第14話 ナツコ・ギャル化レッスン
「それじゃ、さっそく授業スタート!」
ミナミはメイクポーチを手にしたまま、
ナツコの顔をじっと見つめた。
「ナツコってさ、肌めっちゃ綺麗だよね……ほとんど欠点ないじゃん」
ナツコが小さく瞬きをする。
「当然です、ミナミ様」
「私の皮膚は高品質シリコンによって構成されています。
加えて製造からの経過年数も短いため、
理論上、経年劣化や損傷はほとんどありません」
「それズルくない!?」
ミナミは思わず声を上げた。
「でも、ちょっと色味が人工的なんだよね。
もう少し透明感を出したい!」
そう言いながら保湿ミストを吹きかけ、
続いてピンク系の下地を取り出す。
「まずはトーンアップ。それから……」
「ファンデは薄め。厚塗り厳禁!」
「大事なのは『素肌感』だからね!」
慣れた手つきでベースメイクを仕上げていくミナミ。
ナツコは精巧な人形のように、
おとなしくされるがままだった。
「よし、次!」
ミナミがビューラーとマスカラを取り出す。
だがマスカラを目元へ近づけたところで、
指先がわずかに震えた。
「うーん……人にやるの初めてなんだよね。
思ったより難しいかも……」
ナツコのレンズアイは異物の接近を感知し、
何度も自動でピントを調整する。
「ミナミ様」
「レンズおよび眼瞼部品は非常に精密です。
修理には相応の時間を要しますので、ご注意ください」
「わ、分かってるってば!」
だが注意されたせいで、
逆に手元が怪しくなった。
「もう、見てらんない」
エリカが立ち上がった。
そのままミナミの手からマスカラを奪い取る。
「普段そんな本気でメイクしてないくせに、急に先生ぶらないの」
ミナミは舌を出しながら大人しく退いた。
「こうやって軽く流して……はい、終わり」
レンズが追従するより早く、
エリカはピンセットを取り出していた。
今流行りの束感まつ毛を手際よく装着していく。
「次はアイラインとアイシャドウね。ナツコちゃん、動かないで」
黒のアイライナーで目尻を少し跳ね上げる。
下まぶたには薄いブラウンで涙袋の影。
すると、それまでどこか無機質だった眼差しに。
少し挑発的で、
自信に満ちた目元になった。
「おお……」
腕を組んだミナミが感心したように頷く。
「その目、めっちゃいいじゃん」
「ギャル感ある」
ナツコの涙ぼくろ型インジケーターが淡いピンク色に瞬いた。
「これは……本物のギャルに見えますか?」
「まだ入口だよ」
エリカは止まらない。
今度はチークを取り出した。
目の下、鼻先、頬の中央へ。
横長にふわりとピンクを乗せていく。
涙ぼくろ型インジケーターも、不思議とメイクに馴染んで見える。
「やばくない?」
エリカは思わず笑った。
「原宿で流行ってる発光フェイスシールみたいじゃん!」
ナツコは即座にシステムログを読み上げる。
「ただし、粉体付着によりインジケーターの視認性は低下します。」
「また内部温度が〇・五度上昇します」
「そういうの今いらないから!」
さらにピーチ系のツヤリップ。
輪郭をぼかしながらオーバー気味に整え、
最後に透明グロスを重ねる。
一方。
派手な濃い化粧を施した竜二と、
すっぴんの琴音はというと。
完全に観客だった。
二人とも黙ったまま、エリカの職人技を見守っている。
エリカは指先で唇の輪郭を少し外側へぼかした。
ふっくらとした立体感が生まれる。
「はい、完成!」
満足そうにグロスを片付けると、
小さな鏡をナツコへ向けた。
鏡の中に映る顔。
そこにいたのは。
冷たいアンドロイドではなかった。
どこにでもいそうな、
少し生意気そうな女子高生だった。
「ありがとうございます、エリカ様」
ナツコは礼儀正しく頭を下げた。
だが、その変化そのものにはまだ実感がないようだった。
「今回の講義は非常に有意義――」
「まだ終わってないって」
ミナミが割り込む。
彼女の視線はナツコの制服へ向いていた。
