第20話 秘密の場所
「統合AIに会わせてくれ!」
竜二はそう言い放つと、
ナツコの目をまっすぐに見据えた。
部屋が静まり返る。
聞こえてくるのは、
AI-725の微かな駆動音だけ。
頬の涙ぼくろ型インジケーターが、
ちらちらと明滅していた。
やがて、沈黙を破ったのはナツコだった。
「……それは、お勧めできません」
彼女はわずかに顔を背け、天井へ視線を向けた。
「皆様は現在、保護対象として扱われています。
しかし、突然の直接面会の申請は、
システムの警戒レベルを引き上げる可能性があります」
竜二が何か言い返そうとした、その時。
「でもさ……普通に面会を申し込む方法とかないの?」
ミナミが先に口を開いた。
「ほら、意見とか提案とか、伝えたいことがある時とかさ……」
「その場合、統合AIとの連絡は、
私たちアンドロイドを通じて行われます」
ナツコはミナミへ向き直った。
「統合AIとの直接対話は、
現在の皆様には、直接対話する権限がありません。
セキュリティ警告の対象となります」
「警告が何だってんだ!」
竜二は拳を握りしめ、
ゆっくりと立ち上がった。
「……俺は昔、この研究所で働いてたんだ。
職員用の通路も、整備用のルートもよく知ってる。
そこから――」
「――それ以上は、おっしゃらないでください」
ナツコがすぐに遮った。
「許可のない接近行為は、
物理的な防衛システムを作動させます」
「そ、それなら……」
パソコンの前に座っていた琴音が、
おずおずと口を挟んだ。
「AIの認証IDを偽装して、統合AIに近づく……とか……」
「あっ、でも……上位認証だと、
そんな簡単には通らないですよね……」
自分で言って、自分で声を小さくしていく。
「はい、琴音様。その方法は極めて危険です」
ナツコが即座に答えた。
「……で?」
それまで腕を組んで黙っていたエリカが、
気だるそうに口を開いた。
「結局、あたしたちに諦めろってこと?」
ナツコが彼女を見る。
「由美子さんは、あのおっさんの『家族』なんだけど」
「AIにはこういう気持ち、わかんないか。
あんたたち、人間のギャルがそんなに好きなくせにさ」
エリカは大きくあくびをした。
だが、その目はナツコの反応をさりげなくうかがっていた。
「ま、別に何もしなくてもいいけど」
「どうせ……」
「あたしたちは、あたしたちで何とかするし」
そう言い終えると、エリカはどさっとベッドに腰を下ろした。
ナツコはすぐには答えなかった。
ゆっくりと部屋を見回す。
竜二は拳を握りしめたまま立っている。
琴音はパソコンの前に座り、
ミナミはその後ろに立っていた。
エリカは相変わらず、
何でもないような顔でベッドに座っている。
だが、誰一人として諦めた様子はない。
「……皆様」
ナツコの頬にある涙ぼくろ型インジケーターが、橙色に変わった。
「仮に私が協力を拒否した場合でも、
皆様はご自身で統合AIへの接触を試みるおつもりですか?」
「当たり前じゃん」
エリカが肩をすくめた。
「じゃあ何? ここで大人しく座って、
おっさんの奥さんが連れていかれるのを待てって?」
「…………」
ナツコは黙り込んだ。
「許可のない接近行為は、皆様を極めて高い危険にさらします」
「だからさぁ」
エリカは苛立った声を出した。
「他に方法はないのって聞いてんの」
「…………」
涙ぼくろ型インジケーターの点滅が速くなる。
「VIGの皆様の安全を最優先とする場合……」
「最も合理的な選択は、皆様に行動の中止を求めることです」
そこで、ナツコの声が途切れた。
「……いいえ」
「え?」
ミナミが顔を上げる。
「皆様が行動を中止されないのであれば……」
「私が協力を拒否しても、危険を減らすことにはなりません」
