第22話 自分の声で
気づけば、カラオケもすっかり盛り上がっていた。
エリカが立て続けに何曲か歌い、
今はミナミがマイクを握っている。
「イェーイ!」
最後の音が鳴り終わると、
ミナミは片手を高く突き上げ、
勝利のポーズを決めた。
「おおーっ!」
エリカが真っ先に拍手を送り、
琴音もつられて小さく手を叩いた。
「ぷはーっ! やっぱカラオケって最高!」
ミナミは満足そうにマイクを下ろし、
ソファに戻ろうとした。
その時、次の曲のイントロが流れ始めた。
画面が切り替わり、
軽快なリズムに合わせて、
色鮮やかなアニメのオープニング映像が映し出される。
「あっ! アニソンじゃん!」
「あっ……こ、これ……!」
琴音が小さく声を上げた。
ミナミはぱっと目を輝かせ、
隣に座っていた琴音に顔を向けた。
「琴音ちゃん、知ってる?」
「は、はい……このアニメ、大好きで……」
「じゃ、一緒に歌お!」
「えっ!? わ、私も……?」
「いいからいいから!」
琴音が返事をするより先に、
ミナミはもう一本のマイクを彼女の手に握らせていた。
はじめのうち、琴音はソファに座ったまま、
両手でマイクをぎゅっと握りしめていた。
歌声も、ほとんど呟きに近いほど小さかった。
ミナミの声に、すっかりかき消されていた。
けれど。
曲がサビに近づくにつれ、
琴音の声は少しずつ大きくなっていった。
「決めつけないで……あたしの未来を!」
琴音が立ち上がった。
さっきまでとは違う、力のこもった歌声。
ミナミはそんな彼女を見て、にっと笑った。
そして、自分も負けじと歌い続ける。
「――世界が勝手に描いたルートを!
はみ出したって笑ってやるよ!」
曲はますます盛り上がっていく。
琴音も今では、
ミナミに負けないくらいの声で歌っていた。
「誰かに定義される人生なんて――」
二人の視線が合った。
「――いらない!」
声をそろえて、
最後の一節を思いっきり歌い上げる。
激しいアウトロが、
カラオケルームいっぱいに響き渡った。
「うわっ! マジかっこよかった!」
エリカが大きな拍手を送る。
琴音は肩で息をしながら、
ミナミをちらりと見た。
それから恥ずかしそうに俯き、
自分の席へ戻ってマイクを置いた。
ミナミも笑顔でソファに腰を下ろす。
「琴音、結構歌えるじゃん!」
エリカが琴音の腕をぽんと叩いた。
「そ、そんな……えへへ……」
琴音は照れくさそうに笑った。
そんな和やかな空気の中、次の曲が流れ始めた。
今度は、いかにも時代を感じさせる、
昔ながらの男性ボーカルのラブソングだった。
「あー、これ適当に入れたやつだ。ごめん」
エリカが眉をひそめ、
タブレットのスキップボタンに指を伸ばす。
「おい、ちょっと待て!」
突然、竜二が声を上げた。
「……その曲、俺が歌う」
そう言って、琴音が置いたマイクを手に取った。
軽く咳払いをした竜二の口から、
低く太い歌声が流れ出した。
竜二は落ち着いた調子で、昔ながらのラブソングを歌い始めた。
「……歌い方も、普通におっさんじゃん」
エリカがぼそっと呟く。
すると、ミナミが彼女の腕を軽く叩いた。
「せっかくおっさんがその気になったんだし、
好きに歌わせてあげよ?」
小声でそう言われ、
エリカはふっと鼻を鳴らした。
それでも、
しばらくすると曲に合わせて手拍子を始めた。
やがて曲が終わり、
みんなから拍手が送られる。
「ふぅ……」
竜二は大きく息を吐いた。
しばらくマイクを握ったまま立っていたが、
やがてそっと下ろした。
「久しぶりに歌ったな……。いや、すっきりしたぜ」
「さて、と!」
ミナミがマイクを手に取った。
「まだ歌ってない人が一人いるよね!」
彼女が振り向いた先には、
相変わらず静かにマラカスを振っているナツコがいた。
「ナツコちゃん!」
ミナミは彼女にマイクを差し出す。
「まだ歌ってないじゃん!」
ナツコは差し出されたマイクを見つめた。
だが、受け取ろうとはしない。
