32・アルブレヒト医師との出会い
クラクフではヤロスロワよりも、激しい戦闘のせいか、負傷兵は次々と運ばれて来て、そのため人材も医療器具も薬品も不足し、イザベラは個人資産を、それらの購入に当てさえした。
そんな大童な状態の中で、適切に看護婦たちを支持して、冷静に処置や手術を行う、ドイツ人の外科医で上司のパウル・アルブレフト医師を、イザベラは尊敬の眼差しで見詰めていたが、ある日仕事に一息ついた時、パウルはイザベルの方へ身を寄せて、小声で「貴女はハプスブルグ家の大公女だそうですね」と言った。
イザベラはギクッとして、咄嗟に返事が出来ずにいると、「王侯貴族の夫人や令嬢が、戦意高揚のために、現場の兵士を慰問したり、包帯交換や創傷の手当など、簡単な作業をして見せることもありますが、正直役に立たないだけならなだしも、邪魔になることもありますね。包帯なんぞは渡しただけ、全部グルグル巻きにして、腕を2倍ほどの太さにしてしまうこともあるから」
そのズケズケした物の言い方に、イザベラは笑っていいやら、怒っていいやら迷っていると、「その点貴女はちゃんと、看護婦としての教育を受けておられるようだし、僅かな血を見て倒れるご婦人もいるのに、肝も座ってらっしゃる。得難い人材ですね」と言うことは、上流婦人は貶しても、イザベラのことは誉めているらしい。
パウルは医師としては中堅と言うか、年は40を過ぎているように見えた。
いつからイザベラの正体を知っていたか判らないが、それで特に優しくも厳しくもなく、他の部下と同じように扱っていたので、「先生、そのことは皆に言わないでくださいね。せっかく他の職員や患者との間も、円滑に行ってますので、下手に構えられてギクシャクしても、仕事がやりにくくなりますから」とイザベラが、同じく小声でパウルに囁くと、「分かってるよ」とパウルも答えた。
しかしそんな雑談を交す暇も無いほど、負傷兵は増える一方で、ベッドも薬も包帯も不足し、イザベラが幾ら資産を投げ出しても、無い物はどうしようもなかった。
それで仕方なく、廊下に毛布やマットレスを布いて、ベッド代りにするのだが、そのスペースもなくなり掛け、医療スタッフの疲労も、極限に達しようとしていた。
やがて冬を迎えると、戦闘による怪我だけでなく、肺炎や凍傷の患者も増えて来た。
そんなある日凍傷で、既に片足首が壊死している兵士が運び込まれた。
しかもその傷が感染症を起こしていたため、早急に切断手術を施さねばならなかった。




