3・結婚前夜・初めての夜
結婚式はウィーンのシェーンブルン宮殿で行われる予定だった。
しかしその前夜、用意していたウェディング・ドレスや、他の嫁入り道具を保管してあった部屋で火事が起こり、そのほとんどが消失してしまった。
それゆえ結婚式は、家族と親しい親戚や友人を招いただけの、さほど盛大なものにはできなかったが、後にして思えばその火事は、2人の短く不幸な結婚の予兆だったのかもしれない。
だが婚約中か或いは挙式直後に撮影したと思われる2人の写真は、笑顔で仲良く寄り添い、特にイザベラより頭一つ長身なゲオルグが、彼女をいたわるように見下ろしている姿は微笑ましい。
例えこの時だけでも2人が、この結婚に希望を抱き、明るい未来を思い描いていたとしたら、そんな時間が微塵も無かったと思うよりは幸いだ。
新婚旅行はフランスやイギリス、アルジェリアなどの何か国をも、1年近く掛けて訪問すると言う、豪華な旅程だった。
式を終えた夜、宮殿の一角に用意された、新婚夫婦の寝室に先に入ったイザベラは、侍女たちに手伝われて服を脱いで髪を解き、顔と体を浄め寝間着に着替えて、寝化粧を施した後は、1人部屋に残されベッドの中で壁際を向いて、背中を向けていたのは、ただ恥じらいからだった。
こんな時にはどうすれば良いのか、母も姉たちも具体的には教えてくれなかった。
ただゲオルクはイザベラより8歳年上で、30も過ぎているから、女性経験が全く無いということはないだろう。
彼に任せておけば良いようにやってくれると、花嫁も皆も楽観的に考えていた。
それでイザベラは壁際に横を向いて、ベッドの隅に寝ていたが、ゲオルクは中々部屋へ入って来なかった。
バチュラーパーティーのようなものは、昨日までに済ませたのだろうし、明日は新婚旅行へ出かけるのだから、そう遅くはならないだろうと考えている内に、昼間の緊張と疲れのせいか、イザベラがいつしか微睡んでいた時、微かに扉が開く音と、こちらへ歩み寄って来る足音が聞こえた。
ハッと目が覚めたイザベラは、そのままの体制で身を固くしたが、心臓は早鐘のように鳴っていた。
しかしゲオルクはベッドの脇に立ったまま、「寝てるのか」と低く小さな声で呟き、服を脱ぐような音がした後、掛け布団を上げてベッドに入って来たが、イザベラの体に手を掛けることはしなかった。
自分がもう寝ていると思い、起こさないための気遣いだろうか。
ベッドが広いので2人の体が接することはなかったが、僅かに腰の辺りが触れた時、彼も自分に背を向けているのが判った。
それきり彼の寝息も鼾も聞こえて来なかったので、或いは彼も眠っていないのかと思ったが、イザベラは寝返りを打つことも、彼の体に触れることも、話し掛けることも出来なかった。
拒否されるのが怖かったのである。