「ミナミ様。私は皆様の娯楽をサポートする立場ですので、
私自身が歌う必要は……」
「いや、あたしたちがナツコの歌を聴きたいんだって!」
エリカが半ば強引に、
ナツコの手へマイクを押しつけた。
「…………」
ナツコは手の中のマイクを見つめる。
そしてゆっくり立ち上がり、画面の前へ移動した。
「それでは――失礼いたします」
次に流れるのは、難易度の高いポップソングだった。
ナツコの頬のインジケーターが、微かに点滅した。
イントロが流れ始めた。
ナツコは背筋をぴんと伸ばし、
両手でマイクを握る。
そして、寸分の狂いもないタイミングで歌い始めた。
最初はみんなも、
楽しそうに手拍子を送っていた。
だが、聴いているうちに、
何かがおかしいことに気づき始めた。
音程はもちろん、息継ぎのタイミングも、
ビブラートのかけ方も完璧だった。
それだけではない。
声そのものが、原曲の歌手とまったく同じなのだ。
やがて、ナツコは最後の一節まで完璧に歌い終えた。
アウトロが終わる。
画面に、大きな赤い数字が表示された。
100点。
「……すごっ」
エリカは画面を見上げ、それからナツコを見た。
「いや、上手すぎでしょ……」
「てか、今のって原曲の歌手の声じゃん?」
「はい、エリカ様」
ナツコは振り向いた。
「先ほどデータベースを参照し、
原曲の歌手の声質と歌唱技術を高精度で再現いたしました」
「ナツコちゃん……」
ミナミが口を開く。
「あたし、別に誰かの声を真似しなくてもいいと思うんだけど」
「――ですが、私は楽曲を完璧に再現しました。
採点結果も満点です」
「そうじゃなくてさ!」
エリカがもどかしそうに声を上げる。
「あたしたちは、ナツコ自身の声が聴きたいんだって!」
「しかし、技術的には、
音声は確かに私の発声システムから出力されています」
「……本人がそれでいいってんなら、好きに歌わせてやれよ」
竜二が口を挟んだ。
ナツコは不思議そうに首を傾げた。
「特に、その歌い方が好きというわけではありません、竜子様」
「ただ、システムが算出した最適解です」
「……あ、あの……」
琴音が小さく声を上げた。
「だったら……」
彼女は少し迷ってから、言葉を続ける。
「誰かの歌声を再現するモデルじゃなくて、
もっとシンプルな音声合成モジュールを使ってみたら……?」
「昔のボーカロイドみたいな感じで……!」
「……ボーカロイドのような歌声、ですか?」
ナツコはしばらく考え込んだ。
涙ぼくろ型インジケーターが橙色に点滅する。
「誰かの声を複製するのではなく――」
「私自身の音声合成システムが持つ音色を使う……」
「これまで試したことはありませんが……やってみます」
ナツコは再びマイクを握った。
琴音が素早くタブレットを操作し、
先ほどの曲をもう一度予約する。
やがて、音楽が流れ始めた。
今度、ナツコの口から聞こえてきたのは、
原曲の歌手の声ではなかった。
どこか懐かしい、電子音の響きを残した歌声。
昔の電子の歌姫を思わせる、独特の音色だった。
室内のライトが回る中、ナツコはみんなの方へ体を向け、
リズムに合わせて軽く体を揺らし始めた。
「あっ……!」
琴音の目がぱっと輝いた。
「こ、この声……!」
思わず立ち上がる。
「す、すごい……! 昔の電子の歌姫みたい……!」
「え? そう?」
エリカは首を傾げ、しばらく耳を澄ませた。
「……でも、意外とかわいいじゃん」
音程は相変わらず正確だった。
それでも、
原曲の歌手を完璧に再現していた先ほどとは、
まるで違う歌に聞こえた。
「ナツコちゃーん!」
突然、ミナミが手を振った。
「サビ、一緒に歌お!」
「……はい、ミナミ様」
ナツコがわずかに顔を向ける。
サビが始まると、
ミナミももう一本のマイクを取り、歌い始めた。
はじめは、ナツコも原曲どおりに歌っていた。
だが、ミナミの歌声が聞こえてくると、
ナツコも少しずつ歌い方を変えていった。
