20・行く川の流れ
サンドラ「申し訳ございません。まだご病気が全快されてないのに、こんなに長話をして、お疲れになったでしょう?」
イザベラ「いいえ、もっとお話を伺いたいくらいですが、お医者様に叱られてもいけませんから、そろそろ夕食の時間ですし、今日はこの辺りで失礼させていただきます」
サンドラ「出来れば全快なさった後も、この近くをお散歩でもしながら、またお話したいですわ。ご主人のお相手は、アーサー(コンノート公)に任せて」
イザベラ「本当、もう何ヶ月も夫とばかり顔を突き合わせていては、たまには女だけの内緒話もしたいですものねえ」と、彼女はつい本音を漏らしてしまった。
病いがほぼ回復して、外出を許されたその日、久々に装いを凝らして、浮き浮きと出掛ける妻に、ゲオルクは目を見張り、「ここへ来て体だけでなく、心も癒されたようだね」と言ったが、イザベラは多くは答えず、「貴男もコンノート公に、よろしくお伝えください」とだけ言って、アレクサンドラ王女との、約束の場所に出掛けて行った。
病院の庭をしばらく散策した後、テムズ川の流れをウエストミンスター橋から眺めつつ、橋を渡ってビッグベンの麓に着いた辺りで、2人は最寄りのベンチに腰掛けた。
サンドラ「これからウェールズに行かれるのですって?」
イザベラ「ええ、雄大な自然や、ウェールズ王国があった頃の古城など、見所が多いそうで楽しみですわ!」
サンドラ「ロンドンも名所は沢山ありますけど、空気が淀んでいますものね。病気なさった後なら尚更、そういう自然豊かな所へ行かれるのが良いと思います、イギリスの中だとスコットランドの北西部とかも・・・」
そう言った後王女は、しばし黙って俯いてしまったので、イザベラはどうしたのかと、王女の方を見ると、王女もイザベラを見返して、「こんなことを申し上げて大変失礼とは存じますが、貴女はご結婚なさる前、どなたか心惹かれた男性や、互いに想い合った男性などおられましたか?」と、遠慮がちに尋ねた。
余りに意外な質問に、「それは・・・」とイザベラが言葉に詰まっていると、王女は続けて「ごめんなさいね、こんなことを口にして。でももし貴女にもそんな経験がおありなら、伺っておきたいと思いまして」と王女は心なしか、寂しそうに呟いた。
そうだ、同じ質問は以前ゲオルクからも受けた。
この方にもかつて結婚したかったけれども、何らかの理由で出来なかった人がいたのだろうか?と、イザベラは考えた。
イザベラがようやく「いいえ、特には」と、ゲオルグに言ったのと同じ答えを返すと、「私、その方とはスコットランドで出会ったんです」と、王女は語り始めた。




