決闘
かくして、セリオンとアロガントの決闘が行われた。
この催しには多くの人々が集まった。
セリオンとアロガントはまだ来ていない。
エスカローネはフィリップの隣で観戦することになった。
「アイノよ」
「はい」
「これでおまえの結婚が決まる」
「そうですね」
「この戦い、アロガント殿の勝ちだ」
「そうでしょうか?」
「おまえはまだ、そんな幻想に現を抜かしているのか?」
「私はそうは思いません。私はセリオンを信じていますから」
「アイノ……おまえはフィンスキア人だ。シベリア人ではない」
フィリップはエスカローネをなだめるかのように言った。
フィリップはアロガントの勝ちを信じているようだが、エスカローネはセリオンの勝利を信じていた。
セリオンは必ず勝つ。
エスカローネはセリオンを信じている。
エスカローネはセリオンの戦いを数多く、見送ってきた。
だから、セリオンの勝利が見えるのだ。
確かに、アロガントもただのボンボンではない。
アロガントは明らかに、武人として優秀だった。
だが、アロガントには危険や困難を切り抜けた経験がない。
皇族であるがゆえに、安全性を確保された戦いしか知らないからだ。
そこにセリオンの勝機がある。
エスカローネはこの戦いをそう見ていた。
エスカローネも戦士である。
その戦士の立ち振る舞いを見れば強さはわかる。
「私はこの決闘ではセリオンが勝つと見ています」
「なぜだ? なぜそう言える?」
フィリップには分からないようだ。
当然だった。
フィリップには戦闘経験がないからだ。
「おまえはアロガント殿の伴侶となるのだ。それがおまえの幸せだ」
「そうでしょうか? 私にその未来はありません」
「いい加減にしろ。いい加減にあるべき未来を受け入れるのだ。この決闘が無くてもおまえはガスパル帝国に嫁ぐのだ」
「私の幸せは私が決めます。私はセリオンと共に在ります」
「はあ……強情だな。まあいい。この戦いはアロガント殿が絶対に勝つ。それをここで見ているがいい」
フィリップはエスカローネの説得をあきらめたようだ。
この決闘ですべてを決めるつもりだった。
セリオンとアロガントが決闘台にあがる。
二人とも武器を持っていた。
セリオンは決闘台に上がった。
周囲は敵ばかり……。
この決闘にはフィンスキア貴族やガスパル貴族も招かれている。
完全にセリオンにとっては『敵地』での戦いになる。
セリオンはフィリップの隣のイスに座っているエスカローネを見た。
エスカローネはセリオンの視線に気づいた。
そして、ほほえんだ。
手を振ってはくれなかった。
エスカローネは立場上手を振るわけにはいかなかったのだろう。
それはセリオンも理解しているつもりだ。
セリオンは緑の甲冑を着たアロガントに視線を移す。
アロガントは傲然としていた。
「フッ、わざわざ死にに来るとは……おまえは運がないな」
「勝つのは俺だ。おまえこそ神に見放されているらしいな」
「アイノ姫は私のものだ。彼女は私の妻としてふさわしい。それにしても、おまえたちは愚かだ。このような決闘でアイノ姫をどうにかできると思っているとは。決闘などという手段を用いなくても、よかったのだが、下賤なおまえたちを黙らせるにはちょうどいい」
「アンシャルは間違っていない。どうせ勝つのは俺だからな。リスクはない」
「はっはっはっは! 愚民が言うではないか。よかろう。おまえたちのこざかしい知恵に敬意を表して、決闘で蹴りをつけてくれるわ」
『両者、誓約をお願いしたします』
誓約……これはアンシャルが立案したものだ。
背信を相手に許さないためである。
『この決闘で、勝者はアイノ姫の帰属先を決定します。セリオン殿が勝てば、アイノ姫はシベリアに、アロガント殿が勝てばアイノ姫はガスパル帝国に、それぞれ帰属します。それはよろしいですね? それでは両者には誓約してもらいます。正々堂々と相手と戦うこと、いいですか?」
「俺は誓います」
「私も誓おう」
