35・愛と裏切り
「私は間違っていたんでしょうか?」とイザベラがパウルに尋ねると、「いや、僕から見てもあなた方は、やはり夫婦になる運命では無かったという気がします。そんな定めに逆らった流れの中で、あなた方はよく話し合い、互いの身を思いやりながら、最悪の結末を回避された。それで良かったと思いますよ」
(最後にまた会うとしたら、良い場所で会えるといいと言ったけど、彼は今頃どこかの戦場にいるのだろうか? それでもし私の所へ運ばれてくるようなことがあったら・・・)などとイザベラが考えていると、パウルは再びイザベラの片手を握り、額を撫でて、「まあ一時は結婚までした相手ですし、完全に忘れ去ることなんて出来ないでしょうが、もう過ぎたことで、後戻りはできないんだから、これからのことだけを考えましょう」と言って、まだ頬にを伝わっていた涙を吸うように、彼女の顔に口付けした。
熱のせいではなく、イザベラは体全体が、雲に包まれるような、心地よさを感じた。
「先生、手術でお疲れの所を有難うございました。私はこのまま休ませていただいて、早く体を直すように致します。先生も今日はゆっくりお休みください」
未だ上司と部下の口調だが、イザベラはかつてゲオルクの言った(或いはアレクサンドラ王女が感じた)「親兄弟以外の異性を愛し、愛される喜び」というものだろうか?と彼女は考えた。
でも私はそれを身分の違いや、周囲の反対で諦めたくない、ここまで自分を貫き通したのだから。
しかしイザベラとパウルの間に、信頼と愛が増して行くのと併行して、戦争はますます泥沼へ陥って行った。
翌1915年の1月早々から、ドイツ軍はツェッペリン飛行船で以て、イギリス本土への空爆を開始し、2月には今度はUボートによる、イギリス周辺海域での潜水艦攻撃も始めた。
更に4月には西部戦線で、ドイツ軍が使用した毒ガスにより、約5000人のフラン兵が死亡し、ドイツ軍は陸海空いずれも、圧倒的勝利を続けているように見えたが、その一方でドイツ・オーストリアと同盟国だったイタリアが、チロル・トリエステなどの、いわゆる『未回収のイタリア』を、この機会に併合しようと、イギリスと密約を結び、連合軍側に組するなど、戦局には徐々に歪みが生じて行った。




