33・あの日、あの時。
薬品不足の折にも、何とか麻酔剤は残っていたので、患者が眠りに落ちると、まず止血帯で切断する部分の少し上を縛り、大きめのメスで皮肉を切る側から、血管を結んで出血を防いだ。
骨を切るのには鋸状の特別なメスを使うが、イザベラは肉を切る段階から、目を被いたくなるのに必死で耐えていたものの、その骨を削る音には耳を被いたくなった。
しかし執刀医のパウルは、その一連の作業を冷静に、着実に行い術式が終るまで、2時間も掛らなかっただろうか、鮮やかな手並みだった。
「シスター・イムデガルド、傷口に化膿止めを縫って、包帯をしっかり巻いて下さい。麻酔が切れると痛みを訴えるでしょうから、その時はモルヒネを使って」
イザベラはパウルに支持された通りの処置を行った後、疲れのせいかそれとも、切断手術を見たショックのせいか、頭がクラッときて倒れそうになった所を、パウルが来て「大丈夫ですか?」と抱き留めた。
「済みません、先生には肝が据わっていると言っていただいたのに、これしきのことでフラつくなんて。先生の方が余程大変なお仕事をなさったのに」と、イザベラが照れ笑いすると、「無理しないで少し休みましょう。病人を世話する側が、病気になっては元も子もない」とパウルは言い、イザベラに肩を貸して、近くの診察室まで連れて行った。
イザベラは診療室のベッドに横になって、しばらくは気が遠くなっていたようだが、ふと気が付くと、パウルが片手をイザベラの額に手を当てて、もう片方の手は彼女の手首を握っていた。
(あの時のベニーと同じだ)と思うと、イザベラは何故か涙が溢れて来た。
「疲労が溜っている上に、寒くもなって来たので、風邪気味なんでしょう。薬を持って来ますから、今日はもうこのままお休みなさい」と、パウルに言われると、彼女は更に止めどなく涙が流れた。
そしてイザベラは思わず「あの時・・・」と呟いた。
パウルは怪訝な顔をして、「あの時って?」と尋ねた。
「私が看護婦を志す切っ掛けになった、旅の途中のロンドンでの出来事です。いえ、それ以前もそれ以後のことも含まれるのかも」と、彼女はやはり泣きながら、独白のように結婚から新婚旅行、離婚までの経緯を、パウルに全て語った。
まだ知り合って間もない彼に、他の誰にも話さなかったようなことを、全て打ち明けるのは、彼が経験豊かな医師ということもあったが、それよりもあの時ーロンドンで肺炎になりかけて入院した時に、ゲオルクからは示されなかった、優しさや心遣いだけでなく、スキンシップを受けたことが、嬉しかったからかもしれない。




