ベレニーチェ
「それではフィリア、私たちはこれで」
「うん、ベレニーチェさん、サタナエルに会えるのを楽しみにしていると思う」
セリオンたちはフィリアと別れて、サタナエルの生家へと向かった。
「私の家は研究所だった」
「そうなのか」
「ここだ」
「ここが……」
サタナエルの生家は奇抜な家だった。
屋根は角ばっており、煙突がついている。
サタナエルはドアをノックした。
「はい」
中から声がした。女性の声だ。
中から出てきたのは一人の女性。
メガネをかけ、髪を結い上げて、白衣を着ている。
「まあ、サタナエル! 来てくれるならどうして言ってくれなかったの!」
「やあ、母さん」
サタナエルと女性は抱きしめ合った。
感動の再会だ。
「ところで、そちらの方は?」
「俺はセリオン・シベルスクです。テンペルに属しています。サタナエルとは親友です。初めまして」
「これはどうも。初めまして。ベレニーチェ・エレシュキガルです。息子がお世話になっています」
「いえ、世話になっているのは俺の方です」
「確かにそうだな」
「サタナエル!」
「おまえは料理ができないだろう? どれだけ私が作ったと思っているんだ? おまえは私がいなかったら餓死しているぞ?」
セリオンは料理ができない。
寮では恋人のエスカローネが料理を作り置きしてくれている。
セリオンはベレニーチェと握手した。
これがサタナエルの母か。サタナエルは長身だが、彼女も長身だ。
どこかシャープな印象を彼女は与える。
研究者だからだろうか。
彼女の顔からは知性が感じられた。
「ふふふ、こんなところでいつまでももてなすわけにはいかないわね。それじゃあ、二人とも、中にいらっしゃい」
セリオンとサタナエルは中の部屋に案内された。
中の部屋はきちんとしていて機能的な美しさを思わせる。
部屋にはソファーがあって、セリオンはそのうちの一つに座った。
サタナエルとベレニーチェは仲良くいっしょのソファーに腰かけた。
「それにしても、珍しいことがあるものね。サタナエルが友達を連れてくるなんてね」
「まあ、そうだな」
「? どういうことだ?」
セリオンにはわけが分からない。
「この子は昔から親しい人がいなくてね。一人でいることが多かったのよ。小さいころは孤独だったの」
「おいおい、そんなことは言わなくてもいいだろう?」
「私も研究で忙しかったから、あまりこの子にかまってあげられなくてね。この子にはさびしい思いをさせたわ」
そう語る二人は楽しそうだ。
互いに信頼感があるのが分かる。
二人はセリオンの目から見ても幸せそうだ。
「だから、セリオン君。今後ともサタナエルの友達でいてね? それは私からのお願いよ」
「はい、喜んで。サタナエルは俺の親友ですから」
「ふふっ、そう言ってもらえるとうれしいわ。そうそう、お客様に何も出さないわけにはいかないわね。もし!」
べレニーチェが手を叩く。
「はい、奥様」
そこに使用人らしき人がやって来た。
「コーヒーを三人分、用意してくれるかしら?」
「かしこまりました」
使用人は礼をして去っていった。
「ベレニーチェさんはアドヴェント社の社員なんですか?」
「そうよ。大学を卒業してからずっとアドヴェント社に勤めているわね。私、大学はシュヴェリーン大学卒業生なのよ。博士号も取ったわ」
「シュヴェリーン大学? それってかなりエリートということでは?」
シュヴェリーン大学はツヴェーデン大学と並ぶ名門大学である。
卒業生は未来が約束されていると言われている名門校だ。
卒業まで平均で六年かかると言われており、卒業には難関の試験を突破しなくてはならない。
「私自身はそれを誇りにしているわ。私は卒業して間もなくこの子を産んだのよ」
「そうでしたか」
「コーヒーをお持ちいたしました」
そこに使用人がやって来た。
トレイにコーヒーを乗せている。
「ありがとう。テーブルに置いておいて」
「かしこまりました」
使用人の女性はテーブルにホットコーヒーをテーブルに置いていった。
「私、コーヒーが好きなのよ。サタナエルも小さいころからコーヒーが好きでね、よく欲しがっていたわね」
「まあ、それしか飲むものがなかったからな」
「俺もコーヒーは好きですよ」
「それは私の影響だろう?」
「それは否定しがたい……」
「はははははは」
サタナエルは声を上げて笑った。
セリオンはサタナエルとはそれなりの付き合いではあるが、彼がこんな笑い方をするのは珍しい。
セリオンはコーヒーに口をつけた。
「これは……」
「どうかしたか?」
「アラビカ種の豆ですね?」
「あら、よくわかったわね?」
「まあ、サタナエルはそれしか飲みませんから」
アラビカ種は最高級の豆だ。
「私は豆にはこだわっているのよ。経済的には余裕があるから、豆には気を配っているの」
セリオンもコーヒー好きだ。
セリオンのコーヒー好きはサタナエルの影響だ。
もともとはあまりコーヒーが好きではなかったが、サタナエルに付き合って飲んでいるうちにセリオンも好きになってしまった。
最高級の豆を使っているコーヒーショップ『スターダスト』をよくセリオンも利用する。
「そんなことより、サタナエルの近況について教えてくれないかしら?」
「そうだな。最近はアードラ―の任務で忙しかった。それがひと段落したからこうして帰ってきたんだ」
アードラ―(Adler)――。
アードラ―はアドヴェント社の特殊任務部隊で、最高レベルの戦士が属している。
A級、B級、C級、D級の四段階あり、Aが最高ランクだ。
サタナエルはこのうち、A級ランクである。
「私はあなたがアードラ―の一員であることを誇りに思うわ」
「まあ、アードラ―は最高の戦士しか入れないからな」
「それ自分で言うか?」
セリオンははんばあきれた。
それはサタナエルが自分は最高の戦士だと言っているようなものだったからだ。
「フッ、私ほど優秀だと、困ったことになることもある」
サタナエルはかなりの自信家である。
実際、サタナエルは自分が優秀であることを隠さない。
サタナエルほど優秀だと、ほかの人は嫉妬するのもばかばかしくなる。
こうして団らんは楽しく過ぎていった。