ミナミが一節を歌えば、
ナツコが次の一節を受け取る。
高い声と低い声が、交互に響き合った。
「おおっ! いいじゃん!」
エリカも歓声を上げた。
琴音も、思わず二人に合わせて歌い始める。
「あっ……あ、あの……! ここ、ハモりを入れたら……!」
「いいじゃん! やろやろ!」
ミナミがすぐに応じた。
ナツコは琴音を見て、それからミナミを見た。
橙色のインジケーターが、微かに点滅する。
そして、もう一度マイクを持ち上げた。
今度は原曲の歌手のハーモニーを再現するのではなく、
先ほど自分で選んだ電子音の声で、琴音の歌声に重ねていく。
三つの異なる歌声が、カラオケルームに響き渡った。
最後の音が鳴り終わる。
「イェーイ!」
ミナミが片手を高く突き上げた。
「ナツコちゃん! 最高じゃん!」
「うわぁ……! さ、さっきのハモり……!」
琴音も興奮した様子で拍手を送る。
「す、すごくよかったです……!」
「そうそう! こっちのほうがいいじゃん!」
エリカも笑っていた。
「まだ機械っぽい声だけどさ、普通にめっちゃ個性的だし!」
ナツコはマイクを下ろした。
「……ありがとうございます、皆様」
ちらりと採点画面を見る。
すでに新しい点数が表示されていた。
だが、誰もその数字を気にしていないようだった。
「てかさ、ナツコちゃん!」
ミナミが彼女の前へやってきた。
「さっきの声、すっごく似合ってたよ!」
「……私に、似合っていたのですか?」
「うん!」
ミナミは笑顔で頷いた。
「なんか、すっごくナツコちゃんらしかった!」
「……私らしい」
ナツコは小さく繰り返した。
「ですが、先ほどは高精度の歌唱モデルを使用していません」
「だから何?」
エリカが横から口を挟む。
「さっきのほうが、みんな楽しそうだったじゃん!」
ナツコは四人を見回した。
琴音はまだ興奮した様子で、ミナミと電子音の歌声について話している。
エリカは笑いながら、選曲用のタブレットを手に取っていた。
竜二も、珍しく少しだけ笑みを浮かべている。
「…………」
頬の小さな光が、ゆっくりと青に戻った。
「……なるほど」
彼女は小さく頷いた。
「それでは、次回もこの歌い方を試してみます」
「もちろん!」
ミナミが手を差し出した。
ナツコもそれに応じる。
ぱちん、と軽い音が鳴った。
「また一緒に歌おうね!」
「……はい、ミナミ様」
ナツコの顔に、淡い笑みが浮かんだ。
「ちょっとちょっと! 待って!」
その時、エリカが突然立ち上がった。
「せっかくこんな盛り上がってんのに、写真撮らないとかなくない?」
そう言って、持っていた小さなバッグをごそごそと探り始める。
そして、手のひらサイズの小さなインスタントカメラを取り出した。
「じゃーん! 撮った写真がその場で出てくるやつ!」
「ええっ!? エリカ、そんなのまで持ってきてたの!?」
ミナミが目を丸くした。
「何? 文句ある?」
「あるわけないじゃん! マジ最高!」
「じゃ、みんな集まって!」
エリカが四人を手招きする。
琴音は慌てて端の方へ移動し、竜二は何が何だかわからない顔をした。
「……俺も撮るのか?」
「当たり前じゃん! 五人いるんだから、全員写んなきゃ意味ないっしょ!」
「……ちっ」
竜二は不満そうに舌打ちしたものの、結局はみんなのところへ歩いてきた。
一方、ナツコは背筋をまっすぐ伸ばし、いつものVIG対応用の笑顔を浮かべていた。
「ナツコちゃん! 何その顔!」
ミナミが思わず笑い出した。
「証明写真じゃないんだから!」
「……では、どのような表情が適切でしょうか?」
「ははっ! 何でもいいって! 楽しかったら笑えばいいんだよ!」
「……承知しました」
ナツコは少しだけ首を傾げた。
琴音もおずおずと、彼女の隣へ寄ってくる。
「よし! いくよー!」
エリカはカメラをテーブルの端にセットし、
セルフタイマーを起動した。
「さん、にー、いち!」
「イェーイ!」
カシャッ!