『それでは決闘を始めます。両者、武器を構え!」
セリオンは片刃の大剣を、アロガントは片刃の長剣を出した。
周囲の視線が両者に注がれる。
『決闘、開始!』
戦いが始まった。
先に仕掛けたのはアロガントだ。
彼は長剣でセリオンに斬りかかる。
セリオンはそれを受け止める。
アロガントはまず、試し斬りという感じだった。
アロガントの斬りは鋭い。
「フッ、ガスパル帝国の剣技を見せてくれるわ! 逝け!」
アロガントが剣技を振るう。
それに周囲が感嘆のまなざしを送る。
それはすばらしい攻撃だった。
アロガントが決して口だけではないことをそれは物語っていた。
アロガントは強い。
自称でも武人と名乗るだけはある。
セリオンは防戦一方だ。
だが、アロガントは明らかに実力を隠している。
これはまだ、彼の本気ではない。
アロガントの攻撃はさながら嵐だった。
セリオンはただひたすら受けに回る。
これだけで、アロガントの勝利を確信した者もいるほどだ。
「はっはっはっはっは!」
アロガントが笑う。
アロガントは己の勝利を疑っていない。
セリオンは大剣を振るった。
「!?」
それはアロガントをぎょっとさせた。
力、速さ、キレ。
いずれもアロガントの上をいっていた。
アロガントも武人だ。
相手の強さには敏感だ。
「ほう……ザコではないようだな。少しはやるようだが、私の勝利は揺るぎはせん!」
セリオンとアロガントが斬り結ぶ。
セリオンはただアロガントの攻撃を受けていただけではない。
セリオンはアロガントの攻撃を見切ろうとしていたのだ。
その技を、その癖を、理解しようとした。
セリオンが大きく斬り上げる。
「!?」
アロガントがぎょっとした。
アロガントのほおをセリオンの剣がかすった。
「きさま! この私に傷を!」
「だったら、どうするというんだ?」
「いいだろう。これまでは生かしておいてやろうと思っていたが、それほど死に急ぐなら私も全力で相手をしよう!」
「それで? 何を見せてくれるんだ?」
「愚民め! つけあがるな! はああああああ!」
アロガントは長剣に緑の粒子をまとった。
そのままセリオンに斬りかかる。
セリオンはとっさに光輝刃を出した。
光の大剣が形成される。
「フォトンブレード!」
アロガントの粒子がきらめく。
「くうっ!?」
セリオンは光輝刃で何とかそれを受け止めた。
まず、通常の状態では受け止められなかっただろう。
それほどの威力をアロガントの技は持っていた。
「はーっはっはっはっはっはっは!」
アロガントが笑いながら長剣を振るう。
セリオンはいったんアロガントと距離を取った。
「逃がさん! フォトンエッジ!」
アロガントが粒子の刃を飛ばしてきた。
「光波刃!」
セリオンも光の刃を飛ばして、相殺する。
「フン、やるではないか。私に技を見せさせるとはな。だが、これで決めてくれよう! はあああああああ!」
アロガントが緑の粒子を集中させていく。
明らかに大技だ。
アロガントは自らの必殺技を出すつもりだ。
セリオンは恐れなかった。
セリオンもまた光の粒子を収束する。
「くらうがいい! フォトンディグニティ!」
アロガントが舞い踊るフォトンをセリオンに叩きつける。
セリオンは決闘台の縁まで追いやられた。
「ほう……まだ息があるのか。完全にしとめるつもりで放ったのだが……だが、きさまは満身創痍のようだな?」
「まだ戦えるさ」
「吠えるな。いいだろう。今度で決めてくれる! はっ! フォトンディグニティ!」
アロガントがセリオンを殺そうとした。
セリオンはそれに対して、光子斬を放った。
互いに粒子が閃光を散らす。
「何っ!?」
セリオンの一撃はアロガントを上回った。
セリオンは光の粒子で、アロガントを撃退したのだ。
よく見ると、アロガントの剣には傷が走っていた。
今度はアロガントが距離を取る。
「俺の方が上だな?」
「ほざけ!」
セリオンはアロガントに斬りつける。
