病状変化 5
私は最近、鏡を見たことがない。口では強がりを言ったり、人を気遣ったりしているが、弱音を吐くことで自分が壊れるのではないかということが怖いのだ。
でも先日、坂本に弱音を吐いてしまった。どんな風とその言葉を受け止められたかを思う時もあるが、その時の坂本の言葉が私を支えている。たまには誰かにほんの少しだけ弱音を吐いても良いのかなって思った。
最近は母も午前中からお世話に来てくれる。家のこともあるだろうし、私にばかり気を遣ってもらい、申し訳なく思っている。
今日は午後、主治医の先生からお話があるという。どんな話か気になるが、聞いてもそれが本当のことを言ってくれるかどうかは分からない。母を疑うようになってはお世話をしてくれることも信じられなくなりそうで怖い。
午後、母は主治医の下に行った。
「先生、さくらの容態、どうですか?」
母は心配そうな声と表情で言った。
「・・・ううん。正直申し上げると、治療の効果があまり見られません。既に2回の吐血がありました。ここ何日かは頑張って食事をされているようですが、癌は体力を消耗する病気です。目で見ても痩せていることが分かります。先日の検査で転移の疑いが出てきました。ウェルナー症候群の関係で身体の老化はありますが、本当は高校生です。実年齢が癌の進行を早めている可能性もあります。薬をもう少し強いものに変え、進行を押さえたいのですが、副作用も強くなります。さくらさんの身体に負担をかけることになりますが、緩和ケアを行ないながらということになりますが、先日、看護師が坂本君が見舞いに来ている時の2人の様子を見たそうです。さくらさん、声が明るく、表情も生き生きとしていたということでした。お母さん、2人の様子をご覧になったことは?」
「私、坂本君が来てくれた時はなるべく2人っきりにしてあげたいと思い、外に出ています。ですから2人の様子は見ていませんが、そうですか、さくらは明るく話していますか。その時だけは病気のことを忘れてくれていれば良いのですが・・・」
「そうですね。ちょっとでも良いので辛いことを忘れる時間があれば、メンタル面の落ち込みにブレーキがかかります。今は身体の方の負担が大きいですが、治療の効果が出てきて身体の方の問題が少しでも軽くなれば心の面でのプラス面は力強い味方になります。敦君の存在は大きいですね」
「本当です。坂本君にはいくら感謝してもしきれません。今日もこの後、坂本君が来てくれるということですが、ちょっとだけ様子を見てみます」
「その様子をご覧になることでお母さんも少し心が落ち着かれるかもしれません。家族に病人がいると当人だけでなく周りも疲れてきます。支える側が疲弊すれば良いことはありません。さくらさんが嬉しそうにされている姿をご覧になることはお母さんの元気にもつながると思います。それでさくらさんの病状ですが、まだ確定的なことは言えない状況ですので、今日の話はおっしゃらないでください」
「はい、心得ています」
母はそう言うと診察室を出た。その後、私の病室に戻った。その時、坂本も見舞いに来ていた。
「あら、坂本君。今日もありがとう。忙しいのにごめんなさいね、さくらのために」
「いいえ、お母さん、僕はさくらさんに会いたいから来ているんです。話すことが僕のパワーになります。あっ、体調を壊している人からパワーをもらうなんて良くないですね。すみません」
「坂本君、私こそ話しているとパワーをもらっている。あなたこそ弱っていないかと心配しているのよ」
母はこの時、さくらが坂本のことを「坂本君」ではなく「あなた」と呼んだことをきちんと聞いていた。このような言い方をする時はよほど信頼関係が築かれていなければ出ない。この一言だけで私の心を母が理解したのだ。それならやはりこの場にいないほうが良いと悟った母は、ちょっと出てくるといって病室を離れた。
≪日記≫
『今日、母は主治医の先生と私のことについて話を聞いたはずなのに、何も話してくれなかった。病状、進んでいるのかな、それとも少し良いほうに向かっているのかな?
分からないことは不安だけど、もし悪いほうだったら聞かない方が良かったと思うだろう。母もそういうところに気を遣っているかもしれない。
でも、坂本君が支えてくれている。だから絶対治す。そして元気になってたくさん坂本君にお礼をする。好きな料理をたくさん作ってあげる。
食べてくれるかな?
いや、きっと食べてくれる。だから早く退院して、作る。
明日からスマホで料理の勉強をするぞ』




