26・地獄の業火・血の赤
ローマを発った2人は、まずフランツ・ヨーゼフ皇帝へ離婚の報告をするために、ウィーンへ向かった。
故郷へ戻って皇帝やバイエルン国王、フリードリヒ大公らに、ことの次第を話した時の、人々の反応を思うと、やはり気は重かったが、何を言われても決心は覆すまいと、それぞれ胸に刻んでいた。
しかし旅の途中で何度も話し合い、その全てを枢機卿に打ち明けて、2人の心は幾らか軽くなっていたためか、経由地のフィレンツェやヴェネツィアでは、何のわだかまりも無く、その地の素晴らしさを堪能できた。
フィレンツェではルネッサンス時代の巨匠の作品を、心行くまで鑑賞した後、いつしか2人はアルノ川に掛かる、サンタ・トリニタ橋のたもとへ来ていた。
「ここでダンテはベアトリーチェと出会ったんですよね」と、イザベラが問い掛けると、ゲオルクは「ええ、2度目でしたけど」と簡潔に答えた。
イザベラ「彼は運命の出会いを思っていたけど、彼女の方は何とも思っていなかった。それなのに恋人みたいに書かれて、彼女は迷惑だったでしょうね」
こんな夢の無い言い方に、ゲオルクは幻滅するかもしれないが、もうそんなことはどうでも良い。
何を見ても聞いても、率直に自分の感想を述べるまでだと、イザベラは思った。
「こういう毒舌の罪って、どこの地獄へ行くんでしょうね?」と、イザベラが再びゲオルグに問うと、「さあ、でも阿諛追従(第2層)よりはマシではないですか?」と、ゲオルクは今度は幾らか、自分の意見を交えて答えた。
ヴェネツィアではその珍しい、水の都の風景に感嘆した後、サンタ・マリア・グロリオーサ・ディ・フラーリ教会で、ティツィアーノの『聖母マリアの被昇天』を見学した。
「マリアの衣装の赤の鮮やかさが何とも言えませんね」とゲオルクが評すると、「ティツィアーノはこの赤を出すために、自分の血を混ぜたとも言われていますが、実際私たちが日頃ちょっと怪我をした時に出る血は、もっと赤黒いですよね」とイザベラはまた、情緒の無い話題へ持って行った。
ゲオルクが「戦場で致命傷を負った兵士の血は、もっと鮮やかな色です」と、余り気の乗らない答え方をすると、「私もこれからそんな血を、見なければならないんでしょうね」とイザベラは、今度は真剣な表情でそう言った後、眉間に皴を寄せて口を結んだ。
そうして一行は国境を越えてオーストリアへ入ったが、ウィーンへ近づくに連れ、2人は流石に元の緊張感を取り戻していった。