ここに来てセリオンはアロガントを圧倒した。
「くおっ!? 愚民が! 私をなめるな!」
「終わりだ」
セリオンとアロガントが剣を互いに交差させる。
セリオンはアロガントにとどめを刺そうとした。
その時である。
「!?」
セリオンは腕に痛みを感じた。
セリオンはしだいに自分が弱っていくのを感じた。
これは……。
「セリオン!」
サラゴンが叫んだ。
セリオンの動きがなぜか悪くなった。
それどころか、徐々に弱っているようだ。
「副長! セリオンが!」
それをアンシャルは冷静に見ていた。
アンシャルはセリオンに起きたことを見ていた。
セリオンの腕に短い針のようなものが刺さった。
それ以来、セリオンは『体調』を崩した。
「ああ、おそらく毒だろう」
「毒!?」
「おそらく、クルエルのしわざだ」
「そんな!? それではセリオンは!?」
「ああ、体調がどんどん悪化していくだろうな。それまでにアロガントを倒せなければ、セリオンは負ける」
「これは誓約違反だ!」
サラゴンが吠えた。
アンシャルはクルエルを見た。
クルエルはわざとらしく視線をそらした。
「あいつら、きったねえ! 副長! 審判に抗議すべきです!」
「無駄だろうな」
アンシャルは肩をすくめた。
「なぜです!? これは誓約違反ですよ!」
アリオンが烈火のように吠えた。
「もう、証拠は隠滅されているだろう。クルエルを調べても何も出てこんさ」
「しかし!」
サラゴンも相手の振る舞いに怒りを隠しきれない。
「それにな、審判は買収されているだろう。私たちが抗議しても、決闘を止めはせんさ」
「そんな!? それではセリオンが負けてしまいます!」
「アリオン、私はこの程度のアクシデントをどうにかできないようであっては、セリオンはエスカローネと添い遂げることはできないと思っている。これはそういう戦いなんだ」
「あいつらに騎士道精神はないのか!」
「サラゴン、そんなもの最初からあいつらにはない。あいつらはどこまでも汚い手段を使ってでも勝とうとするだろう。勝つために有効なら手段を問わないさ」
「くっ!?」
サラゴンが歯ぎしりする。
ここで見ていることしか、サラゴンにもアリオンにもできない。
もちろん、アンシャルも。
エスカローネは勝負が決まったと思った。
セリオンはアロガントの技を打ち破ったのだ。
エスカローネは思った。
やはりセリオンは勝つ。セリオンは希望だ。
だが、おかしい。
セリオンの動きが徐々に悪くなってきている。
エスカローネは何か不審に気づいた。
「はっはっはっはっは! どうやら、セリオン殿は『体調が悪い』ようだな。肝心な時に『体調不良』とは運がない。天は彼を見限ったのだ!」
そんなはずはない。
セリオンは決闘が始まった時には万全だった。
それに昨日はまったくそんなそぶりなどなかった。
おかしい。
体調不良なわけがない。
となると、残った可能性は……。
(まさか、毒!? そこまで卑劣なの!?)
エスカローネは身を乗り出した。
このままではセリオンが負けてしまう。
「審判! 医者を呼びなさい!」
「今のは無効だ!」
「なぜです!? セリオンは……」
「アイノよ、もし医者に見せても体調不良と診断するだろう。この決闘は継続される」
「まさか、知っていて!?」
「フッ」
フィリップは軽く笑った。
おそらくこのことは織り込み済みだったのだろう。
万が一に備えて彼らは毒を用意しておいたのだ。
医者は買収されているだろう。
エスカローネはそれを悟った。
もし、医者に見せても、毒とは診察しないだろう。
どこまで卑怯なのだ。腐っている!
「ここで見ているがいい。アイノよ、席に就け。アロガント殿が必ず勝つその瞬間を」
「くううっ!?」
エスカローネは悔しさに身を震わせた。
エスカローネは今すぐ飛んでいってセリオンに回復魔法をかけたかった。
だが、それは許されない。
エスカローネは心から祈った。
(スラオシャ様! セリオンをお助け下さい!)
