青春研究部
「どういうことだ」
俺はぶっきらぼうにそう返した。
正直なところ、早く帰りたかった。
転校初日からクラスの中心に立ち、男女問わず人を集めていた少女。そんな奴が、なぜわざわざ俺なんかを呼び止めるのか。
嫌な予感しかしない。
しかし、諏訪之瀬はそんな俺の気持ちなど知ったことではないと言わんばかりに、平然と答えた。
「理由は簡単よ、沢村君」
「簡単?」
「ええ。あなたは、このクラスで一番私の席に近い」
「……それだけ?」
「それだけよ」
あまりにも堂々と言うので、俺のほうが戸惑ってしまった。
確かに、俺の席は彼女の隣だ。
朝、教室に入ったときに置かれていた謎の机。
その正体は、転校してきた諏訪之瀬はじめのものだった。
つまり俺は、今日から美少女の隣の席になったわけだ。
普通の男子高校生なら、喜ぶのかもしれない。
だが俺は違う。
席が近い。
だから何だ。
人生において、席が隣だからといって何かが保証されるわけではない。
恋愛に発展する保証もない。
青春が始まる保証なんて、もっとない。
そもそも――。
「なのに」
諏訪之瀬が俺の思考を遮る。
「あなた、一度も私に話しかけてこなかったでしょう?」
「……まあ」
「休み時間も」
「まあ」
「昼休みも」
「そうだな」
「放課後になっても、さっさと帰ろうとした」
「それは帰りたいからだ」
「つまり」
彼女は腕を組み、俺を見つめた。
「あなたは、私にまったく興味がない」
「そうなるな」
「そんなの――」
一瞬、彼女は真顔になった。
「心が腐っているとしか言いようがないわ」
「それはたいそうな自信をお持ちで」
俺はため息をついた。
初対面の相手に心が腐っていると言われるとは思わなかった。
しかも理由が「美少女である自分に話しかけなかったから」。
随分とまあ、自己評価の高い奴である。
「じゃあ、これでいいだろ」
俺は鞄を肩に掛けた。
「俺は帰る」
「待ちなさい」
「……まだ何かあるのかよ」
「えぇ」
諏訪之瀬は、当然のように頷いた。
そして、なぜか少しだけ得意げな顔をする。
「沢村君」
「なんだよ」
「あなたには特別に――」
彼女は一拍置いた。
「私の部員メンバー第一号にしてあげるわ」
「は?」
思わず聞き返した。
部員?
何の?
「……今、何て言った?」
「だから、私の部員第一号よ」
「いや、だから何部だよ」
「それはまだ決まっていないわ」
「決まってないのかよ」
俺は頭を抱えた。
この女、どうやら思っていた以上に面倒くさい。
「そもそも、部員って何だよ。部活でも作るのか?」
「ええ」
「何のために?」
「青春のためよ」
「……」
俺は黙った。
聞き間違いかと思った。
「青春?」
「そう」
「青春って、あの青春?」
「他に何があるの?」
諏訪之瀬は不思議そうに首を傾げる。
俺は窓の外を見る。
夕焼けに染まった校庭。
部活動に励む生徒たち。
遠くから聞こえてくる運動部の掛け声。
なるほど。
いかにも青春らしい光景だ。
そして俺は、今日の朝に考えていたことを思い出した。
アオハル――すなわち青春とはクソである。
不確実で、理不尽で、努力が報われる保証もない。
そんなものに、俺は興味がない。
「断る」
即答した。
「なぜ?」
「青春が嫌いだから」
「……本気?」
「ああ」
「なら、なおさら入るべきね」
「なんでそうなる」
「嫌いなものほど、実際に経験してみなければ本当のことは分からないでしょう?」
「それは屁理屈だ」
「そうかしら」
彼女は一歩、俺に近づいた。
「それに――」
「それに?」
「あなたが私に話しかけなかった理由も、少し興味があるの」
その言葉に、俺は眉をひそめる。
「俺に興味を持ってどうする」
「いつもぼっち飯しているようなやつと関係を構築して」
「さあ?」
諏訪之瀬は微笑んだ。
今日初めて見る、少しだけ楽しそうな笑顔だった。
「それをこれから確かめるのよ」
「……勝手な奴だな」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
どうやら、この女に何を言っても無駄らしい。
俺は今度こそ鞄を持ち直した。
「じゃあな」
「待って」
「今度は何だよ」
「まだ入部届に名前を書いてもらってないわ」
「だから入らないって――」
そう言いかけて、俺は机の上に置かれた一枚の紙に気づいた。
そこには大きく、こう書かれていた。
『青春研究部』
そしてその下には、すでに俺の名前が書かれている。
「……おい」
「何かしら?」
「これ、俺の許可取ったか?」
「取ってないわ」
「なら消せ!」
俺の平穏な高校生活は、その瞬間、終わりを告げた。




