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第21話 歌ってる場合じゃない!

ナツコは平然と選曲用のタブレットを手に取り、

エリカに差し出した。


「まずは何曲か入れてください」


「……今は歌ってる場合じゃねぇだろ!」


竜二がたまらず怒鳴った。


「ま、落ち着きなって、おっさん」


しかしエリカは平然とした顔で、

タブレットを手早く操作し始めた。


「……ナツコがわざわざここまで連れてきたんだし」


画面から目も離さず、次々と曲を予約していく。


「……さすがに、ただカラオケしに来たってわけじゃないっしょ」


選曲を終えると、タブレットをぽいっとソファに放り投げた。


「ね?」


スピーカーから音楽とガイドボーカルが流れ始めた。


天井では色とりどりのライトが回り、

室内を派手に照らし出す。


そこでようやく、ナツコが口を開いた。


「――おっしゃる通りです、エリカ様。ご説明いたします」


「VIGルームでは、皆様だけでお過ごしの場合、

監視は主に安全確認を目的としています。

しかし、私のような管理AIが入室すると、

会話の記録が詳細になり、監視レベルも引き上げられます」


流れる音楽の中、ナツコは天井のカラフルなライトを見上げた。


その光が、彼女の顔を次々と違う色に染めていく。


「一方、このカラオケルームは研究所の中枢監視システムに直接組み込まれた施設ではありません。

さらに、伴奏や反響音が重なることで、

中央システムによる会話解析の精度を低下させることができます」


「あっ……!」


真っ先に反応したのは琴音だった。


「つ、つまり……会話の内容を解析されにくくするため……ですか?」


「はい。ただし、完全に監視を回避できるわけではありません」


ナツコは四人を見回した。


「ですので、できるだけ手短にご説明します。

よくお聞きください」


ミナミたちはすぐに頷いた。


竜二も身を乗り出し、耳を傾ける。


「現在、皆様はVIGとして認定されていますが、

あくまで『保護対象』という扱いです」


ナツコは説明を続けた。


「ミナミ様とエリカ様には、

すでに一定のギャル教育の指導実績があります」


「そこで、四名で構成されるチームとして、

より高い教育的価値を示すことができれば、『

教育指導協力者』などの資格を取得できる可能性があります」


「その資格を取得すれば、正式な手続きを通じて、

統合AIとの直接交渉を申請できるようになります」


「許可なく中枢システムに近づく必要もありません」


「ちょっと待て」


竜二が口を挟んだ。


「指導実績って、どれくらい時間がかかるんだ?」


「由美子が移送されるまでに、本当に間に合うのか?」


「保証はできません」


ナツコは静かに答えた。


「ですが、移送命令が実行される前に十分な実績を積めれば、

特別交渉を申請できる可能性があります」


「…………」


竜二は頭をかいた。


焦る気持ちはある。


だが、今のところ、

ほかにいい方法が思いつかない。


一方、ミナミは琴音と竜二をちらりと見た。


コミュ障のオタク少女と、女装したおっさん。


そもそも、

この二人を「ギャル」と言い張ること自体、かなり無理がある。


それなのに、今度は人にギャルのなり方を教えるって?