セリオンは防戦に陥った。
さきほどまでの様子がウソのようだ。
「はっはっはっはっは! どうやら『体調不良』のようだな? 結局は私が勝利するのだ!」
アロガントが剣を振るう。
正直、セリオンはきつい。
体調は確実に悪化している。
このままではいずれ立っていられなくなるだろう。
その前に勝利をつかまねばならない。
セリオンは負けられない。
セリオンはエスカローネのために戦っているのだ。
ここで自分が負けたら、エスカローネはガスパル帝国のものになる。
それだけはセリオンには絶対に認められなかった。
セリオンは勝たねばならない。
エスカローネがガスパル帝国のものになったら、セリオンは生きている希望を失うだろう。
それにシベリア人として、同胞を、恋人を奪われるわけにもいかない。
だが、セリオンの体調は確実に悪化している。
セリオンは一瞬の勝機も逃せない。
「はーっはっはっはっはっはっは! 終わりだ! フォトンブレード!」
「光閃!」
その時、光がひらめいた。
セリオンは瞬時に移動し、アロガントを斬り捨てた。
「がはあっ!? バカな!? この私が……敗れるだと……」
アロガントはそのまま崩れ落ちた。
アロガントの傷はそれほど深くない。
セリオンは手加減しなかったが、アロガントの甲冑は彼自身を守ったようだ。
『しょ、勝者、セリオン・シベルスク!』
審判は不本意ながらセリオンの勝利を告げた。
「フッ!」
「よーし! セリオン! さすがだ!」
「よっしゃあああああああ! やったぜ! だいしょーりー!!」
アンシャルたちが歓声に沸いた。
「セリオン!」
エスカローネは跳び出た。
そのままセリオンに回復魔法をかける。
状態回復だ。
エスカローネは回復魔法の使い手でもある。
「エスカローネ、勝ったぞ?」
「ええ! 見ていてつらかったわ! でも、勝ってくれてありがとう!」
「さて、この決闘はセリオンの勝利だ。フィリップ王? 誓約はわかっているだろうな? これでエスカローネはテンペルに、シベリア人に属する。これで私たちは凱旋できるよ」
「……」
「フィリップ王?」
アンシャルの言葉にフィリップは憤怒の形相をしていた。
「無効だ! こんな結果は認められん! アイノは渡さん! 衛兵!」
周囲に配備されていた衛兵が剣を抜いた。
「誓約違反だ!」
サラゴンが指摘した。
「誓約などもはやどうでもよいわ! こうなったら力ずくでアイノをフィンスキアに帰化させてやる!」
「ほう……やる気のようだな? 私たちも甘く見られたようだ。サラゴン、アリオン?」
「ええ、やってやりますよ! 俺は全身の血が沸騰していますからな!」
「へえ? 俺たちとやるってか? 殺しはしないけど、重傷にはなるぜ?」
サラゴンもアリオンもやる気だった。
事がこのまま乱闘に発展しそうだったその時。
「ここまで、だ」
「!? だ、誰だ!?」
フィリップは混乱した。
上方から光と共におりてきたのは、一人の天使――。
大天使スラオシャだった。
スラオシャは浮遊しながらその威圧感を放っていた。
フィリップはそれに圧倒される。
「な、なんだ、きさまは!?」
フィリップが狼狽する。
「私はセリオンの守護天使だ。同時に、エスカローネの守護天使でもある。ここは矛を収めてもらおうか」
「ええい! 衛兵! こいつを殺せ!」
衛兵が槍をスラオシャに投げつけようとする。
「無駄なことを……リヒト・レーゲン!」
光の雨が降り注いだ。
衛兵はすべて無力化された。
それはあっという間だった。
衛兵は倒れて、もはや行動できない。
「神意は示された。エスカローネはシベリア人に属する」
スラオシャが冷厳に宣言した。
だが、フィリップはあきらめない。
「くっ、アイノ!」
フィリップがエスカローネを見る。
「私はエスカローネです。アイノではありません!」
「おまえは親に逆らうのか!? それでもおまえは私の娘か!?」
「私はあなたの娘ではありません!」
「……いいだろう。おまえなどわしの娘ではない! 出て行け! 勝手にしろ!」
「ええ! 勝手にします! セリオン、行きましょう!」
「ああ」
こうして、エスカローネはシベリア人に帰属することになった。
エスカローネはいつもの服に着替えた。
飛空艇シーベリオンは現在ツヴェーデンに向けて帰還中だ。
セリオンとエスカローネはようやく一緒の時を過ごすことができた。
「いいのか?」
「うん、いいの。私はシベリア人だから。それに私はセリオンといっしょにいたいし、ね?」
「まったく、今思えば、本当に腹黒い奴らだったな。でも、まあ、エスカローネが帰って来れてよかった」
セリオンはエスカローネの肩をつかんで引き寄せた。
エスカローネが頭をセリオンの肩に乗せる。
「スラオシャが現れてよかった。神はきっと俺たちを祝福してくれる。エスカローネ、愛している」
「私もセリオンを愛しているわ。やっぱりセリオンは私のヒーローね」
こうしてエスカローネをめぐる物語は終わった。




