アイノ
首都ヘルボを訪れたセリオンたちはフィンスキア王宮に通されて、国王フィリップと謁見した。
「よくフィンスキアに来てくれた。ようこそ、フィンスキアへ」
国王はそう述べた。
「お招きいただき、感謝しています」
アンシャルが代表して述べた。
「しばらくはフィンスキアに留まるがよかろう。して、さっそく本題に入りたい。エスカローネ殿というのか?」
「はい、私はエスカローネ・シベルスカです」
「あなたがエスカローネ殿か……美しい……母親のエウフェミアに似ている。彼女もあなたと同じ、金色の髪をしていた」
「そうですか……」
エスカローネはどう言っていいかわからなかった。
エスカローネにはエスカローネとしてのアイデンティティーがある。
エスカローネはアイノではない。
自分の出自を知ったとはいえ、自分をフィンスキアの王女だとは思えなかった。
国王はためらいながらも、エスカローネをアイノとして見ようとしているのが、エスカローネにはわかった。
この違和感にはセリオンも気づいているだろう。
セリオンがエスカローネを見たのが、わかった。
「あなたには特別にフィンスキア王宮で暮らしてもらいたい。今後のことはそれから考えればよい。まだ自分をフィンスキア人とは考えられないだろうが、しだいになじんでいくであろう」
「エスカローネ、家族と会ってやれ」
「はい……」
アンシャルがエスカローネに命じる。
今度はエスカローネがセリオンを見た。
エスカローネの不安をセリオンは受け止めた。
セリオンは軽くうなずいた。
エスカローネも自分のとるべき在り方を決めた。
エスカローネのもとに二人の侍女がやって来た。
「それでは私たちは、飛空艇に戻ります。何かあった時はお知らせください」
「うむ、それには感謝する。それではエスカローネ殿は侍女に案内させよう」
国王はそう言うと去っていった。
エスカローネはセリオンたちとは別行動することになった。
舞台裏にて。
エスカローネは白いドレスを着せられた。
まずは王族としてふさわしい恰好からというわけだ。
侍女たちはエスカローネを『アイノ姫』として扱った。
エスカローネは戸惑いながらも、王宮に慣れようとした。
「入ってもいいだろうか?」
「国王様?」
「まだ、着替え中かね?」
「いえ、お着替えは終わりました。ご入室して結構です」
侍女が報告した。
扉が開かれる。
「おお、見目麗しい……さすがはエスカローネ殿、いや我が娘『アイノ』だ。これからはアイノと呼んでもいいだろうか?」
「お言葉ですが、国王陛下、私はエスカローネ・シベルスカとして生きてまいりました。いまさらその生き方を変えることはできません。できれば私のことはエスカローネとお呼びください」
エスカローネは父と娘としてではなく、国王と市民として接してくれるよう要請した。
いや、これはエスカローネの主張だった。
エスカローネはあくまで『アイノ』ではないのだから。
「はっはっはっは! アイノよ、おまえはまだフィンスキアになじんではいないからそう言えるのだ。これからは父と娘の時間を作ろう。そうすればおまえもフィンスキア人になれる」
そう言うと国王はエスカローネを抱きしめた。
「国王陛下!?」
「よかった! この二十年、おまえは死んだと思っていた! よく生きていてくれた! ううう!」
国王フィリップは涙を流した。
エスカローネも自分が大切に扱われていることを理解する。
この人も、娘の存在を知ってうれしがっているのだ。
エスカローネにはそれが分かった。
それが分かってそれをむげにすることはエスカローネにはできなかった。
自分はフィンスキア人にはなれないし、なるつもりもない。
ただ、行き分かれた家族とは温かく交流しようと思ったのだ。
エスカローネは無性にセリオンと会いたくなった。
エスカローネはセリオンと会えるようはからってもらうつもりだった。
「国王陛下にお願いがあります」
「何かね?」
「私には恋人がおります。その恋人と会えるように計らってもらいたいのです」
「今は『難しい』な。それに王族は市中の者とそう頻繁に会うものでもない。おまえには幸せな結婚をしてもらいたいのだ。おまえももうニ十歳だ。王族ならそれ相応の相手と結婚しなければならぬ」
この人はいったい何を言っているのだろう?
エスカローネはフィンスキアに骨を埋めるつもりはない。
エスカローネはシベリア人だ。いずれシベリアの首都フライヤに帰る――約束の地フライヤ――それこそがエスカローネをエスカローネにする。
エスカローネは国王との絶望的なまでも認識の差を確認した。
「私は自分が選んだ相手と結婚します」
「はっはっはっは! おまえはまだツヴェーデンの文化に染まっているからそう言えるのだ。いずれフィンスキアの文化が分かる時が来る。それまで時間が必要であろう。今必要なのはおまえがフィンスキアを知ることだ。それまでは考えを保留してはどうかね? 我々にとって結婚とは親が決めるものなのだ。特に王族ならそうだ。おまえにはまだ王族としてのアイデンティティーがない。当然だ。今まで一般庶民として暮らしてきたのだから。安心しなさい。おまえはフィンスキア人になれる。心からそう思える時が来る。それでは、夕食にまた会おう」
そう言ってフィリップは去っていった。
それをエスカローネは複雑な気持ちで見ていた。
飛空艇シーベリオンにて。
セリオンはアリオンといっしょに部屋にいた。
「『アイノ姫』か」
「? どうしたんだよ、セリオン?」
「いや、エスカローネは今どうしているかと思ってな」
「今ごろ家族と感動の再会をしているんじゃないか?」
「まあ、そうだといいが」
「なんだよ、セリオンは不満なのか?」
「俺はエスカローネを愛している。俺はエスカローネと結ばれたいと思っている」
「そういう人がいるといいよな。俺にはそう言うことはさっぱりだ」
「シエルやノエルはどうだ?」
「えー!? あいつらはお子様だよ! 恋愛対象にはならないね!」
「ふむ……そういうものか」
セリオンはエスカローネのことを考えていた。
エスカローネと会いたい。
だが、肉親との再会だ。
セリオンは今はエスカローネを王宮に置いておきたかった。
「セリオン様……」
「ハヅキか?」
そこに現れたのはヤポニ系シベリア人のハヅキだった。
彼女はテンペルの諜報部隊に属しているくノ一だった。
「何かあったか?」
「フィンスキア王宮についてエスカローネ様の近況を探ってまいりました」
「それで、どうだった?」
「はい、国王はエスカローネ様をアイノと呼んでいるそうです。それどころか、誰か高名な方と結婚させようとしているようです」
「何だって!?」
驚いたのはアリオンである。
アリオンにとっても結婚は親が決めるものではなく、自分の意思で決めるものだった。
フィンスキア側の対応に理解が及ばない。
「なるほど……それで俺との仲を引き裂こうとしているわけだ」
「セリオン、アンシャル副長に言った方がいいぜ!」
「ああ、思った通り文化的な摩擦が起きたな。このことはアンシャルは知っているか?」
「既に報告済みです」
「さすがハヅキだな。俺は王宮に行って探ってみる。引き続き、ハヅキはエスカローネに接触してくれ」
「かしこまりました」
ハヅキが音もなく消える。
テンペル側とフィンスキア側の摩擦が起きつつあった。




