18・小さな諍い
「私は死ねなかったのですね」と、イザベラがか細い声で呟くと、ゲオルクは驚いたように、「死にたいなどとお考えになっていたのですか?」と、彼女とは対象的に声を大にした。
「そうではありませんが、私がここで死ねば、新妻を新婚旅行中に亡くした夫は、妻の冥福を祈るために修道院へ入った。世間は死んだ者にも遺された者にも同情し、全くの美談で何らスキャンダルにはなりませんからね」と、イザベラは聊か皮肉っぽく言った。
「僕が少しでもそう考えたと思われたのなら、余りに心外なことです!」
強面気味のゲオルクが本気で怒ると、イザベラも流石に怖いと感じ、それ以上の悪い冗談は言わずに、 「コンノート公はどんな方でしたか?」と話を逸らした。
「僕がずっと貴女の側に付いていなかったことを、怒っておられるのですか?」
「いいえ、貴男にもお立場やお役目があるでしょうから、私に付き切りという訳にも行かないでしょう。それより何の面識もない私を気遣って、こんな良い病院で適切な治療を施して下さったおかげで、命を取り留めたことに、公爵様にはよくよく御礼申し上げなければ」
「それは僕が昨日お訪ねした時に、よく申し上げておきました。コンノート公と来年結婚される予定の、アレクサンドラ王女も同席されましたが、貴女にお会いできなかったのが、残念だと仰ってましたよ」
コンノート公はヴィクトリア女王の孫にあたる人で、ゲオルクより3歳年下だが、やはりイギリス軍の竜騎兵連隊所属の大尉ということで、お互い年齢も境遇も似通っているためか、気が合ったようだ。
「せっかく良いお友達が出来たのなら、私に構わずここに居る間、親交を深めて下さい。私はもう快方へ向かっていますし、医師や看護婦の言う通りにしていたら、まもなく退院できるでしょうから。」と、イザベラは屈託なくゲオルクに勧めた。
明るい話題に転じたことで、彼の怒りも収まったらしい。
「アレクサンドラ王女は、貴女の容態が落ち着いたら、一度お見舞いに行こうかとも仰ってました。王女も貴女より3歳年下で、来年結婚されるそうだから、お話が合うかもしれませんね」と、ゲオルクは言ったが、新婚旅行中でありながら、私たちがこんな変則的な関係だとは、流石に誰も想像できないだろうと、イザベラは再び皮肉な笑いを浮かべた。




