第2話 ギャルの交渉術
翌朝。
VIGルーム。
エリカはピンク色の毛布にくるまり、
ピンク色のアイマスクをつけたまま、
寝息を立てていた。
「すぅ……すぅ……」
幸せそうな寝息が響く部屋の中で、
星野ミナミは、真剣な顔で机に向かっていた。
カリカリカリ。
ペンを走らせる音。
そして。
ピロン♪
電子スライドドアが開く。
「皆さま、おはようございます! 朝ですよー!」
ワゴンを押しながら入ってきたのは、
AI-075ことナツコだった。
今日はJK服の上に白いエプロンまで着けている。
「朝食の時間です!」
「本日は和風スフレパンケーキになります! マジヤバです!」
ナツコは笑顔で二人分の皿をテーブルへ並べていく。
その声に、エリカが毛布の中でぴくっと震えた。
「んん……」
寝返りを打ちながら、
寝言のように呟く。
「ナツコぉ……あと五分……」
「ナツコちゃん!」
突然、ミナミが勢いよく駆け寄った。
「これ見て!」
差し出された紙を、
ナツコの青い瞳が見つめる。
そこには、
小学生のようなタッチで描かれた二人の女の子。
楽しそうに街を歩いている。
頬の信号灯が点滅する。
「これは……」
「非常に個性的ですね!」
「幼い筆致と抽象表現を融合させた、独創性あふれる作品です!」
「勇気ある表現だと思います!」
「ご希望でしたら、個性を保ったまま線をより豊かに──」
「いや、いいから!」
ミナミが慌てて遮った。
「やめて、その全肯定モード!」
「えー、別によくない?」
いつの間にか起きていたエリカが、
テーブルでパンケーキを食べながらぼんやり言う。
「どうせ他にやることないし。」
「……そう!」
ミナミは勢いよく振り返った。
「今のそれ!」
「この絵が言いたいの!」
紙を掲げる。
「ギャルの生活において、ショッピングは必要不可欠!」
ナツコの信号灯が点滅する。
ミナミはさらに身を乗り出した。
「魚が水の中で生きるみたいに!」
「ギャルがずっと家に引きこもってたら、それもうギャルじゃないじゃん!」
「ギャルとして存在するための必要条件なの!」
「なるほど~」
エリカがパンケーキをもぐもぐしながら言う。
「スフレパンケーキにバターとメープルシロップが必要なのと一緒ってこと?」
「あ。」
エリカが顔を上げた。
「ナツコちゃん、メープルシロップないんだけど?」
両手でシロップをかける仕草をする。
「そんなの今どうでもいいって!」
ミナミが思わずツッコむ。
しかしナツコは瞬きをした。
頬の信号灯がオレンジ色に変わる。
思考モード。
約五秒後。
「──確かに。」
「ミナミ様とエリカ様のおっしゃる通りです。」
「ギャル族はショッピングに対して高い欲求を持っています。」
「水のない魚。」
「メープルシロップのないパンケーキ。」
「どちらも不完全です。」
「え、なになに?」
エリカは慌てて乾いたパンケーキを飲み込んだ。
「ナツコちゃん、マジで外出していいの?」
「はい、エリカ様。」
ナツコは微笑んだ。
「先ほど統合AIとの同期を行い、必要な権限を取得しました。」
「え……?」
「ホントに?」
ミナミは目を丸くする。
あまりにもあっさり許可されたからだ。
「ミナミ様とエリカ様が私の視界から離れず、
VIGルームへ帰還することを条件とします。」
「また、統合AIは私の任務を監視や拘束ではなく、
『保護と付き添い』であると定義しています。」
「やったー!」
ミナミが両手を突き上げた。
「約束する! ちゃんと帰ってくる!」
エリカも立ち上がる。
「ナツコちゃん最高!」
二人のテンション上昇を検知したのか、
ナツコの信号灯も嬉しそうに激しく点滅した。
少しだけ声のトーンを調整する。
「それでは、ミナミ様、エリカ様。」
「本日はどちらへお出かけになりますか?」
「そんなの決まってるじゃん!」
「東京で一番イケてて!」
「一番賑やかな場所!」
ミナミとエリカは顔を見合わせる。
「渋谷!」
二人の声が重なった。
「渋谷……」
ナツコはデータベースを検索する。
信号灯がオレンジ色に点滅する。
「現在、渋谷は非推奨エリアです。」
「なお、選別作業が断続的に継続中です。」
「……選別?」
その言葉に、ミナミの表情が曇った。
「まだ人を連れてってるの?」
エリカもさすがに少しだけ顔をしかめた。
「えー、じゃあ新宿とか……」
エリカが言いかけた瞬間。
「ダメ!」
ミナミがエリカの口を両手で塞ぐ。
「んぐっ!?」
「ナツコちゃん!」
「渋谷に行く!」
「ギャルの聖地なんだから!」
「了解しました。」
ナツコは事務的に答えた。
「滞在時間を一時間以内とする場合、
安全係数は許容範囲です。」
一時間。
短い。
それでも。
ミナミは頷いた。
「一時間でもいい!」
「アタシたち、『渋谷に帰る』んだ!」
「了解しました。」
「ただちに送迎車両を手配します。」
ナツコは額に手を当て、通信を開始する。
ミナミもようやくエリカの口から手を離した。
「ぷはっ!」
エリカは大きく息を吸った。
「ミナミアホ——!」
「死ぬかと思ったんだけど!」
「ごめんごめん!」
ミナミが舌を出して笑う。
「それで許されると思ってんの?」
「せっかく外出できるのに、一時間とか全然足りないし。」
エリカは不満そうに頬を膨らませた。
しかし。
「いいえ、エリカ様。」
ナツコは静かに振り向いた。
青い瞳が二人を見る。
「現在の渋谷の状況を考慮すると──」
「一時間あれば、十分だと推測されます。」
その声は穏やかだった。
けれど。
なぜか。
その言葉だけが、妙に冷たく聞こえた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
ようやく外出許可をもらえたミナミたち。
……ですが、ナツコ曰く「渋谷は一時間で十分」とのこと。
いやいや、渋谷って一時間で満足できる場所でしたっけ?
高性能AIの判断は本当に正しいのか。
そして、現在の渋谷は一体どうなっているのか。
よろしければ、ぜひ次の話もお付き合いください!
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