シャッター音が響いた。
画面の中では、ミナミとエリカが派手なギャルピースを決めていた。
琴音は肩をすぼめながら、小さなピースサインを作っている。
竜二は端の方に押し込まれ、いかにも不本意そうな顔。
そして真ん中のナツコは、少しぎこちない笑みを浮かべていた。
「はははっ! おっさん、何その顔!」
「うるせぇ!」
部屋に再び笑い声が響く。
しばらくすると、小さなカメラから一枚の写真が出てきた。
「できた!」
エリカは写真を手に取り、満足そうに眺めた。
「結構いい感じじゃん!」
「見せて見せて!」
ミナミがすぐに顔を寄せる。
「あっ! 琴音ちゃんもかわいく写ってる!」
「ええっ!? わ、私が!?」
「そうだよ! ほら!」
「うぅ……そんなに見ないでくださいぃ……!」
エリカは笑いながら、写真をナツコに渡した。
さらにバッグからペンを取り出す。
「はい、ナツコ」
「……はい?」
「ナツコも何か書いてよ! 記念にさ!」
ナツコは写真を受け取った。
そこに写る五人を、じっと見つめる。
しばらくの間、何も言わなかった。
涙ぼくろ型インジケーターが、橙色に変わる。
やがてナツコは写真を裏返し、
写真の裏に何かを書き込んだ。
「……ちょっとちょっと!」
ミナミが思わず笑い出した。
「ナツコちゃん! そっちじゃないって!」
「……?」
ナツコは手を止め、すぐに写真を表に返した。
「裏面に書いてはいけないのですか?」
「いや、ダメじゃないけどさ!
普通は写真にハート描いたり、名前書いたりするじゃん?」
エリカも横から覗き込んだ。
「そうそう! せっかくの記念写真なんだから、表に書かなきゃ!」
「……なるほど」
ナツコはペンをしまい、改めて写真の表側に目を向けた。
「それでは、これでよろしいかと思います」
「えっ? 何も描かないの?」
「はい、エリカ様」
ナツコはミナミへ写真を差し出した。
「……この写真は」
少し間を置いて、続けた。
「もう、十分素敵だと思います」
「へへっ、確かに!」
ミナミは笑顔で写真を受け取った。
そこには、肩を寄せ合う五人の姿が写っていた。
どう見てもギャルには見えないおっさんと、
笑顔がちょっとぎこちないアンドロイドまでいる。
「よーし! 大事に取っとこ!」
ミナミはそう言って、
写真を大切そうにしまった。
ナツコは、その様子をじっと見つめていた。
そして。
ほんの少しだけ、笑った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回、ミナミと琴音が一緒に歌っていたアニソンですが……実は、あの曲は本当に存在します!
曲名は『定義外』。
本作のテーマに合わせて、音楽生成AI「Suno」を使って制作したオリジナル曲です。
作中では歌詞の一部も登場していますが、「自分らしく生きること」や「誰かに決められた枠にとらわれないこと」をテーマにした一曲になっています。
興味のある方は、ぜひ聴いてみてください!
♪ 『定義外』
https://suno.com/s/wlKNLlZyFDz0Gk5Z
AIが反乱した世界を描く小説の作者が、AIを使って曲を作っているというのも、なんだか妙な話ですが……(笑)。
そして今回、ナツコちゃんも少しだけ「自分らしさ」を見つけられたのかもしれません。
五人の記念写真も含めて、楽しんでいただけたら嬉しいです!
感想や応援、評価などもいただけると、とても励みになります!
それでは、また次回!