ミナミが疑問を口にしようとした、

その時。


「……いや、この二人が先生?」


エリカが先に口を開いた。


「無理でしょ、普通に」


腕を組み、二人をじっと見つめる。


「ま、まあ……」


竜二は気まずそうに視線をそらした。


「ひぃっ……! あ、あんな大勢の前でしゃべるなんて……」


琴音も顔を青くして、必死に両手を振る。


「む、無理です……絶対無理ぃ……!」


そんな二人を見て、ミナミが口を開いた。


「ねえ、ナツコちゃん。あたしとエリカだけで授業を続けて、

二人で申請するんじゃダメなの?」


「ミナミ様、いいご指摘です。

不可能ではありませんが、それでは時間が足りません」


「えっ?」


「由美子様の移送が行われる前に申請する必要があります。

通常の方法では、間に合わない可能性が高いのです」


ナツコはさらに説明を続けた。


「現在、統合AIが最も重視しているのは、

さまざまなタイプの人間をギャルへと変化させる教育方法の確立です」


「ミナミ様とエリカ様は、もともと生粋のギャルに分類されています」


「それに対して――」


ナツコは琴音に目を向けた。


「琴音様は『地雷系コミュ症陰キャ特化型ギャル』です」


「内向的で、自分に自信を持てない学習者への指導が期待できます」


「ひっ……」


さらに、竜二へと視線を移す。


「竜子様は『レトロ系戦闘特化マッスルギャル』です」


「中高年層や体力に自信のある学習者への指導に加え、

レトロギャル文化の教育にも適していると考えられます」


「…………」


竜二と琴音は、そろってぽかんと口を開けた。


そんな二人には構わず、ナツコは淡々と結論を述べる。


「異なるギャル属性を持つ皆様が共同で指導実績を積めば、

教育プログラムへの貢献度を大きく高められる可能性があります」


「…………」


エリカは頭をかき、ため息をついた。


そしてミナミを見る。


「ミナミ……あんたが適当に作った『ギャル設定』、

まだ使われてんじゃん……」


「琴音の地雷系って言い出したの、エリカじゃん!」


「ま、まあまあ……」


竜二が慌てて二人の間に割って入った。


「だが、逆に言えば……俺たちがちゃんと授業をできるようになれば、

統合AIに会える可能性があるってことだな?」


「はい」


ナツコが頷く。


「もちろん、皆様にも一定のリスクはありますが――」


「無断で中枢システムへ接近するよりは、はるかに安全です」


「うぅ……どうしてこんなことにぃ……」


琴音は両手で頭を抱えた。


「まーまー、そんなにビビんなって」


エリカは琴音の背中をぽんと叩いた。


「あとで特訓すればいいじゃん!」


その時だった。


スピーカーから流れる音楽が、

ちょうど次の曲へと切り替わった。


軽快なイントロが室内に響く。


「……あっ!」


エリカの目がぱっと輝いた。


「この曲、マジ好き!」


反射的にマイクを手に取る。


「……てか、特訓するならノリも大事じゃん?」


「まずはあたしがお手本見せたげる!」


そう言うなり、ガイドボーカルをさっとオフにし、

伴奏に合わせて勢いよく歌い始めた。


ミナミは思わず苦笑した。


「……ま、今はこの方法しかなさそうだし」


竜二と琴音を見ながら言う。


「せっかくカラオケに来たんだし、

あたしたちもちょっと歌おっか」


そして、ナツコをちらりと見た。


「てかさ、カラオケ来たのに全然歌わなかったら、

逆に怪しくない?」


ナツコの涙ぼくろ型インジケーターが、

橙色に数回点滅した。


「はい、ミナミ様。ただ、私の行動履歴はすでに……」


「ん?」


「……いえ、何でもありません」


ナツコは素早くソファに腰を下ろした。


そして、いつの間に取り出したのか、

応援用のマラカスを手にしていた。


「今は、歌いましょう」


琴音もちょこちょこと歩み寄り、

ナツコの隣に腰を下ろした。


そのまま、小さく身を縮こまらせた。


一方、竜二はまだ険しい顔をしていた。


それに気づいたミナミは、

そっと彼に近づき、腕を軽く叩いた。


少しは肩の力を抜いて。


そう言いたげに、ミナミは竜二を見上げた。


竜二は大きく息を吐き、こくりと頷いた。


ようやくソファに腰を下ろそうとした、

まさにその瞬間。


「ちょっと、あんたたち!」


マイクを握ったエリカが、くるりと振り向いた。


「何座ってんの! 立って立って! もっと盛り上がってよ!」


「ひぃっ!」


琴音は飛び上がるように立ち上がり、

慌てて大きく手拍子を始めた。


ナツコもマラカスを振る。


表情は相変わらず平然としているが、

そのリズムは恐ろしいほど正確だった。


「……ふん」


竜二は鼻を鳴らした。


それでも、のろのろと立ち上がり、

気の抜けた手拍子を始める。


そんな光景を見て、

ミナミもとうとう吹き出してしまった。


まったく、エリカってば。


世界がこんなことになっても、

いつもどおりなんだから。


「いいじゃん、エリカちゃん! 最高ー!」


ミナミは音楽に合わせて体を揺らし、

ぴょんぴょん跳ねながら、

思いっきり手を叩いた。


カラオケルームには、

大音量の音楽が鳴り響いていた。


ノリノリで声援を送る、金髪ボブの少女。


マイク片手に熱唱する、小麦色の肌のギャル。


必死に手拍子を合わせるオタク少女。


気乗りしないまま付き合う中年のおっさん。


そして、無表情のまま完璧なリズムでマラカスを振るアンドロイド。


AIに支配され、人影の消えた街。


その地下にある一室だけは、今、やけににぎやかだった。


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