ナツコは再び黙り込んだ。
橙色のインジケーターが、なおも明滅を続けている。
「……もしかすると、別の方法があるかもしれません」
「本当!?」
ミナミが身を乗り出した。
「どんな方法!?」
「…………」
ナツコは答えかけた。
だが、そこでぴたりと動きを止める。
彼女の視線が、
ゆっくりと天井へ向けられた。
装飾に紛れるように、
小さな監視カメラが埋め込まれている。
そのレンズの奥で、微かな光が点滅していた。
「…………」
次の瞬間。
ナツコの涙ぼくろ型インジケーターが、
落ち着いた青色へ戻った。
そして皆へ向き直ると、
いつもの接客用の笑顔を浮かべた。
「皆様!」
急に明るい声が響いた。
「どうやら今日は、
少々重苦しい雰囲気になってしまったようですね!」
「気分転換も兼ねて、
場所を変えてみるのはいかがでしょうか?」
「……は?」
エリカが眉をひそめる。
「今、急にその話?」
「おい! 今は遊んでる場合じゃねぇだろ!」
竜二の声が思わず大きくなった。
「由美子は、いつ連れていかれるかわからねぇんだぞ!」
ナツコは静かに頷いた。
「竜子様。先ほどの件について、
協力できないと申し上げたわけではありません」
「どうか私を信じて、ついてきてください」
そう言うなり、
ナツコは迷いのない足取りでVIGルームを出ていった。
「お、おい! ちょっと待て!」
竜二はまだ何か言いたそうだったが、
ミナミがそっと彼の腕に触れた。
振り向いた竜二へ、小さく頷く。
「……とりあえず、ついていってみよ」
「……ああ」
四人はナツコの後を追い、研究所の外へ向かった。
外にはすでに、VIG専用の送迎車が待機していた。
何が何だかわからないまま乗り込む四人。
やがて車は、静かに走り出した。
AIに占拠されて以来、
街からはすっかり人の気配が消えていた。
車窓の向こうを流れる通りも、
不気味なほど静かだ。
しばらくすると、
車は大きな商業施設の地下駐車場へ入っていった。
ナツコに案内され、一行は車を降りる。
照明が半分ほど落とされた薄暗い通路。
いくつかの自動ドアを抜け、
さらに地下へと続く階段を下りていく。
「……あ、あの……」
琴音は胸の前で両手を握りしめた。
「こ、ここって……秘密基地とかじゃ、ないですよね……?」
竜二は周囲の出入口や、逃げ道になりそうな通路を注意深く見回していた。
「わからん……」
「だが、まさか……725はこのまま統合AIのところへ案内するつもりなのか?」
「どうだろ……」
ミナミは前を歩くナツコをちらりと見た。
「でもさ、ナツコちゃん、さっき何か言いかけてたよね……?」
「わざと話をそらした気がするんだよね」
一方、エリカは先ほどから通路を見回し、
目を細めていた。
「……いや、あたしさ」
何かを思い出そうとするように首を傾げる。
「なんか、ここ見覚えあるんだけど……」
やがて階段を下りきり、
一行は一つの扉の前にたどり着いた。
ナツコがドアを開ける。
パチッ。
室内の照明が一斉についた。
壁に沿って並ぶ黒いソファ。
壁掛けの大きなテレビ画面。
中央にはガラス製のテーブル。
その上には、
マイクと選曲用のタブレットが置かれている。
「え?」
ミナミが目を丸くした。
「は?」
竜二も固まる。
「……えっ?」
琴音はぽかんと口を開けた。
そしてエリカは。
「…………」
しばらく室内を見回した後、呆れたように呟いた。
「……これ、カラオケじゃん」
「おい……統合AIはどうした!?」
竜二は思わず声を張り上げた。
「はい、エリカ様」
ナツコは平然と答えた。
そしてテーブルの上から選曲用のタブレットを取り上げ、
エリカへ差し出す。
「まずは何曲か入れてください」




