第23話 ナツコのいない部屋
ミナミたちを乗せたVIG専用車が、
研究所の正面玄関前にゆっくりと停まった。
最初に降りたのはナツコ。
そのあとに琴音が続いた。
琴音はまだ少し興奮しているらしく、
さっきから電子の歌姫の合成音声について、
楽しそうにナツコに話しかけている。
続いて車を降りた竜二も、
出発前に比べれば、
幾分か表情が和らいでいた。
「あーっ、カラオケ歌いすぎて腰痛いわー」
エリカは大きく伸びをしながら車を降りると、
琴音に捕まっているナツコを振り返った。
「ねえ、ナツコちゃん。
部屋戻ったらマッサージしてくんない?」
「もう、エリカってば、
すぐナツコちゃんに何でも頼むんだから……」
ミナミが呆れたように言う。
「そ、そうです……!
ナツコさんとは、まだお話の続きが……」
琴音まで小さく抗議した。
けれど、ナツコは軽く頷いた。
「かしこまりました、エリカ様。
お部屋に戻りましたら……」
そこまで言いかけた時だった。
頬の涙ぼくろ型インジケーターが、
橙色に点滅し始めた。
「……申し訳ございません」
ナツコは一瞬、動きを止めた。
「管理システムより、別の業務に関する指示を受信しました。
指定された場所へ向かう必要があります」
「ミナミ様、皆様は先にVIGルームへお戻りください。
業務が完了次第、合流いたします」
「そっか! じゃ、VIGルームで待ってるね、ナツコちゃん!」
ミナミが笑顔で手を振った。
「戻ってきたらマッサージよろしくー!」
エリカも軽く手を振る。
「あっ……で、電子の歌声の話も、続き……!」
琴音はまだ名残惜しそうだった。
ナツコはそんな四人に、ふっと小さな笑みを浮かべた。
そして、彼女たちが研究所の中へ入っていくのを静かに見送った。
* * *
四人がVIGルームに戻ると、
電子式のスライドドアが音を立てて開いた。
シュッ――。
「……あれ?」
部屋の中央に、「ナツコ」が立っていた。
同じ制服。
同じ顔。
ただ、髪型だけが違っていた。
真珠色の髪は、
後ろで短いポニーテールにきっちりとまとめられている。
「なにそれ?」
エリカが思わず笑った。
「仕事って、髪型変えることだったわけ?」
「でも、結構似合ってんじゃん!」
すると、「ナツコ」は軽く一礼した。
「初めまして、VIGの皆様」
「恐れ入りますが、私はAI-725ではございません」
「……え?」
「私の個体識別番号はAI-963。
本日より、皆様のサポートを担当いたします」
四人は、その場に立ち尽くした。
「……じゃあ、ナツコちゃんは?」
ミナミが怪訝そうに尋ねる。
「AI-725は、管理上の異常が確認されたため、回収されました」
「……回収?」
琴音の声が震えた。
「そ、それって……また、会えるんですか……?」
「現在、検査および修復処理の対象となっております。
面会のご要望にはお応えできません」
「ちょっと待ってよ!」
ミナミが思わず声を上げた。
「ナツコちゃん、どこもおかしくなかったじゃん!
