27・この門をくぐる者
2人はウィーンへ帰り着き、フランツ・ヨーゼフ皇帝に謁見したが、そこにはゲオルクの父レオポルト王子も同席していた。
イタリアで道草を食ったせいか、枢機卿からの連絡は既に届いていたらしく、皇帝と王子の彼らに向けた表情は苦渋に満ちていた。
レオポルトは2人に翻心を説いたが、皇帝は彼らを叱責することもなく、考え直せとも言わず、長い沈黙の後、「こと結婚に関しては、若い者は何かと我を通したがるが、それが必ずしも幸せに繋がると限らんとは、よく胸に刻んでおけ」と、険しい顔で言った。
そしてまたしばらく間を開けて、「そう言う余も若い頃はそうだったが、それで相手を幸せにしたとは言い切れないし、相手が幸せでなければ余も幸せではなかった」と、独り言のように呟いた。
亡きエリザベート皇后のことを、思い出されているのだろうと考え、2人はジュネーブに行ったことも話せなかった。
皇帝の前を辞した2人は、しばらく何も話さなかったが、やがてゲオルクが「これからどうなさいます?」と聞いて来たので、「まず両親の所へ帰ります。近い内に裁判のためミュンヘンへ行くでしょうが」とイザベラは答えた。
それで直接会うのは最後かと思うと、流石に2人とも何とも言えぬ感情がこみ上げて来た。
別れたくないのでも別れたい訳でもない、ただ一度は結んだ縁の糸が、こんなに簡単に切れてしまったことへの空しさだろうか。
でもゲオルクとは結婚してもしなくても、出会っても出会わなくても、何も残るものはなかったが、この旅には意義があったと、イザベラは思いたかった。
「あ、言い忘れていたことが」とイザベラが、思い出したように一言発すると、ゲオルクは「何でしょう?」と彼女の方を顧みた。
「ロンドンのウォータールー駅で、半ば意識の無かった私を抱き上げて、車まで運んでくださったでしょう? あの時は有難うございました」と、イザベラが笑顔で礼を言うと、ゲオルクは「僕が貴女にして差し上げたことは、それだけでしたね」と言いながら、フッと微笑した。
ミュンヘンへ帰って行くゲオルクを、イザベラは一応駅まで見送ったが、汽車に乗った彼はもう、ホームに立つ彼女の方を見なかった。
イザベラにとって次なる関門は、両親にこの度の結婚と離婚の顛末を説明し、看護学校へ入る決意を伝えることだった。




