一時でもそんな時期があれば、後は生きる勇気が湧いてくるものね」と言ったが、後にして思えばその言葉は、妹と娘の将来を予言したようなものだった。


 パウルは聊か身分違いな環境なせいか、その席ではただ微笑するだけで、ほとんど何も話さなかったが、その理由は周りの雰囲気に、溶け込めないだけではなさそうで、出された食事にも、ほとんど手を付けてなかったし、相変らず顔色が悪く、疲れた感じだった。

 それでイザベラもいつものように楽しめず、姉や姪たちには悪いが、早目にデュッセルドルフへ戻って、知り合いの内科医に診てもらおうと考えていた

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