36・同じ道を歩む
東部戦線は西部戦線に比べ、,近代兵器による非人道的な戦略こそ用いられなかったものの、その代り広い戦場の、どこでいつロシア軍との戦闘が始まるか判らず、それが野戦病院のすぐ近くに及ぶこともあった。
そんな時イザベラは、患者をトラックや荷車、担架に乗せて、最後の1人まで残さず移動させなければ、現場を離れなかったため、スタッフからの信頼と人望は厚くなるばかりだったが、そんなさ中、一時高熱を発した感染症の治りが意外に遅く、しばらくは現場を離れた方が良いと言う、医師たちの勧めに従い、一先ずウィーンへ帰ることになった。
ウィーンではルドルフイナーハウスで治療を受けたが、回復の目途が付いたら、是非やっておかなくてはいけないと考えていることがあった。皇帝にパウルとの結婚の許可をもらうことである。
あれから2人は愛と信頼を深め、互いに将来のことを考える内、イザベラは逆にパウルの過去についても話を聞いた。パウルの妻は数年前に亡くなったと言う。
「僕もある意味、貴女の別れたご主人と、妻に対して同じことをしたのかもしれません。意図的にではなかったけれども」と、パウルは語り始めた。
「僕は医師としての仕事が忙しく、余り妻を構ってやれなかったのに、彼女は不満一つ言わず、いつも快く僕を送り出してくれました。それで妻は僕の仕事を、よく理解してくれているものと思っていた」
そこれパウルは暫し黙り込んだが、イザベラも黙っていた。
「確かに理解してくれていて、それ故に自分の寂しさや、家庭内の問題を抑え込んでいたのに、僕は彼女に甘え切っていて、第三者に指摘されるまで、彼女の病気に気付きませんでした。気付いた時にはもう手遅れだった」
パウルは再び苦悶に満ちた表情で沈黙し、しばらくして話を続けた。
「何十何百の患者を救っても、一番大事な人の命を救えなかった僕に、医師の資格はあるだろうかと、一時は医師を辞めようとまで考えましたが家族や友人、何より妻の親兄弟の説得で思い直しました。僕と同じように彼女を愛していた人が、許してくれるならと」
イザベラは聞いている内に涙ぐんだが、「ただもう結婚はすまいと心に決めました。誰も彼女のように寂しく、不安な思いをさせることのないようにと」と、パウロは言った。
「でも貴女に出合って、僕の気持ちが徐々に変化して行ったんです。夫が仕事をし、妻が家庭を守ると言う形の結婚ばかりではなく、夫と妻が共に同じ道を歩むという方法も、あるのではないかと」




