第18話 熱血バカ
授業終了のチャイムが教室に鳴り響いた。
エリカが時計を見ると、
外はもうすっかり夜だった。
「んじゃ……」
大きく伸びをする。
「今日はここまで。はぁ~、マジ疲れた……」
そう言いながら、
机の上に広げていた化粧品を手早くポーチへ放り込み、
そのまま教室の出口へ向かった。
途中でミナミへちらりと目配せする。
ミナミもすぐに意図を察し、
収容者たちへ軽く頭を下げてから、
慌ててその後を追った。
二人が扉を開き、教室を出ようとした、
その時だった。
「先生!」
委員長タイプの少女が勢いよく立ち上がった。
「お疲れさまでした!」
深々と腰を折る。
「ご指導ありがとうございました! お疲れさまでした!」
それにつられるように、
他の収容者たちも一斉に立ち上がった。
それぞれが二人に頭を下げる。
スキンヘッド男まで、
周囲の空気に押されるように渋々立ち上がり、
「……お疲れっした」
ボソッと早口でそう言って、
ほんの一瞬だけ頭を下げた。
「えっ……いや、そんな……」
ミナミは慌てて両手を振る。
どう反応すればいいのか分からず、完全に困っていた。
「ふーん……」
一方のエリカは、
どこか面白そうに口元を緩める。
「次の授業は『ギャル語』でも教えてあげよっか」
そう言い残し、ミナミと共に教室を後にした。
そのまま収容施設の正面玄関まで歩いていく。
「お疲れさまでした、エリカ様」
玄関の外では、送迎用のリムジンの横にナツコが立っていた。
「はぁぁ……!」
外へ出た瞬間。
エリカの身体から一気に力が抜けた。
「思ってたよりずっと疲れるんだけど……」
今にもその場に崩れ落ちそうなほど、
ぐったりと肩を落とす。
それでも片手だけはしっかり持ち上げ、
ナツコを指差した。
「約束の海鮮丼、今度こそ忘れないでよ、ナツコちゃん」
「もちろんです、エリカ様」
ナツコはそのままリムジンのドアを開け、
二人を車内へ案内する。
「それでは、VIGルームで合流しましょう」
扉が閉まり、
車内にはミナミとエリカだけが残った。
エリカは窓の外を流れていく夜の街を眺めている。
ミナミは隣で、しばらく俯いたままだった。
「さっき……」
ぽつりと声を絞り出す。
「ありがと」
「…… 」
エリカが横目でミナミを見る。
「何それ。バカじゃん」
それだけ言って、また窓の外へ顔を向けた。
「あいつらが調子乗りすぎなんだって」
「自分たちは何の案もないくせに、ずっと文句ばっか言ってさ」
ミナミはさらに視線を落とした。
「……でも」
「あたしだって、みんなを助ける方法とか……何も思いついてないし」
エリカが振り返る。
「だから何?」
「え?」
「少なくとも、ミナミは本当に動いてるじゃん!」
声に少し熱がこもった。
「最初に外へ出て調べようって言ったのも」
「琴音を助けたのも、竜二のおっさんを助けたのも」
「全部ミナミじゃん?」
「今すぐ答えが出なくたってさ」
「自分まで危ない目に遭いながら、人を助けようとしてんじゃん」
「それって、普通にすごくない?」
「エリカ……」
ミナミが顔を上げる。
エリカは腕を組むと、背中をどさっと座席へ預けた。
「まぁ!」
「でも、あいつらが不安になるのも分かるけどね」
「ちゃんとした方法が見つかるまでは、こっちも勝手に突っ走るわけにいかないし」
一度息を吐く。
「とりあえず……帰ろ」
ミナミは小さく頷いた。
「うん……帰ろっか」
リムジンは夜の市街地を滑るように走り抜けた。
やがて二人はVIGルームへ戻ってくる。
扉を開けた瞬間。
テーブルの上には、豪華な海鮮丼が四つ、
きれいに並べられていた。
「おおおおっ!」
エリカの目が一瞬で輝いた。
「やった! ナツコ、今回はちゃんと仕事したじゃん!」
「おっさん! あんたたち、先に食べてないでしょうね!?」
だが。
琴音と竜二の海鮮丼には、一切手がつけられていなかった。
それどころか二人ともテーブルから離れ、
パソコンの画面に張り付いたままだ。
ミナミは、 手つかずのまま残された二つの丼に目を落とした。
そして静かにそれを持ち上げる。
……まずは、目の前の人から。
今できることをやろう。
小さく息を吸い、二人のそばまで歩いていく。
「琴音……おっさん」
「とりあえず、ご飯食べよ?」
二人へ海鮮丼を差し出す。
「あ……ありがとう……」
琴音と竜二は受け取ったものの、
どちらも箸を取ろうとはしなかった。
その隣では。
「んん~っ!」
エリカが遠慮なく海鮮丼をかき込んでいた。
「うっま……! ウニもイクラも最高なんだけど……!」
心の底から幸せそうな顔で頬張っている。
そのまま丼を片手に、ようやく三人の方へ近づいてきた。
「で?」
「何してんの?」
「もしかして、さっきのあたしの授業が神すぎて、飯食うのも忘れて見てた?」
「違います……」
琴音がゆっくり顔を上げた。
「私たち……見つけたんです……」
一度、言葉を詰まらせる。
「竜二さんの……奥さんを」
エリカの箸が宙で止まった。
ミナミが息を呑む。
そして竜二は。
モニターから目を離さない。
そこに映るものを、
そのまま瞳の奥へ焼き付けようとしているかのようだった。
「でも……」
掠れた声が落ちる。
「……おかしいんだ」
竜二の肩が、小さく震えていた。