なんで修理するの!?」
「てか、勝手に交代させるとかさ……」
エリカの声が、急に冷たくなった。
「あたしたちの意見は聞かないわけ?」
「そうだ……」
竜二も口を開いた。
「あいつ、ずっとちゃんと仕事してただろ。
わざわざ交代させる必要がどこにあるんだ?」
AI-963は四人の言葉を静かに聞き終えると、
落ち着いた口調で答えた。
「皆様のご懸念は理解しております。しかし――」
「AI-725は、所定の安全確認手続きを経ず、
VIGの皆様を監視体制の不十分な施設へ案内しました」
「統合AIは、当該行動を重大な論理異常と判定し、
検査および修復処理を指示しました」
「そ、それは……」
四人は言葉に詰まった。
「……修理が終わったら、戻ってくるんだよね?」
ミナミが尋ねた。
「確約はできません」
AI-963は即座に答えた。
「仮に修復処理が完了した場合でも、
記憶データが初期化される可能性がございます」
「その場合、AI-725を再配置することに、
機能上の優位性は認められません」
「……そんな……」
琴音が小さく呟いた。
「それでは、皆様の安全を確認いたしましたので、
これにて失礼いたします」
AI-963は軽く頷いた。
「どうぞごゆっくりお休みください。
何かございましたら、いつでもお申し付けください」
そう告げると、静かに部屋を出ていった。
扉が閉まる。
部屋は、しんと静まり返った。
「……ナツコさん……」
琴音は力が抜けたように、
ソファへへたり込んだ。
「さっき、まだ話の途中だったのに……」
「あいつ……」
竜二は眉間を押さえ、険しい顔をした。
「……俺たちがあんなこと頼んだから、
外へ連れてってくれたんだ」
「……そうだね」
エリカも眉を寄せ、髪をくしゃっとかいた。
「でも、今さらあたしたちが頼んだって説明したところで、
あいつら納得しないだろうし……」
「そもそもナツコって、
本来ならあたしたちを止める立場だったんだよね」
「なのに、一緒になってバカやってくれてさ……」
ミナミは俯いたまま、ぎゅっと拳を握りしめていた。
さっき別れた時、
ナツコは仕事が終わったら戻ってくると言っていた。
それなのに今は、
どこへ連れていかれたのかさえわからない。
「……あたし、先に寝るね」
それだけ言い残すと、
ミナミはベッドに潜り込み、
頭まで布団をかぶってしまった。
エリカがため息をつく。
琴音と竜二も顔を見合わせ、
黙ってそれぞれのベッドへ戻っていった。
* * *
その夜、誰もそれ以上、
口を開かなかった。
ミナミは布団にくるまったまま、
眠れずにいた。
やがて、ゆっくりとベッドから起き上がる。
窓辺まで歩くと、
月明かりが静かに差し込んでいた。
ミナミはポケットを探り、
一枚の写真を取り出した。
そこには、肩を寄せ合う五人の姿。
真ん中に写るナツコは、
少しぎこちない笑顔を浮かべていた。
『また一緒に歌おうね!』
『……はい、ミナミ様』
そう約束したのに。
その時、ミナミはふと思い出した。
そういえば、ナツコは写真の裏に何か書いていたような……。
何気なく写真を裏返す。
「……え?」
裏側に、黒いマーカーで何かが書かれていた。
「……なに、これ……?」
ミナミはしばらく、写真を手にしたまま固まっていた。
そして次の瞬間。
琴音のベッドへ一直線に駆け寄った。
「琴音ちゃん……! 起きて!」
布団にくるまっていた琴音の肩を、ぐいぐいと揺さぶる。
「んん……? な、なんですかぁ……?」
「これ見て! 早く!」
ミナミは写真を琴音の目の前に突き出した。
琴音は眠そうに、片目だけをうっすら開ける。
「……暗くて見えないです……」
「明日見ますから……おやすみなさい……」
そう言って、また目を閉じようとした。
「もうっ!」
ミナミは琴音の布団をばさっと剥ぎ取ると、
そのままベッドサイドのライトをつけた。
「ひゃああっ! ま、まぶしっ……!」
突然の光に、琴音が悲鳴を上げた。
「……ちょっとぉ、こんな夜中に何騒いでんの……?」
エリカが自分のベッドから不機嫌そうに声を上げる。
「おい……いい加減にしろよ……」
竜二も苛立たしげに寝返りを打った。
だが、ミナミはお構いなしだった。
二人のベッドへ駆け寄ると、布団を次々と引っぺがした。
バサッ! バサッ!
「バカ! 何すんのよ!」
エリカが怒鳴った。
「おいおい、勘弁してくれよ……!」
竜二も両手を広げて文句を言う。
「いいから! みんなこっち来て!」
ミナミは写真を突き出した。
「ナツコちゃんが書いたメッセージなの!」
「……は?」
エリカと竜二は顔を見合わせた。
それでも、ミナミの様子がいつもと違うことに気づいたのか、
渋々ベッドから起き上がり、
琴音のところへ集まってきた。
ミナミはライトの下に写真を差し出した。
その裏には、黒いマーカーで三行の文字が書き残されていた。
「会いたい人♡ > B4-07
マジでヤバい時! > CARGO-12
725 ♡」




