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第19話 家族

「……おかしい?」


全員の視線が、モニターに映る女性へ集まっていた。


画面の中にいるのは、一人の中年女性。


一般の収容者に与えられている簡素な部屋とは違い、

そこにはベッドもクローゼットもあり、

簡単な調理設備まで揃っている。


待遇だけ見れば、かなり恵まれている。


ただし。


部屋の中は、妙に散らかっていた。


布団は畳まれていない。


上着は椅子の背に無造作に掛けられ、

数冊の雑誌は斜めに積み重なり、

脱いだスリッパもばらばらの向きで床に転がっている。


「この人がおっさんの奥さん?」


エリカはさほど気にした様子もなく、画面を眺めた。


「結構いい部屋もらってんじゃん」


「違う……!」


竜二が眉間に深く皺を寄せた。


モニターの部屋を指差す。


「家じゃ、いつもきっちり片付けてたんだ」


「なのに、なんだよこれは……」


「おかしいだろ!」


「いや……」


エリカは少しだけ気まずそうな顔になる。


「こんな状況なんだし、掃除する気になれないとか普通にあるんじゃない?」


そう言いながら、ちらりと自分のベッド周りへ目をやった。


化粧品はベッドの上に出しっぱなし。


飲みかけのカップはテーブルの端。


一瞬だけ視線を逸らす。


「でも……」


竜二がまだ何か言おうとした、その時だった。


モニターの向こうから、軽い電子音が鳴った。


『ギャル表現力チェックを開始します』


次の瞬間。


妻の反応は、ほとんどゼロ秒だった。


ほんの一瞬前まで、ごく普通の中年女性だったはずなのに。


口角が上がる。


首が少し傾く。


右手が反射的に持ち上がり、頬の横でピースを作った。


「今日もウチら、マジ最強~☆」


声の高さまで、一段上がっていた。


続いて、部屋のAIから機械音声が流れる。


『表情評価:87点』


『ギャル語使用率:良好』


「え~、マジで? もっと盛ってこ~☆」


『93点。素晴らしい進歩です』


「…………」


竜二は額を押さえた。


「なんだよこれ……由美子……」


見ていられない、とでも言いたげだった。


「ま、まぁ……」


琴音も引きつった顔でモニターを見ている。


「剛田さんの奥さんも……AIに合わせてるだけだと思います……」


「そんなに気にしなくても……」


「……問題は、合わせすぎてることなんだよ」


竜二が低く呟いた。


「昔は娘が一緒に写真撮ろうって言っても、絶対嫌がってた」


「目立つのも好きじゃなかったし……」


「『竜子ちゃん』がそれ言う?」


エリカの視線が、竜二の全身を上から下までなぞった。


ピンクの豹柄ジャケット。


ぴったりとしたミニ丈のワンピース。


派手な金髪。


「……それは、まぁ」


竜二は大きくため息をついた。


「言われてみりゃそうなんだが……」


もう一度モニターを見る。


「でも、こんなの続けてたら……精神までおかしくなっちまうぞ」


その時。


VIGルームのスライドドアが、音もなく開いた。


「ご心配には及びません、竜子様」


ナツコ。


AI-725が静かに部屋へ入ってくる。


「由美子様は非常に優秀な受講者です」


「学習成果も極めて良好であるため、現在はVIGに近い待遇が与えられています」


「さらに……」


「さらに?」


竜二が振り返る。


「由美子様は優秀受講者の代表として、近日中に全国各地の施設へ派遣される予定で

す」


「他の受講者へのギャル指導、および教育プログラムの実演にも参加していただきます」


「……それじゃ……」


竜二は再びモニターへ目を向けた。


AIの評価は、もうとっくに終わっている。


それなのに由美子は、

まだピースサインを下ろしていなかった。


笑顔もそのまま。


次のチェックがいつ始まってもいいように、

じっと姿勢を保ち続けている。


手先は、かすかに震えていた。


それでも。


笑顔だけは崩れない。


「……あいつ、もたねぇぞ」


竜二の両拳が強く握られた。


竜子を演じるための高い声さえ、もう出てこない。


歯を食いしばったまま言う。


「そんな生活続けさせたら……あいつの心がもたねぇ!」


その様子を見ていたミナミが、すぐにナツコへ向き直った。


「ねぇ、ナツコ」


「派遣するにしてもさ……その前に家族と会わせるくらいできない?」


「娘さんと……竜子ちゃんも一緒に」


ナツコは数秒考えた後、すぐに頷いた。


「問題ありません」


「現在の協定にも抵触しません」


「由美子様と竜子様の娘様について、登録されているお名前を教えていただけますか?」


「すぐに収容施設のデータベースから検索いたします」


「……探さなくていい」


竜二が、苦く笑った。


「え?」


全員が彼を見る。


ナツコも首をわずかに傾ける。


「ですが竜子様」


「現在、統合AIシステムでは全人類を『ギャル予備群』として扱っております」


「論理上、娘様もいずれかの収容施設にいるはずですが……」


「だから」


竜二はゆっくり顔を上げた。


まっすぐナツコを見る。


「とっくに、どこにもいねぇんだよ」


一拍置いて。


「剛田夏子」


「それが、娘の名前だ」


誰も声を出さない。


「この騒ぎが起きる何年も前に……病気で死んだ」


エリカが黙った。


いつもなら何か一言挟むはずの彼女が、何も言わない。


琴音とミナミも、そっと視線を交わしただけだった。


部屋が静まり返る。


ナツコの頬。


涙ぼくろ型インジケーターだけが、淡い光を放っていた。


「笑えるだろ」


竜二が、力なく口元を歪める。


「お前の番号」


「ナツコって読めるような番号でさ」


「娘と同じ名前みてぇなのに……」


「そのお前が、今じゃ俺を見張る側だ」


「そ、それは……」


エリカが珍しく言葉を選ぶ。


「ただの偶然っていうか……だから、その……」


「もういい」


竜二が立ち上がった。


「知るかよ、そんなの」


そして。


「725……ナツコ!」


大股でナツコへ歩み寄る。


「ちょ、待って!」


ミナミが慌てて追いかけた。


「落ち着いて、おっさん!」


ナツコも反射的に一歩後ろへ下がる。


だが次の瞬間。


竜二は、ナツコから数歩離れた場所で両膝をついた。


そのまま両手を床につき、

深々と頭を下げる。


完璧な土下座だった。


「ナツコちゃん!」


「こんな理屈、通らねぇって分かってる!」


「おかしな頼みだってのも分かってる!」


声が震える。


「でも……頼む!」


「死んだ娘と同じ名前のお前に頼むなんて、どうかしてるのも分かってる!」


「それでも……!」


額が床につく。


「由美子を、あんな訳の分からねぇ派遣教育に連れていかないでくれ!」


竜二の全身が、小さく震えていた。


床についた指先には力が入り、白くなるほどだった。


ナツコは足元の竜二を見下ろしたまま、動かなかった。


頬の涙ぼくろ型インジケーターが、


赤。


青。


また赤。


不規則に激しく明滅する。


『……ザ……』


音声モジュールから、微かなノイズが漏れた。


長い。


ほんの三秒ほどの沈黙が、

やけに長く感じられた。


やがてナツコの声が戻る。


いつもの平静な機械音声。


ただし、わずかに途切れながら。


「……現在の、私の権限では」


「由美子様の派遣予定を変更することはできません」


竜二が顔を上げた。


「……だったら」


ゆっくり立ち上がる。


「権限を持ってる奴と話をさせろ」


ナツコをまっすぐ見据える。


「統合AIに会わせてくれ」


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