21・王女の恋
「その方はギリシャ国王ゲオルギウス1世の末の王子で、クリストフォロ様と言われ、スコットランドを訪問された時に出合って、恋に落ちたのです」と王女は、楽しいとも哀しいとも言えない、複雑な表情で呟いた。年齢的にまだそう昔のことではないのだろう。
「クリストフォロ様は王族の務めを嫌って、ピアノを弾くがお好きで、音楽家になりたいと思っていらしたようです。
ご存知かもしれませんがギリシャ国王も、元はデンマークの王子で、お姉様方はイギリス王妃とロシア皇后ですから、その縁を頼んでかクリストフォロ様にも、幾つかの国から王になって欲しいとの要請があったらしいですが、元々公務嫌いな方でしたから、皆お断りになったそうです」
イザベラはその人のことは知らなかったが、何か“面白そうな”人だと感じ、黙って王女の話の続きを聞いていた。
「そんな身分に囚われず、自由を愛する型破りな人柄に、私も惹かれたのかもしれません。
私たちは結婚を約束し、叔母や従姉たちは好意的だったのですが、肝心の父に反対されました」
「ご身分やお家柄は充分釣り合ってらしたのに、どうして?」と、イザベラが口を挟むと、王女は「女性には魅力的に見えるそのお人柄も、堅実な男性の父には返って、危うく思えたのでしょう。ギリシャはイギリスと宗教も違い、政情が不安定なことも、関係していたようです」と答えた。
「それで私はその恋を諦め、彼は国へ帰ったのですが、皮肉なことに父はその翌年、事故が原因の感染症で亡くなりました」
「まあ、それはお悔やみ申し上げます」
「その後アーサーと婚約したのですが、今にして思えば父の判断は、正しかったような気がします。
アーサーは身分も人柄も申し分なく、この先色んな点で私を、不安にさせるようなことは無いと思いますので」
イザベラは彼女を羨ましく思った。
青春時代にそんな恋をしたことも、それが失恋に終っても立ち直り、再び良い人に巡り合えたことも。
それに比べて自分は・・・と沈鬱になっていた時、「でも心の底にはまだ、クリストフォロ様の面影が残っているのです。あの時もし父の反対を押し切って、彼に付いて行っていたら?という気持ちも」と、王女は遠くを見るような目で呟いた。
「それは無理もないことではありませんか?自分の人生に起こったことを、完全に忘れ去るなんて出来ませんもの」
そう言った後イザベラはしばらく間を置いて、
「道を間違えたと思ったら、すぐに引き返してやり直し、その辛い経験も、より良い道へ進む契機になったと思えば、嫌な記憶にはならないはずです」
それは王女に対すると言うよりも、自分に対する答えだった。
この時イザベラは何かの“召命”を受けたような気がした。




