19・ナイチンゲールの生涯
その人の来訪は翌々日のことだった。
彼女ーアレクサンドラ王女は、先王エドワード7世の外孫にあたり、コンノート公からすれば従姉の娘になる。
王女と言われずとも美しく威厳があり、聡明そうな雰囲気に、高貴な血筋という点では、引けを取らないと思っていたイザベラも、自分のやや庶民的な外貌を思って、少し気後れしてしまった。
しかし王女の方はそれだけに、イザベラに心安さを覚えたのか、初対面にしては話が弾んだ。
イザベラ「この病院にはナイチンゲール女史が創られた、看護婦養成学校があるのですってね」
サンドラ「はい、学校が出来たのはもう半世紀前で、卒業生が大勢この病院で働いてますわ。この病室担当の看護婦もそうだと思います」
イザベラ「ナイチンゲール女史は一昨年亡くなったとか?」
サンドラ「ええ、ちょうど90歳でした」
イザベラ「お若い頃からあれほど、精力的に活動されてたのに、長生きなさったのね」
サンドラ「でもクリミア戦争の時に罹った病気の後遺症で、後半生は寝たり起きたりの、お暮しだったようですわ。自ら看護婦活動をされたのも、戦争中の2年ほどだけだったそうですし」
イザベラ「その後はご自分が現場に立てない分だけ、後身の育成に励まれたのですね」
サンドラ「はい、ナイチンゲール女史が、それ以前は貧しい下層階級の女性が担っていた、雑用の一環でしかなかった、病人や怪我人の看護という仕事を、養成機関を作って専門的・体系的に確立なたっさおかげで、戦場でも病院でも、死亡率は飛躍的に下がったとか」
イザベラ「しかし一生働かなくても、優雅な生活が出来たほどの、ジェントリー階級出身の女史が、なぜ看護婦という厳しい道を選ばれたのでしょう?彼女のお若い頃はまだ、この職業は蔑まれていた時代だったと思いますが」
サンドラ「大地主という人は自身は豊かでも、小作人の貧しい暮らしを、見聞きする機会がありますからね。ナイチンゲール女史もたまに、彼らのそんな姿を見て、彼らが短命なのはただ、飢えや激しい労働のせいだけではない、不衛生な環境による伝染病も原因だと気付かれたのでしょう」
イザベラ「それで看護を通じて、そんな貧しい人々を救いたいという、志を持たれたと?」
サンドラ「彼女はそれを“召命”と表現されました」
イザベラ「召命?聖マタイや聖パウロのように、宗教とは真逆の日々を送っていた者が、ある日突然『我に従え!』という、イエス様の声を聞いて信仰に目覚め、精力的な布教活動の末、酷い仕打ちを受けて殉教しても、生涯その声に従い続けたということですか?」
サンドラ「それに近いものだったと思います。まだ女性の意見に懐疑的だった、男性社会を納得させるため、統計学という学問も開拓されたのですから」
イザベラ「偉大な女性ですね!」
サンドラ「でもここの学校は宗教に囚われず、何の宗教でもどこの国の民族でも、目の前に病気や怪我で苦しむ人がいれば、誰にでも手を差し伸べるという精神を掲げているのです」




