フィンスキア
一室でエスカローネはセリオンやディオドラと会った。
正直、この事実をどう受け止めていいのか分からない。
エスカローネはフィンスキアの王女だという。
名前はアイノ。
二十年前に行方不明になっていた、フィンスキア王の娘。
「セリオン……私はどうしたらいいの?」
「エスカローネ……」
セリオンはエスカローネを優しく抱きしめた。
エスカローネから不安が消えていく。
「エスカローネは何も心配はいらない。君は俺が守る」
セリオンがエスカローネのストレートの髪をなでた。
「このまま、というわけにはいかないわね。わかっているでしょう?」
ディオドラが二人に問いかける。
それはエスカローネがもっともわかっていることだった。
「おそらく、フィンスキアに行くことになるだろうな。少なくとも、実の親と再会する必要はあるだろう」
「私は自分をシベリア人だと思っているわ。フィンスキア人じゃないわよ」
「それはそのまま持っていい。ただ、フィンスキア側はこの事実を知った以上、エスカローネに帰ってきてほしいと思っているはずだ。エスカローネとしてではなくアイノ姫として」
「私はアイノじゃないわ。エスカローネよ」
「俺たちもそう思っている。エスカローネはエスカローネだ。ただ、これは難しい対応を迫られるだろうな」
「そうね。これは外交上の問題になるわね。エスカローネちゃんをもしかしたらフィンスキア側は取り戻そうとするかもしれないわ」
「私はどうしたらいいのか分からないわ」
「エスカローネはアンシャルの考えに従うんだ。アンシャルならきっとうまくやってくれるさ。俺には政治的なことは分からないけれど、エスカローネを愛していることに違いはないからな」
「うん、ありがとう、セリオン。私もあなたを愛してる」
セリオンはエスカローネの額にキスをした。
「ここにいたか」
「アンシャル」
「アンシャルさん」
「アンシャル兄さん」
「まあ、大使と交渉してきた。大使は一刻も早い、アイノ姫の帰国をお望みだ」
「帰国?」
「ああ、彼らはアイノ姫は自分の国の国民だと思っているらしい」
「エスカローネはシベリア人だ」
「私もそう思う」
アンシャルはそう言うと肩をすくめた。
「厄介なことに、この問題の仲介をツヴェーデンのヴァイツゼッカー大統領が行うようだ」
「あの人が?」
「ああ、これでこの問題は国際的になった。それにまだある」
「まだ?」
「そうだ。エスカローネの帰属の問題だ。フィンスキア側はエスカローネの、いやアイノ姫の帰国をお望みだ。彼らにとってエスカローネはアイノ姫なんだ」
「そんなことはさせない!」
セリオンは強く言った。
「まあ、そうだな。生まれ育った環境から別の環境にうつれと言ってもなかなかできないだろう。問題はエスカローネがどちらに帰属するかということだ」
「エスカローネはシベリア人だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「私も自分はシベリア人だと思っています」
「それは私も同感だ。ただ、向こうはアイノ姫を強引にでも自分たちの手元に置きたいと考える可能性がある。そうそう、私たちはフィンスキアに行くことになった」
「フィンスキアに?」
「フィンスキアは小国だが、シュヴィーデンの東にある。ガスパル帝国と国境を接している国だ。今でも雪が残っているようだ」
「彼らはエスカローネを取り戻したいのか?」
「そのようだ」
「エスカローネはものじゃない!」
「ああ、そうだとも。だが、フィンスキア側は実力行使に出てくる可能性があるんだ」
「なら、俺がエスカローネを守る!」
「とはいえ、国王に会いに行かないわけにもいかない。テンペルは難しい対応を迫られている。このまま会いに行かなければ、外交問題に発展するだろう。私たちはフィンスキアに行かなければならないんだ」
「何か策はあるのか?」
「最悪、実力を行使してエスカローネを連れ帰る。エスカローネが自分をシベリア人だと思っているなら、テンペルにいていい。フィンスキアの宮廷がどう出てくるかだな」
「エスカローネは実の親に会ってみたいか?」
「正直分からないの。私はエスカローネよ。アイノじゃないわ。でも、このまま問題を解決しないわけにもいかないわよね?」
「そうね。エスカローネちゃんはもう決めているんでしょう?」
「はい。私はセリオンといっしょにいたいです。私はテンペルのみんなが好きです」
「なら、それをフィンスキア国王に伝えるといい。自分はテンペルで生きていくと。スルトもそれは心配していた。エスカローネは最悪、聖導騎士を動員しても助け出すと言っていたよ」
「スルトならそう考えるだろうな」
「とにかく、私たちは一度フィンスキアに行かねばならない。用意はしておいてくれ」
「わかった」
こうしてエスカローネのフィンスキア行きが決まった。
後日、飛空艇シーベリオンはフィンスキアを訪れた。
今回はブリギッタ大使も乗っている。船に指揮はアンシャルが執った。
「もうフィンスキアに入ったな」
アンシャルが言った。
「我が国フィンスキアは森と湖の国です。特に森は貴重な資源であると同時に、我が国のアイデンティティーであります。アイノ様、ご覧ください。フィンスキアの大地はあなた様を祝福しておられます」
ブリギッタ大使が力説する。
ブリギッタ大使はこればっかりだ。
エスカローネは対応に苦慮していた。
「はあ……」
エスカローネはフィンスキアは美しいと思う。だが、自分の故郷とは思えなかった。
この大使はエスカローネをアイノと呼ぶ。
正直、エスカローネはアイノと呼ばれるのが苦手だった。
エスカローネにはシベリア人としてのアイデンティティーがある。
アイノという名前もエスカローネにはよそよそしいものにすぎなかった。
「アイノ様はこの国をどう思われますか?」
「どう、と言われても……」
エスカローネは戸惑った。
まだ、この国について知らないことが、エスカローネには多すぎるのだ。
一応、基本情報や歴史は学んでみたが。
「そうですね、森がきれいだと思います。それはツヴェーデンにはありませんから」
エスカローネは当たり障りのない言葉を選んだ。
おそらく、フィンスキアではこのようなやり取りが増えるだろう。
エスカローネはげんなりした。
しばらくすると、大きな都が見えていた。
フィンスキアの首都はヘルボ(Helbo)だ。
王都がエスカローネをあかつきと共に迎えてくれた。




