エスカローネとアイノ
セリオンはシーベリオンのブリッジで、ガスパル人と出会ったことを報告した。
アンシャルもサラゴンもセリオンの話を聞いて憤慨していた。
「ガスパル人か……ここに来て厄介な連中が出てきたな」
アンシャルがかぶりを振った。
さすがに冷静なアンシャルも今回の事態にはまいっているらしい。
「ガスパル人は我らシベリア人とは不倶戴天の敵ですからな。エスカローネと接触したことは危険の前触れかもしれませんぞ?」
サラゴンが同意した。
「ああ、あのアロガントとかいう男はエスカローネの手にキスをした!」
セリオンははらわたが煮えくり返っている。
セリオンは自分の恋人が汚されたように感じていた。
あの男がエスカローネに話しかけるだけで身の毛がよだつ。
「ははは、セリオンも嫉妬するんだな」
「俺だって一人の男だ。エスカローネの恋人だ。嫉妬くらいするさ」
「ガスパル人がいるということは、フィンスキア側は滞在を許可しているということだ。私も『娘』がガスパル人と接触しているとなると、抗議しなければならないな」
「フィンスキア側がどう思っているか、それが気になりますな?」
「ああ、彼らはガスパル人を優遇するだろう。なぜなら、彼らはガスパル帝国と国境の問題を抱えている。ガスパル帝国とは戦争でもフィンスキア側は負けているし、それなら外交的配慮をするだろう」
「つまり、俺たちが軽んじられるというわけか?」
セリオンは単刀直入に言った。
「その可能性が高い。それにガスパル帝国のアロガントと言えば、皇太子だ。ガスパル帝国にとって後継者ということだ。それは私たちにとって無縁なことではない」
「あいつが皇太子か。最悪だな」
セリオンは吐き捨てた。
「アロガントはじき皇帝だ。ということは彼が将来のガスパル帝国の政策を実行するということだ」
アンシャルが言いたいこと。
ガスパル帝国は東方に広大な領土を持つ大国で、その政治体制は専制君主政。
共和政を信奉するシベリア人とは全く相いれない国である。
シベリアとガスパル帝国は国境を接していない。
だが、ガスパル帝国は領土を広げることに無上の喜びを持つ。
そのため、シベリアはガスパル帝国に占領され、属州化された。
属州シベリア。
それが今のシベリアの実態である。
そしてテンペルがツヴェーデンにある理由でもあった。
テンペルのシベリア人はツヴェーデンに逃れたシベリア人難民である。
ツヴェーデン政府はガスパル帝国と対立している。
その理由は政治体制に見いだされる。
ツヴェーデン人も共和政を信奉する民である。
一方、ガスパル帝国は歴史的に専制君主政を取ってきた。
これが二つの国が相いれない理由である。
そのため、同じ価値観を持つツヴェーデン人とシベリア人は同盟を結んだ。
具体的には、テンペルを自国で受け入れ、盟友とすることである。
この二つの民族は同じガスパル人という『敵』を持っている。
シベリア側からすれば、ガスパル人との共生など不可能である。
「フィンスキア側は俺たちをエスカローネと接触させないつもりだ」
「事前に予想していた通りだな。まあ、最悪実力でエスカローネを救出するがな」
「動くなら、我ら一同で行動した方がいいですな」
「サラゴンの言う通りだ。俺も独自に動いてみるが、エスカローネを一人で救出できるとは思えない。みんなの協力が必要だ」
「なあ、エスカローネさんはどう思っているのかな?」
「それはどういうことだ?」
「ああ、エスカローネさんは最悪の可能性を考えているのかってことさ。いやがっているのを無理に連れ去るわけにはいかないだろ?」
アリオンが言いたいことはみんな理解した。
要はエスカローネ自身はどう思っているのかということだ。
「エスカローネはきっと助けてほしいと思っているはずだ」
「どうしてそう言えるんだよ?」
「恋人だからな。何を考えているかは分かるつもりだ」
「それはセリオンの主観だろ? エスカローネさんは家族といたいのかどうかってことさ」
「それは……」
セリオンもそれは気になっていた。
エスカローネはどうしてしまったのか。
エスカローネはセリオンには言わなかった。
この件はセリオンも不安を持っていた。
エスカローネから助けてと言われたわけではない。
エスカローネの気持ちは分からないのだ。
エスカローネは本当はどう思っているのだろう?
エスカローネはセリオンたちといたいのか?
それとも実の家族といっしょにいたいのか?
エスカローネはどちらを選ぶのだろうか?
「もっとも、エスカローネが私たちを選ぶか、それとも彼らを選ぶか、選択させるべきだ。その上で、エスカローネの気持ちを尊重する、それでいいかな?」
「それで決まりですな」
「ああ、問題ない」
「俺もそう思います」
かくしてセリオンたちは認識を共有した。
「どうして、エスカローネと会えないんだ? 前回は理由があったのだろうが、今回は違うだろう?」
セリオンは侍女に詰め寄った。
「申しわけありませんが、アイノ様は高貴なお方です。下賤な方とはお会いになりません」
「俺はエスカローネの恋人だ。俺にはエスカローネと会う権利がある。自分の恋人と自由に会えないのはおかしいだろう?」
「アイノ様はもはやシベリア人ではありません。フィンスキアの王族です」
「王族だろうと、そんなことは関係ない。会わせてくれ」
セリオンはしがみつくように訴えた。
だが、無駄だった。
「何度も言いますが、アイノ様との面会は受け入れられません。お引き取りを」
「……いいだろう」
セリオンは敢えて、引き下がった。
今回の訪問はエスカローネと会うことが目的ではない。
フィンスキア側は明らかに、セリオンたちがエスカローネと会うことを喜んでいない。
その本当の目的はサボタージュにあることをセリオンは見抜いていた。
ではなぜ、セリオンはエスカローネと会えないとわかった上で、面会を求めたのか。
フィンスキア側には大臣のヨハネスという者がいて、その人物を通じて、アンシャルたちは抗議するつもりだった。
正式な抗議は国王でも反対できないだろうと踏んだのだ。
セリオンはこの事実を作って、アンシャルのもとに戻った。




