アロガント
「どういうことだ、これは?」
「テンペルの皆さん、申しわけない。こちらにも事情があって、もう少し待ってほしい」
アンシャルがフィンスキアの大臣ヨハネスに抗議を申し入れた。
エスカローネと面会ができなかことにテンペル側は不満を抱いた。
それで、大臣のヨハネスに抗議をしたわけである。
「アイノ様は今、フィンスキア語を学んだり、王族としてのマナーを学んだりしている。今は面会できないが、後日必ず、面会できるように取りはかろう」
「まあ、いい。私も『娘』と会えないのは苦しい」
アンシャルはそう敢えて言った。
その瞬間、ヨハネスが顔を少しだけ、変えたことをアンシャルは見逃さなかった。
ヨハネスは明らかに引き延ばし戦術に出ている。
この男はフィンスキア宮廷の代表と見ていいだろう。
『娘』とういう単語に、ヨハネスは拒絶感を抱いた。
明らかに、ヨハネスは不快に感じた。
ハヅキの調査ではフィンスキア宮廷はガスパル人に媚を売っているらしい。
それでシベリア人を軽視しているようなのだ。
アンシャルたちがエスカローネに会えないのは完全に国王フィリップの意向だと思ってよい。
彼はエスカローネとアンシャルたちの接触を快く思っていない。
これは内密の情報だが、エスカローネをアロガントに嫁がせようとしているようなのだ。
セリオンが聞いたら激高しそうだ。
「もうしばらくは待つ。だが、私たちにも限度といものがある。いつまでも、エスカローネと会えないようでは私たちにも考えがある」
「はっはっは、ご安心を。必ず、アイノ様と会えるように計らいましょう。それまでしばし、辛抱してくだされ」
アンシャルは正式な外交ルートで抗議をした。
これでフィンスキア側が対応を変えるとよいのだが。
どうやら、フィンスキア側の対応には誠意がないらしい。
おそらく彼らはエスカローネと会わせない口実を作っているようだ。
アンシャルは彼らは二枚舌を使っているのではないかと、そう思った。
彼らはエスカローネをアイノとして見ている。
当然、フィンスキア文化を叩き込もうとするだろう。
だが、シベリア人の文化では、親が結婚相手を決めることはない。
パートナーは自分自身で見つけるべきだとされている。
フィンスキア文化ではどうやら親が子供の結婚を考えるようなのだ。
これはフィンスキアがいまだにシベリウス教を受け入れていないことと関係しているのかもしれない。
エスカローネはうんざりしていた。
エスカローネには監視用の侍女が張り付いていた。
エスカローネはフィンスキア語、ガスパル語、フィンスキア文化などを叩き込まれていた。
エスカローネが特に拒絶感を示したのはガスパル語である。
エスカローネはガスパル語に拒絶感を持ったのは、それがシベリア人の不俱戴天の敵の言葉だからだ。
エスカローネ自身に言語的偏見はない。
フィンスキア語を学ぶのはいい。
だが、ガスパル語には我慢ができなかった。
ガスパル語はキリル文字を使って表記する。
グラエキア文字からキュリロスが考案した文字だ。
エスカローネはセリオンと会いたかった。
今までは肉親の要請ということで、耐えてきたが、もはや我慢の限界だ。
エスカローネは侍女に説明して、セリオンとの面会を求めた。
「あの」
「何でしょう?」
「セリオンと会わせてください」
「ダメです」
「なぜですか?」
「あなた様は高貴なお方。下賤な人と会うべきではありません」
「私の家族を下賤ですって?」
エスカローネは怒りを覚えた。
今までは耐えていたがもう我慢の限界だ。
「私の家族はアンシャルさん、ディオドラさん、そしてセリオンです。私を自由にしてください」
「自由という概念はフィンスキアにはありません」
「私は自由の民です。私はフィンスキア人にはなれません」
「余迷いごとを。アイノ様はフィンスキア人です。アイノ様にはフィンスキア人になっていただきます」
「私はフィンスキア人にはなれません。もういいでしょう。私はツヴェーデンに帰りたいのです」
「あなた様がいるべき場所はここです」
「もういい加減にして!」
「アイノ様……」
「もう、フィンスキアの対応にはうんざり。私はなぜガスパル語を学ばねばならないのですか! 私はガスパル帝国に嫁ぐ気はありません!」
エスカローネはもはや怒り心頭だった。
侍女はただはぐらかすばかり。
ここには誠意が感じられなかった。
王宮とはこんな場所なのか。
「アイノ様はわがままを言っているのです」
「違います。個人の権利です!」
「権利という概念はフィンスキアにはありません。まだ、フィンスキアでは個人という考え方はしません」
「個人がない!?」
エスカローネはその言葉にショックを受けた。
フィンスキア語はエスカローネには難しかった。
文法より、言語の持つ文化がシベリアと違いすぎたからだ。
一般的にシベリア人はフィンスキア語の習得に三千時間かかると言われている。
エスカローネが言っているのは、周囲から独立した、自律的な個人のことだ。
個人はこれ以上分割できない。
「アイノ様、ガスパル帝国のアロガント皇太子が面会を求めておられます」
「アロガントが?」
別の侍女がアロガントとのあいだを取り持った。
なぜ、アロガントは良くて、セリオンはだめなのか。
エスカローネには理解できない。
エスカローネはアロガントが苦手だった。
どこかナルシスティックで気持ち悪かったのだ。
「おお、アイノ姫、お会いしたかった」
「アロガント殿……」
侍女はアロガントを通した。
むしろ、フィンスキア側はテンペルを冷遇し、ガスパル帝国を優遇している!
エスカローネの怒りに火が付いた。
だが。相手は憎むべきガスパル人とはいえ、皇太子。
礼を失するわけにはいかない。
おそらく、この面会のセッティングは父王フィリップの差し金だ。
フィリップはエスカローネにアロガントとの婚約を考えているふしがある。
「ガスパル語を学んでいるとか? アイノ姫とはガスパル語で話したいものです」
ここでの会話はツヴェーデン語で行われた。
「アロガント殿は父から何か言われていますか?」
「いえ、お父上からは何も」
「そうですか」
エスカローネはアロガントの言葉がウソだと感づいた。
わざわざウソで塗り固めるとは馬鹿にされたものだ。
「アイノ姫はシベリア人の家庭で育ったとか?」
「はい。私は今でも自分をシベリア人だと思っています」
はっきり明快にエスカローネは言った。
誤解のしようがない。
「いけませんぞ。アイノ姫はフィンスキアの血を引くお方。あなた様は幸せになる権利がある」
「そうでしょうか」
エスカローネはそっけない。
「ぜひ、ガスパル帝国にいらしてください。こんなちんけな王宮とは比べ物にならないものをお見せしましょう」
「私は人の価値は建物によるとは思いません」
「これは手厳しい。ですが、あなた様は幸せになれるのです。あなたの幸せを私がもたらすことができると信じています。それではまたお会いしましょう」
そう言うとアロガントは去っていった。
エスカローネはセリオンのことを考えていた。