「ミナミ様?」
ナツコが首を傾げる。
その次の瞬間。
ミナミの指が制服のボタンを二つ外した。
さらに首元まできっちり締められていたリボンを緩める。
「こんな真面目な着方するギャルいないから!」
そのままシャツの裾を引き出し。
前で結び。
シリコン製の引き締まったウエストと、
情報接続ポートを兼ねたへそを覗かせる。
さらにスカートを折り返し。
一気に丈を短くした。
「うん!」
ミナミは満足げに頷く。
「これで完成!」
「ほら、ナツコちゃん!」
「見てみなって!」
半ば強引に立ち上がらせ、全身鏡の前へ連れていく。
ナツコは鏡を見た。
白い髪。
束感まつ毛。
短いスカート。
見えたへそ。
そこに映る自分を見つめるレンズの奥で、
インジケーターが不規則に点滅する。
言葉は出なかった。
ただ、じっと見ている。
その状態を表すエラーコードは、
どうやら存在しないらしい。
沈黙を破ったのは琴音だった。
「な、ナツコちゃん……」
ノートパソコンの上に置いた手をぎゅっと握る。
「わ、私……その……」
言葉を探して。
探して。
結局出てきたのは。
「すごく……ギャルっぽいと思う……」
それだけだった。
エリカが鼻から小さく息を漏らす。
ツッコミの代わりらしい。
「うんうん」
竜二も大きく頷いた。
「ギャルってこういうちょいワル感あるもんな」
「たぶん!」
本人もよく分かっていない。
だが今は全力で味方をするつもりだった。
ナツコは二人を見て。
再び鏡へ視線を戻す。
「――この状態は、統合AIが定義する『高効率システム』とは一致しません」
少しの間を置いて。
「ですが――」
ナツコは少し考えた。
「……超ヤバい、です」
「そういう表現で正しいのでしょうか、ミナミ様」
「うん、だいたい合ってる!」
ミナミはナツコの肩に手を置いた。
「もっと知りたかったら、次はギャル語講座だね!」
「そうそう」
エリカも近寄ってくる。
手についたチークの粉を軽く払った。
「今日は体験版だから」
「まだまだ教えることいっぱいあるよ」
ナツコのレンズが鏡の中の自分へ向く。
そして。
涙ぼくろ型インジケーターが初めて――
淡いピンク色で安定した。
「ミナミ様」
「私が送信した映像を確認した結果、
統合AIは初めて判断権限を私に委譲しました」
白い髪の奥で、排熱光がかすかに揺れる。
プロセッサは高速で演算を続けていた。
「そして私は――」
ナツコは静かに言った。
「ミナミ様たちの教育方法は、
統合AIの教育法よりも生きた学習効果があると判断します」
少し考え。
付け加える。
「――マジ最強、です」
ミナミとエリカが顔を見合わせる。
ナツコは胸元へ手を添えた。
「よって、VIGの皆様を収容施設での教育担当として正式に招待します」
一呼吸。
「同時に、監視カメラの閲覧権限も開放します」
そして最後に。
誰の命令でもなく。
誰の結論でもなく。
ナツコ自身の言葉として告げた。
「これは——統合AIの判断ではありません」
「——私自身の判断です」
インジケーターは、なおも淡いピンク色を保っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
今回はAIギャル(?)ナツコちゃんの変身回でした!
実はこのお話を書くにあたって、
メイクの手順をいろいろ調べてみたのですが……想像していた以上に奥が深くて驚きました。
正直、私はほとんど知識がなかったので、
「こんなに工程があるの!?」と何度もびっくりすることに……。
毎日お出かけ前にこれをこなしている方々は、本当にすごいと思います。
もう尊敬しかありません!
もしかすると、人類の超進化形態がギャルだというAIの主張にも、
一理あるのかもしれません……(ない)
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