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1・懐中時計の写真

 イザベラはボヘミアのプレスブルグ城(現スロヴァキア共和国の首都プラチスラヴァ)で、ハプスブルグ家の分家テシェン公爵家の当主フリードリヒ大公の、9人姉弟の第7子として生まれた。

 上の8人までが女子で、9人目にやっと男子のアルブレヒトが生まれた時は、大公妃のイザベラはもう40歳だった。

 それから約10年後、大公妃がそろそろ上の娘たちの、婿探しに奔走し始めた頃、時の皇太子フランツ

・フェルディナントが、何故か頻繁にプレスブルグを訪れるようになっていた。

 ウィーンからプレスブルグは、馬車で日帰りできるほどの距離だったが、大公妃はそれを皇太子が、適齢期に差し掛かった上の娘たちの誰かを、花嫁候補にと考えているのではないかと期待し、周囲にもそう思う人が多かったようだ。

 皇太子はもう30を過ぎていたが、まだ独身だったから。


 そんなある日皇太子は、プレスブルク城の庭園でテニスに興じた後、ベンチに懐中時計を忘れて行った。

 それは使用人の手から大公妃に届けられ、彼女が何気なくその時計の蓋を開けて見ると、蓋の裏に1人の女性の写真が入っていた。

 だがそれは娘たちの誰でもなく、城の侍女ソフィ・ホテクの姿だったのである。

 ゾフィの実家は神聖ローマ帝国時代に、爵位を賜った歴史ある伯爵家だが、皇太子妃すなわち未来の皇后になれる身分ではなかった。

 てっきり自分の娘目当てに、足繁く通って来ていると思っていた皇太子を、よりによって貧乏貴族の侍女風情に横取りされるとは!と、大公妃は聊か筋違いな怒りを発し、理由も告げずに即刻ゾフィを解雇した。

 そしてこの話はウィーン宮廷にも広まった。


 しかし2人の仲は昨日今日のものではなかったらしく、この先のしばらくは結婚を望む皇太子と、猛反対するフランツ・ヨーゼフ皇帝との確執は続いた。

 だが皇太子の継母で、エリザベート皇后亡き後、皇后代理を務めていた皇帝の亡弟カール・ルートヴィヒの未亡人マリア・テレジア大公妃のとりなしもあって、その結果双方が少しずつ歩み寄り、ようやく結婚は許されたものの、その後の2人を待ち受けていた運命は、約百年後に生きる我々も、遍く知っているため、ここでは省略するが、その悲惨な結末は彼らだけでなく何千何万、いや何百何千万の人々を巻き添えにすることになる。

 勿論ハプスブルグ家の面々も例外ではなかったが、その中で我が友イザベラは、他の人々とは聊か変わった関り合いをしたと言えるだろう。

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