第十九話
「お邪魔します」
通された穂波の部屋は1DKで、高校生の一人暮らしにしてはかなり大きい。とはいえそれが過剰な広さではないのは、寝室にチラリと垣間見えた大量の本棚を見れば理解できた。
「お昼ご飯作るから待ってて。パスタでいい?」
「え? ……うん、ありがとう」
その穂波の言葉を聞いて初めて自分が空腹だったことに気づく。
どうやら空腹を忘れるくらい初めてのデートを楽しんでいたらしい。……緊張していただけかもしれないけれど。
あまり女の子の部屋を不躾に眺めるのも良くないとは思いつつ、調理中の手持ち無沙汰な時間を過ごしているとどうしてもきょろきょろと見回してしまう。
穂波の部屋はよく整理整頓されていて、見ていて気持ちのいい部屋だった。
カラーボックスに綺麗に収納された文房具や教科書類。洋服掛けにかけられたシワひとつない制服。窓際に飾られた青々とした観葉植物。
「なんだ、あれ?」
だからこそ隅の方に乱雑に置かれた二つのダンボールは嫌でも目に入った。
なんとなしに席を立ってダンボール箱に近づく。箱は特にガムテープで留められている様子もなく開いていた。
一つ目のダンボールを除くと、そこにはまっさらな紙の束が詰まっていた。いや、確かに何も書かれてはいないが厳密にはまっさらではなく、升目のようなものが印刷されている。
「これは……原稿用紙?」
それは確かに四百字詰めの原稿用紙の束だった。けれど学校で使うにしてもこの量は多すぎる。一年間毎日反省文書かされてもこんなにはいらないだろう。
同じものが入っているのだろうか、ともう片方のダンボールを開くとそちらも同様にぎっしりと詰まった紙の束があった。
けれどそちらは一束ごとにパンチ穴に通された紐でまとめられていて、新品と言った様子ではなかった。
縦に詰め込まれているから何が書いてあるかはわからなかったけれど、原稿用紙に書かれる内容なんてそう多くはない。
「……」
ちらっと背後に目をやってキッチンの様子を伺う。
幸か不幸かキッチンは壁の向こう側で穂波の目線はこちらまで通らない。けれどキッチンからはカチャカチャと調理の音が鳴っていて、すぐに終わるということはなさそうだった。
「……見ちゃおうかな」
好奇心が疼いてしまう。穂波が原稿用紙に何を書いているのか、想像がつかないことはないが気になる。
『いやダメだろう、人の物を許可も取らずに見るのは』
突然現れて俺の脳内天使がそう囁く。正論だ、ちゃんと本人に許可を取った上で見るべきだろう。
天使に説得された俺はそっとダンボールを閉じようとするが、今度は脳内悪魔が現れてこう言った。
『そもそもダンボールを勝手に開けた時点でもう遅いのでは?』
「それもそうだな」
『おい!』
俺はあっさりと悪魔と好奇心に負けた。
「人の物を勝手に見るのは良くないと思うな? 悠希くん」
「うわああああ!!!!」
突然背後からかけられた声に俺は思わずひっくり返ってしまう。
……なんか昔にも同じことがあった気がするなぁ。
「りょ、料理は……?」
「あとはパスタが茹だるの待つだけ」
「ああ……そう……」
しどろもどろになる俺を見て、穂波は呆れたように嘆息した。
「はぁ。悠希くん、料理したことないでしょ。パスタなんて茹で時間持て余してキッチン離れるなんてことよくあるんだから警戒しないと」
「そういう方向性で怒られるとは思わなかった」
てっきりダンボールの中を勝手に見たことを怒られるとばかり。
「それも怒った方がいい?」
完全に思考読まれてるんだけど今ビブリオ・テレパス使ってないよな⁉︎
ニコニコと笑みを浮かべる穂波だったけれど、こんなにも恐ろしいと感じたのは初めてだ。俺は観念して頭を下げる。
「……いえ、ご容赦いただけると幸いです。すみませんでした」
「まあ、本当に見られたらマズいものは予め片付けてるから良いんだけどさ」
穂波はあんまり気にした様子もなくそう零したが、その言葉が引っかかる。
「本当に見られたらマズいものなんて、あったのか?」
まるで片付ける前はそういう物が部屋にあったかのような言い草。気になって問い返したら穂波は「しまった」という言葉を具現化したような顔をしていた。
「……失言だった、忘れて」
俺の問いに顔を赤くした穂波はそう言ってそっぽを向く。
え? 何を持ってるの、穂波さんは。
めちゃくちゃ突っ込みたい気持ちに駆られたけれど、藪蛇になりそうだからやめておいた。
後で振り返っても懸命な判断だったと思う。




